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エッジAIプロセッサチップをシニアと若者で開発、電力効率10倍、コスト1/10

2011年、パナソニックから3名のエンジニアがスピンオフしてスタートアップArchiTekを設立、苦労を重ね、ようやく2018年にシリーズAの資金調達に成功。エッジAIを組み込んだ画像処理チップを世の中に出していくという志を持ったシニア世代と、新規採用した若い社員が手を組み、AIチップの量産を目指し動き出した。2020年12月にはシリーズBの資金調達にも成功した。

Zoom取材で対応してくれたマーケティンググループ 出典:ArchiTek

図1 Zoom取材で対応してくれたマーケティンググループ 出典:ArchiTek


このエッジAIプロセッサAiOnIcは、CMOSイメージセンサなどで取り込んだ画像から異常を判断、検出しホスト側へ伝えるという役割を担う。一種の監視カメラシステムの機能を持つが、異常を見分け判断し検出することが主要な機能であるから画像は残さない。このため、プライバシーを守ることができる。画像を認識し異常を検出するために機械学習(AI)を使う。GPUと違い消費電力を圧倒的に下げられる点が最大のメリットになる。

すでに介護施設で実証実験をしており、画像データから転倒した人を検出したり、ベッドでの寝返りをはじめとする人の動きだけを検出できることなどを確認した。鉄道駅でのホームドアの開閉異常を検出できれば、異常のまま走り出すことを防ぐことができる。監視カメラ用途だけでも、人数のカウントや、測距、飛び出し検知、顔認証、感情認証、などに加え、新型コロナ下でのマスクや三密検出、転倒検知など幅広い。スマートシティやスマートリテール、スマートホームなど実際の利用シーンは極めて多い。

従来の監視カメラだと、ただ録画しているだけであるため、何が起きたかは人間の眼で映像を見て判断するしかなく、時間と手間が非常にかかっていた。AiOnIcなら、変化や異常を検出したら警報を鳴らしたりスマホに知らせたりして、リアルタイムで変化や異常を自動的に知ることができる。

エッジAIはこれまで学習されたデータを、クラウドなどから利用してチップ上で推論するだけなので行列演算の精度を整数8ビットや浮動小数点16ビット程度で済ませられた。このため、消費電力は学習チップと比べて低い。しかし、AiOnIcは、複数の画像(映像)を並列に演算処理できるという大きな特長を持ち、さらに構成可能なフレキシビリティがある。画像処理の内容をアップデートすることも可能である。単なる専用チップとは違う。しかもGPUやCPUと比べて1/10の価格で実現する。これまでにはなかった画像処理チップである。


仮想エンジン動作例 / ハードを組み替えながら同時に12種類の画像処理を実行可能

図2 入力映像に対して仮想化とAIで複数種類の処理を施すことができる 出典:AchiTek


画像処理する前の映像と、した後の両方の映像を表示したのが図2である。ここでは、カメラ映像からエッジ抽出したり、霜を除去したり、映像を漫画のようにグラフィック化したり、ボトルにラベリングしたりするなどの処理を示している。これらはYouTubeで見ることができる(参考資料1)。一口に画像処理といっても色々な処理があり、それらを同時に並列処理していることがわかる。

こういった処理をするためのFFT(高速フーリエ変換)やフィルタリング、ソート、ラベリングなどの基本構成部品をエンジンとして持っており、これらのエンジンに処理に応じたアルゴリズムを割り当てていく。この組み換えをns(ナノ秒)で行うのだが、ここにノウハウがあり、特許で保護している。


仮想エンジンアーキテクチャ(詳細)

図3 機械学習にかける前の前処理にさまざまな画像処理技術を使う 仮想化技術でさまざまな技術を割り当てと共に推論処理も行う 出典:ArchiTek


図3で示すように、基本的な画像処理回路(座標変換や空間変換、色変換、周波数変換など)と、推論用のコンボルーションや量子化回路をハードウエアでプリミティブと称して用意しておく。画像処理すべきアルゴリズム構成部品(エッジ抽出や極座標変換、FFTなど)を定義し、プリミティブ回路からパラメータを割り当てる。そしてアルゴリズムに沿って構成部品を組み合わせて、暗部補正やSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)、逆光補正などの処理を並列に行うように仮想エンジンを構成する。そのハイパーバイザとなるハードウエア調停機構をスケジューリングで割り当てて演算する。SLAMはLiDARなどのイメージング表示で自分の位置と地図作成を同時に行うグラフィック技術のこと。

このAIチップは、画像処理専用のAIプロセッサでありながら、さまざまな画像処理に再構成できるというコスト的にも先行者に太刀打ちできるチップとなっている。開発には元パナソニックのエンジニアで、代表取締役兼CTOとして開発の先頭に立つ高田周一氏と、新しい若手エンジニアが共同で開発してきた。

3名でスタートした2011年の会社設立からしばらくは、志を持ちながらも受託開発を請け負い細々とやっていた。もちろん出資してくれる投資家を探すことも並行でやってきたが、なかなか現れなかった。節目が変わったのは2017年にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のSUI(Startup Innovator)に画像処理技術が採択されたときだった。これまで温めてきたAiOnIcチップのアイデアをFPGAで実現した。2018年に最初のVC(ベンチャーキャピタル)などから5億円の資金調達が得られ、一緒に開発してくれる若者たちを採用した。AIエッジコンピューティング技術開発にも採択され、2020年には次の資金調達に成功した。

2020年1月にはTSMCのシャトルサービスを用いた28nmプロセスのチップArimaを完成させた。ここではArm Cortex-A53コアを用いた汎用バージョンを用いた。同じ年の12月には自社のリソースでRISC-Vコア(SiFive製)でTSMC12nmプロセスを使いコード名「Beppu」を開発した。このチップを仕上げて2022年末には量産バージョン「Chichibu」を完成させ、いよいよ実ビジネスに入っていく。

同社はチップ設計だけではなく、ボード開発も手掛け、カメラモジュールやホームセキュリティ製品などへと展開していく計画だ。最大の特長であるフレキシビリティと電力効率の高さと低コストを活かすと、気楽に使える監視カメラができるようになる。工場内の製品の流れや自動外観検査装置を至る所に配置できるようになる。

参考資料
1. "12 screens DEMO", ArchiTek Corporation YouTube

(2021/08/20)

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