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リニアテクノロジー、バッテリ管理ICの精度を上げ、低コストEVを目指す

今や、シリコン半導体物理で決まる定数まで狂わないように設計する時代に入った。電気自動車(EV)用のバッテリマネジメントICの精度を極限まで追求し、測定電圧誤差±0.04%以内という次世代のバッテリマネジメントIC「LTC6804」をリニアテクノロジーが開発した。システムと回路、半導体物理を理解していなければ設計できない新製品である。

図1 LTC6804は充放電電圧を3倍の確度で測定 出典:Linear Technology

図1 LTC6804は充放電電圧を3倍の確度で測定 出典:Linear Technology


これまでリニアが開発した最初の6802、第2世代の6803に続く、第3世代のバッテリマネジメントICは、測定電圧確度が極めて高いが、このことで、EVのコストを削減できるのである。なぜか。リチウムイオン電池セルの放電特性は図2のように、初期電圧が少し落ちた後、ほとんどフラットな特性を保持し、末期に電圧が急速に落ちる、という曲線を持つ。このフラットな部分を正確に測定することが難しいため、安定して電池セルを使える期間を、十分なマージンをとって初期の20%時間と末期に近い80%の時間の間と定めている。


図2 リチウムイオンセルの放電特性 出典:Linear Technology

図2 リチウムイオンセルの放電特性 出典:Linear Technology


ただし、20%時間と80%時間の検出誤差が大きければ、この誤差をガードバンドとしてさらに十分広くとる必要が出てくる。例えば5%分のマージンをとり、それぞれほぼフラットな特性の25%時間、75%時間とすると、実際に使える電池セル1個の時間は50%しか残らない。この分だけEVの航続距離が短くなる。一つのバッテリシステムに数100個のリチウムイオン電池セルを使うが、このうち60%時間分使えるところが50%時間分に低下すると、航続距離を伸ばすため、この差10%に相当する本数の電池セルを余分に準備する必要がある。すなわちバッテリコストがこの分、余計にかかることになる。

EVのコストはバッテリシステムが半分近くを占めると言われている。電池セルの数が少なければ少ないほど低コストでEVを製造できる。「誤差が少なければフラットな動作期間を少しでも長くとれるため、電池セルを余分に増やす必要がなくなる。すなわちバッテリコストを従来よりも下げることができる」と同社シグナルコンディショニング製品のマーケティングマネジャーのBrian Black氏は言う。


図3 セルを6個ずつに分担するアーキテクチャ 出典:Linear Technology

図3 セルを6個ずつに分担するアーキテクチャ 出典:Linear Technology


このLTC6804は、最大測定誤差が±0.04%と、従来の1/3以下に小さくなり、測定時間は290μsと従来の1/10に短縮されたという。最大12個の電池セルまで測定する。分解能16ビットのADコンバータを2個内蔵し、2個のマルチプレクサ(MUX)で電池6個ずつ分を分担する(図3)。デジタルデータに変換した後、それをマイコンなどへ送る。その際、isoSPIインターフェースを経て、データをツイステッドペアのケーブルで送る。最大1Mbpsまでのシリアルデータレートを持ち、最大100m離れていても通信が可能だという。

高精度のカギはバルクのツェナー
では、どのようにしてこれほど誤差を小さくできたのか。測定回路であるオペアンプの入力精度を上げるため、基準電圧と比較する方式が使われている。これまでは、この基準電圧源(リファレンス)としてはシリコンのpn接合の順方向電圧を使っていた。この0.6~0.7Vの電圧は、シリコンの物理的特性であるエネルギーバンドギャップのpn接合の差であるため、物理定数として変わらないはずだった。

ところが近年、歪シリコンデバイスで象徴されるように、シリコンに歪みを与えるとエネルギーバンドギャップの構造が変化することが知られるようになった。歪みシリコンデバイスは、歪みを積極的に利用して移動度を上げるトランジスタである。例えば、温度変化によってシリコンと密着しているリードフレームやマウント材などの機械的な応力が発生しシリコンはわずかに歪む。チップのパッケージングやプリント基板でのリフロー処理、温度サイクル試験など、さまざまな機械的な応力が、チップ製造が終了した後も加わってくる。つまりバンドギャップレファレンスでは、後工程の熱処理プロセスが加わるたびにキャリブレーションする必要がある。精度に物理的な限界がある。


図4 埋め込みツェナー方式で精度を上げる 出典:Linear Technology

図4 埋め込みツェナー方式で精度を上げる 出典:Linear Technology


そこでリニアは、pn接合のアバランシェ降伏電圧、すなわちツェナー電圧を利用することにした。しかもシリコンのMOS表面で降伏させずバルクで降伏するようにpn接合構造の降伏点を工夫した。同社はこれを埋め込みツェナー(Buried Zener)方式と呼んでいる。降伏電圧は歪みによって直接影響を受けない。このため、電圧精度が高いという訳だ。温度上昇によるドリフトに対しても3ppm/℃と極めて小さい(図4)。260℃のリフロー半田つけをした後でさえも100ppm以内の変動だという。

ただ、ツェナー電圧は不純物濃度に依存する。これに対してBrian Black氏は、「製造バラつきを厳しくコントロールしているため問題はない。初期的にキャリブレーションしていれば、不純物濃度は後工程での温度変化による機械的応力の影響がないため、経時変化もない」と自信を見せる。


図5 無駄の少ないアクティブバランス方式も用意 出典:Linear Technology

図5 無駄の少ないアクティブバランス方式も用意 出典:Linear Technology


これほどの高精度が可能になると、従来のパッシブセルバランス方式からもっと効率の良いアクティブセルバランス方式も使えるようになるという(図5)。パッシブ方式は満充電に到達したセルでは、充電の足りないセルと同じレベルまで電荷を捨てることで、同時に満充電できるようにしてきた。電荷を捨てることはもちろんもったいないが、満充電になったセルをさらに充電すると発火する危険性が高まるためできない。アクティブ方式は、満充電になったセルからまだ足りないセルへ電荷を分配する方式である。精度よく電圧を分配する必要があるため、従来方式では対応が難しかった。アクティブ方式では無駄はないが、制御するための余分な外部回路部品が必要になる。制御するためのICとして、「LTC3300」を近いうちに発表するという。これは6804とSPIインターフェースで通信しながら制御する。

今後、自動車メーカーの要望によって、航続距離も含め、パッシブ方式かアクティブ方式かの選択肢を顧客に提供する。これによりカスタマイズを可能にするとしている。

(2012/11/09)
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