ルネサスが3nmプロセスのクルマ用半導体を開発した理由
ルネサスエレクトロニクスが第5世代クルマ用3nmプロセスのSoC「R-Car X5H」シリーズ(図1)を発表したが、この狙いが見えてきた。なぜ、クルマ用なのに3nmプロセスが必要か。なぜマイコンではなくSoCか。なぜAIが必要か。なぜチップレットを使うのか。なぜハイエンド製品から開発するのか。一つの答えが、一つの言葉で集約される。それは何か。

図1 拡張性を重視、SD-Vへの展開を図る3nmプロセスのR-Car X5H 出典:ルネサスエレクトロニクス
結論を言おう。集約される一つの言葉はSD-V(ソフトウエア定義のクルマ)である。Teslaが言い出したSD-Vの基本概念は、クルマという15年間維持するという高品質を保ちながら、新しい機能をソフトウエアで追加し、クルマを簡単にグレードアップしようというもの。クルマのハードウエア本体は15年以上変えられないため、搭載される機能も15年経っても変わらない。これでは15年経つと古臭い機能だけが残る。この考えを変えて、ソフトウエアでクルマの機能をアップデートしていこう、という訳だ。ではどうやって?
クルマ産業、半導体産業、ソフトウエア産業がSD-Vを何から始めるのか。各業界がそれぞれ未来のクルマを模索し始めた。その答えが少しずつ見えつつある。ここでは半導体以外の産業については触れないが、半導体産業のルネサスが先頭を切ってその解決案を見出した。それが実は「R-Car X5H」である。
今やコンピュータそのものが半導体のロジックとメモリなどで出来ている。コンピュータ=半導体と考えても差し支えない。ほとんどの半導体機能がコンピュータと結びついているからだ。クルマのローカルコンピュータであるECU(電子制御ユニット)は高級車で80〜100個、大衆車でさえ20〜40個程度搭載されているが、余りの多さにワイヤーハーネスも増え重量は増す一方だった。このため複数のECUを1台にまとめようというゾーンアーキテクチャが欧米を中心に盛んになってきた。さらに複数のECUを束ねた統括ECU(ゾーンコンピュータ)を一つにまとめる中央コンピュータとセキュリティ専用コンピュータが頂点にあるという構成になる。
しかも複数台のECUをまとめて1台にすることはまさに仮想化そのものである。つまり統括ECUは仮想化コンピュータであり、それらをさらに束ねる中央コンピュータも仮想化されることになる。
ルネサスの新製品は、仮想化コンピュータである。このためその機能は、マルチコアCPUやGPU(グラフィックプロセッサ)、ISP(画像信号処理プロセッサ)、NPU(AI用ニューラルプロセッサ)、コーデック(画像圧縮・伸長プロセッサ)、周辺IOインターフェイスなど、てんこ盛りのSoCとなる。多数の機能を持たせておくということは、集積度はかなり高いことを意味し、ルネサスによると数百億トランジスタになる。合理的な面積にこれだけのトランジスタを集積するために3nmプロセスが必要となる。
これだけ多くのトランジスタを集積させても、大衆車から高級車まで1つのECUでカバーできないため、拡張性(スケーラビリティ)を持たせて全車種に対応していくことになる。このため、今回発表した「R-Car X5H」は、大衆車に向けて下方展開していくことになる(図2)。それも与えるべき機能は高級車で全てをカバーするため、ソフトウエアの再利用、回路上のIPの再利用などが必須となる。
図2 車載向けSoCはハイエンドからミッドレンジ、ローエンドへと下方展開していく 出典:ルネサスエレクトロニクス
SD-Vでは仮想化技術を使い、ソフトウエアをいつでも更新できるようになる。そこで、ハードウエアも更新できるようにしたい。その解が拡張性である。ハイエンドのてんこ盛りのSoCにさらに機能を追加したいという要求がくる場合にはチップレットで対応する、という訳だ。ルネサスはチップレットのインターフェイスの標準規格コンソーシアムのUCIeのメンバーでもある。チップレットには積極的にUCIe準拠された製品を使っていくことで素早く拡張性にも対応していく。ソフトウエアでの更新ならOTA(Over the Air)でも可能だが、チップの更新にはピン互換性が重要になる。
ルネサスは、今回この技術コンセプトを紹介し応用事例を見せた。一つは、複数のカメラやレーダーからのデータやサラウンドビューモニターデータなどを融合するフュージョン統括ECUをADAS(先進どらーば支援システム)やIVI(車内インフォテインメント)、ゲートウェイなどへの応用だ(図3)。もう一つは、これらのフュージョンにLiDAR(Light Detection and Ranging)や魚眼レンズによる画像修正データも含めた高度の融合統括ECU。さらに複数のディスプレイ出力も統合したコックピットのドメインECUも事例として挙げている。
図3 R-CAR X5Hのユースケース 出典:ルネサスエレクトロニクス
「R-Car X5H」には、アプリの処理用に1000k DMIPSのArm Cortex-A720AEを32コアや、リアルタイム処理用の60k DMIPSのCortex-R52を6コア集積しているほか、最大400TOPSのAIプロセッサや、最大 4TFLOPSの GPUなどを集積している。2025年上期に限定サンプルを出荷、2027年下期に量産開始の予定となっている。