「少量多品種のAIチップにはFPGAが最適」、東工大発ベンチャー
AIチップならFPGAが向いている。こういった考えでAI(機械学習)プラットフォームを作り、さまざまな分野に応用するため起業した東京工業大学発のスタートアップがいる。Tokyo Artisan Intelligence(TAI)社だ。漁の養殖場での尾数計測作業を自動化し、鉄道のレール検査などにもAIを活用し、POC(実証実験)を終えたところにいる。
図1 フレキシブルなFPGAを活用した画像AIで起業した中原啓貴氏
AIチップはもともと特定のアプリケーションごとに使われるものが多いため、数量は期待できない。このため積和演算回路とメモリを集積したAIチップよりもFPGAの方が有利かもしれない。AIの応用では例えば、画像認識作業といっても具体的な応用によってAIモデルは全く異なる。ニューラルネットワークは学習や推論するために適したAIモデルではあるが、AIビジネスは、応用によって何の認識を学習させるのか、前処理や後処理が全く異なる。このためAIビジネスは応用ごとにユーザーと密着して何をどの程度認識させるのか決めるためのコンサルティングを伴う。AI事業者がAIを使う現場の声を聞かなければ、ビジネスとして成り立たない。このためAIチップから見ると、AIビジネスは多品種少量生産そのものである。だからこそ、FPGAにアルゴリズムを焼きこむことは理にかなっている。
起業したTAI社の創業者兼CEOの中原啓貴氏(図1)は、もともとFPGAを使いこなしてきたエンジニアでありながら、東工大工学院情報通信系の准教授でもある。AIを社会実装して問題を解決するためのAIビジネスを推進する。中原氏が推進するのはカメラからの画像データを基にしてAIで機械学習、推論を行うことで、作業効率を上げたり、保守を容易にしたりするビジネスである。
また、ディープラーニングやAI(機械学習)のアルゴリズムの研究開発も行うと同時にAI製品の開発にも携わっている。2020年3月に起業して以来、様々な業種の応用製品を開発してきた。その一つ、マルハニチロの養殖マグロの数を数える作業をAIで自動的に数えられるようにした(図2)。この作業は、人間が行う場合に動きの速いマグロを見て数えることは、単純作業ではあるが過酷な作業のわりに人手がかかっていた(参考資料1)。AIを使って自動的にカウントできるようにすることによって、これまで6人かかっていた作業を1人で済ませることに成功した。
図2 カメラとAIで魚の数を自動的にカウント 出典:マルハニチロ
実は、こういった過酷な作業環境にもFPGAは向いていると中原氏は言う。海上のマグロ養殖場で10年間動作する装置という要求性能を満たせる半導体チップはFPGAしかないという。直射日光や塩害といった過酷な環境では装置が腐食しやすく、壊れやすいため、消費電力が少なく発熱しにくいFPGAをエッジAIとして使えばファンレス動作が可能で装置としても壊れにくくなる。しかもGPUのようなAIチップだと10年間にわたって生産されている保証もない。10年後も同じものを使いたい場合に取り換えがきかない。FPGAだとプログラムデータさえあれば交換することさえできる。
また鉄道の線路の点検にもAIを生かした例がある。鉄道のレールでは毎日の電車の走行によってレールを固定するネジが緩む恐れがある。このため鉄道会社は毎日点検している。しかし、これまでの手作業では1時間当たり2kmの距離範囲しかチェックできない。そこで、この作業を自動化するため、カメラでネジの具合を撮影し、その画像をAIで解析する。この装置を点検車両に載せてチェックすると20km/時というスピードでチェックできるようになった。その結果は100%ではないが、これによって作業人数を削減できる。
加えて、これらの点検個所をGPSと地図でスマホやタブレットで見られるようなアプリケーションソフトを作成することで、一目で不安な個所を事前に予測できるようになった。不安な個所を重点的に作業すればレールの点検作業の効率が高まる。
さらに、フォークリフトやクレーン車、ショベルカーなどの産業用車両の衝突を防ぐための警報装置も開発し、倉庫や流通現場での作業の例もある。こういった例では、カメラとAIによる作業の自動化だけではなく、取得したデータを可視化するアプリを開発することで、次にどう改善すべきかという答えもわかるようになる。
これらの実証実験から数を数えるという事例の正解率は99.7%、衝突や落下物の危険を察知する事例での正解率は98.05%となっており、顧客が満足するレベルに達したという。
実際に使っていたFPGAは、AMD-XilinxのKriaという製品名のK26 SOM(System on Module)(参考資料2)。これはXilinxがすでに工業グレードの量産認証を取得している基板であり、FPGAにプログラムすれば、そのまま製品に使える。ここでは画像認識モデルとしてCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を使っており、前処理(画像データの欠損やエラーなどの修正など)と後処理(検出枠処理)にもFPGAで自動化しているため、CNNの演算が速い。
中原氏は、FPGAのメリットをさらに追加する。AIの画像認識にはCNNを使うことが多いが、最近ViT(Vision Transformer)と呼ばれる新しいAIモデルがGoogleから提案され、認識精度がCNNよりも高いと言われている。FPGAだと、この新しいViTモデルにも対応できる。しかし、専用のAIチップではそうはいかない。
スタートアップは資金調達に苦労することが多いが、TAI社は現在、シリーズBで量産向けのプラットフォーム開発に2億円を調達し現在まで3.6億円を調達した。出資には、やはり東工大発企業であるソリトンシステムズ社や銀行系の金融機関が提供している。今後は、量産体制を構築するためのシリーズCで2023年度末から24年度はじめにかけて5億円の調達を目指し、2025年春のIPO(株式上場)を視野に入れている。
参考資料
1. 「株式会社桜島養魚がAIトラッキング魚体計数機を導入〜養殖魚の尾数計数作業の自動化が実現」、マルハニチロ (2020/05/18)
2. 「Kria K26システムオンモジュール(SOM)」、Xilinx