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短チャンネル効果のないIGZO利用のMOSトランジスタ

シャープの液晶ディスプレイの各画素にスイッチングトランジスタとして形成されているIGZO(In、Ga、Znの酸化物)半導体を改良し、リジッドな完全結晶ではなく、アモーファスでもない「柔らかい」結晶を半導体エネルギー研究所が開発、半導体LSIに応用するため、台湾ファウンドリのUMCと提携した。

図1 半導体エネルギー研究所代表取締役の山崎舜平氏 UMC Technology Forumにて

図1 半導体エネルギー研究所代表取締役の山崎舜平氏 UMC Technology Forumにて


イグゾーと呼ばれるこの材料は、酸化物半導体の性質を示し、エネルギーバンドギャップが2.8~3.2eVとシリコンの1.1eVよりもずっと高いワイドギャップ半導体になる。このため、絶縁耐圧が高い。「10nm時代になると、シリコンには10の6乗V/cmという極めて高い電界がかかり、シリコンではもはや耐えられなくなる。だからシリコンに代わり微細化可能な半導体を探していた」と同研の代表取締役の山崎舜平氏(図1)は語る。すでに30nmルールのMOSFETを試作しており、10nm時代への自信を見せる。

ワイドギャップであるから、オフ時のリーク電流は原理的に小さい。fA(10の-15乗アンペア:フェムトアンペアと呼ぶ)を6けた以上下回り、測定限界を軽く超えるという。このため、温度を上げてリーク電流を測定、そのアレニウスプロットから、室温でのリーク電流を見積もっている。fAの3ケタ下のaA(アットアンペア)、さらに3ケタ下のzA(ゼッタアンペア)以下になると推定する(図2)。リーク電流が小さければ、オフ時の消費電力が従来よりも6ケタ小さいことになる。この「柔らかな結晶」を見つけるのに5年間かかったとしている。


図2 リーク電流は測定限界 出典:半導体エネルギー研究所
図2 リーク電流は測定限界 出典:半導体エネルギー研究所


InGaZnO4と表記するこの結晶は、シャープの液晶ディスプレイでは単結晶ではなく、ナノクリスタルという表現するような一種の多結晶になっている。また、東京工業大学の無機材料の細野秀雄教授が手掛けているInGaZn酸化物はアモーファス状態を利用するもので、半導体エネ研の結晶とは異なるとしている。同研はこの結晶をCAAC(c-axis-aligned a-b-plane-anchored crystal)と呼んでいる。c軸方向には結晶面が配向しているものの、a-b面ではランダムになっている。InとGa、Znの原子の間にO(酸素)原子がクッション材として存在しており、この柔らかさはO原子の配列によると考えている(図3)。


図3 c軸に配向し、酸素原子がクッションとなる柔らかい結晶 出典:半導体エネルギー研究所
図3 c軸に配向し、酸素原子がクッションとなる柔らかい結晶 出典:半導体エネルギー研究所


この4元系の半導体を使い、ゲート長30nmのMOSFET(ゲート幅W=18µm)を試作したところ、オフ時のリーク電流は最小10の-14乗A以下となっている。ただし、ゲート電圧がゼロの時ではない。ややデプリーションタイプのFETとなっており、このままでは使いづらい。また、高周波利得の周波数特性から、遮断周波数30GHzを得ている。30nmの加工には電子ビームリソグラフィを使った。

MOSFETとしての電子移動度を測定したところ、30〜40cm2/Vsと、シリコンよりは落ちるが、アモーファスや多結晶Siよりも高い数値が得られている。もう一つの特長は、短チャンネル効果が目立って現れないことであり、サブスレッショルド電流の傾きも急峻である。例えば、ゲート酸化膜(SiO2)が11nmと厚く、チャンネル長が32nmの場合でさえ、短チャンネル効果は見えないとする。ただし、トランジスタ構造がFinFETというよりも、バックゲートも使った4方向からゲート電界がかかる構造になっていることが寄与しているが(図4)、これだけではないという。エネルギーバンドギャップが一瞬で広がるため電流を遮断する能力が高いとしている。空乏層で閉じるという概念ではないと山崎氏は考えている。だからサブスレッショルド電流の傾きが急峻なのかもしれない。


図4 InGaZnO4を半導体層として利用するMOSFET 4方向からゲートで囲まれた構造 出典:半導体エネルギー研究所
図4 InGaZnO4を半導体層として利用するMOSFET 4方向からゲートで囲まれた構造 出典:半導体エネルギー研究所


トランジスタはnチャンネルになっているが、ドレイン、ソースにメタルをスパッタリングで打ちこむと、単位セルの酸素原子が飛び出し欠損を生み、n+というよりもメタルになる。DRAMセルを試作してみると、リーク電流の小さいためにリフレッシュ時間がとてつもなく長く、リフレッシュ期間は1年だと見積もっている。ほぼ不揮発性RAMの状態になっている。同社はさまざまなデバイスさらに作り、メモリからSoCまで様々な応用に使えることを実証して応用を広げていきたいとする。

リジッドな単結晶と比べると、柔らかいCAAC結晶は、理想的には基本セルが六角形をしているが、五角形、七角形のセルも許容する。実際の結晶から数万個以上の基本セルを観察すると、68.3%が六角形、15.5%が五角形、14.5%が七角形だったという。これに対して、単結晶はほぼ100%六角形をしている。膜密度はCAACが最も高く、次がナノクリスタル、最も低いのがアモーファスであった。

総じて、この半導体材料がプリミティブな段階にも拘わらず、結晶が柔らかい構造になっているため、優れたMOSFET特性が得られていると同研は考えている。かつて、半導体エネルギー研究所は、パテントトロールと言われたことがあった。リバースエンジニアリング用の装置を多数揃えているという声もあった。しかし、今回の技術は、自ら探し見つけた材料/デバイスであり、これまでのイメージを変える技術でもある。すでに米国、台湾の海外企業から引き合いの声を聞くが、日本から興味を示したところは1社のみだという。グローバル企業は偏見を拭い去る速度も速いのかもしれない。

(2015/06/10)

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