MEMS発振器が水晶を超え、データセンターなど高精度・高信頼性分野へ
MEMSタイミングデバイスがこれまでの温度制御型水晶発振器並みの精度を高めるようになった。しかも水晶よりもずっと小型で、長時間の使用中にも性能劣化が少なく、長期、中期の信頼性も高い。この新製品「Epoch Platform」(図1)を開発したSiTimeは、データセンターや航空宇宙、産業などインフラ用向けの高精度クロック市場を狙う。
図1 高精度・高信頼の市場を狙うMEMSクロック発生器 出典:SiTime
SiTimeは、もともとBoschからスピンオフしたMEMSメーカーであるが、2014年に日本のファブレスであるメガチップスが買収、66.8%の株式を持っていた。20年6月にはSiTimeの保有株式の一部を手放し、連結子会社から持ち分適用会社に移行した。その時でさえ、46.7%の株式を保有していた。メガチップスはさらに株式を手放し、現在では21%に減少した。とはいえそれでも最大の株主だという。SiTimeは2022年、東京の品川に日本オフィスを開設、日本法人サイタイムジャパン合同会社を設立した。
MEMSを使った振動子に、周波数を変えられるPLL(位相ロックループ)などの回路、さらに温度補償回路などシリコンのCMOSチップを1パッケージに集積したMEMSクロック発生器をSiTimeは長年、開発、販売してきた。出荷したMEMS発振器は累計で30億個にも達するという。
Bosch時代に、アスペクト比の高い深い溝をまっすぐに掘ることのできるBoschプロセスを開発してきたSiTimeだが、今ではMEMS設計とパッケージ設計を行うファブレス半導体メーカーとなっている。わずかな振動でも性能に大きな影響を与えるMEMS振動子では、パッケージング技術を確立していなければビジネスできない。SiTimeはCMOSプロセスとMEMSプロセスはファウンドリに、パッケージはOSATに、それぞれ製造を依頼している。ただし、MEMS独特のパッケージ設計はSiTimeがOSATに仕様を出しているようだ。
このほど発表した新型のMEMSクロック発生器は、さまざまなデジタル回路を動かすためのクロック(人間でいえば心臓の鼓動に当たる)は、水晶では温度依存性が強く、小型恒温槽と温度補償回路は必須だった。MEMSでももちろん恒温槽と温度補償回路は欠かせないが、パッケージ全体を小型化したため、超小型恒温槽のための消費電力は、420mWと従来水晶での1.5Wよりも削減した。周波数を選択できるPLLなどの回路も集積している。SiTimeが狙うのは、あくまでも超高精度で超高信頼の分野(図2)。
図2 高精度・高信頼分野にも使えるMEMSクロック発生器 出典:SiTime
もともとシリコンのMEMSデバイスは、完全結晶という特性を利用して機械的にたわませるため、信頼性が金属やその他の材料よりも高い。例えば金属片は何度も折り曲げを繰り返すとクリープと呼ばれる疲労現象が現れる。「シリコンの機械的な強度がこれほど高いとは思わなかった」という言葉をある自動車メーカーのエンジニア聞いた。シリコンのMEMSデバイスは完全結晶で何度たわませてもビクともしない。
新開発のEpoch Platformは、周波数を10MHz〜220MHzで変えられ、温度変化に対する周波数安定性は、最大の製品でさえ±5ppbと極めて小さい。Part per Billion (ppb)はppmの1/1000の誤差。信頼性も含めppb単位の優れた安定度である(図3)。
図3 新MEMSクロック発生器の主な特性 出典:SiTime
ここでホールドオーバーとは、ある時間(例えば8〜12時間)連続して観測しなければならないような状況でどれだけ長い時間に精度を保てるかという指標である。このEpoch Platformは、8時間環境ストレスがかかった状態でもクロック時間の精度は±5μs以内だとしている。
これまでの水晶やMEMS発振器の弱点だった、大きな消費電力に対しては、パッケージを9.0mm×7.0mm×4mm(厚さ)と小型化することで従来1.5W(水晶)だった消費電力を420mWまで下げることができた。
通信基地局やデータセンターでは、標準時間を示すクロック発生器が多数必要である。特に5Gや6Gなどは地上、衛星、とどこにいても時刻の同期を図らなければならない。例えばV2V(車車間通信)ではクルマ同士の時刻を揃えなくては事故につながる恐れがあるため、5Gのリリース16から同期性はマストになっている。特にホールドオーバーの精度は不可欠であり、長期信頼性と共に重要な性能パラメータになる。