まさか、クロストークで結合させる無線通信技術で6Gbpsを実証
電磁界結合、磁界共鳴、キャパシタンス結合などでチップ同士やワイヤレス給電などの技術がこれまであったが、まさかと思えるクロストーク結合によるワイヤレス技術が登場した(図1)。慶應大学の黒田忠広教授が提案、ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)2015でその有効性を明らかにした。
図1 クロストークを利用した電磁界結合コネクタ 左はフレキシブル回路基板を重ね、右はプラスチックのネジで固定する。結合伝送路は4mm長
その悪者を積極的に活用して、無線結合を実現しよう、と考えたのが黒田教授だ。クロストークを利用するために伝送線路を利用、それをTLC(Transmission Line Coupler)と呼んでいる。これまで黒田教授は、キャパシタンス結合やインダクタンス結合などを利用するチップ同士の接続などを研究してきたが、キャパシタンス結合は結合が弱い、インダクタンス結合は、周波数に依存してインピーダンスが変わる、磁界結合で通信距離を伸ばすためにコイルを大きくすると寄生容量が増え帯域が減少する、など問題が多かった。
TLCは、分布定数回路上に分散する電界と磁界の結合を利用するもので、線幅を大きくしても帯域は20GHz程度までなら共鳴吸収はなく広帯域で使える(図2)。また50mm程度の長い伝送線路を接続しても信号の反射がない。実際にクロストークを活用すると意外なこともわかった。Gbps以上の高速動作が容易なのである。逆に周波数が低下すると結合が弱く、使えない。
図2 TLCのメリット 出典:慶應義塾大学 理工学部電子工学科 黒田忠広教授
これは、ワイヤレスの距離を争う技術ではもちろんない。むしろ接触式コネクタが少し外れたり、非接触部分が生じたりしてもかまわないというコネクタを想定している。このため、瞬断の恐れのあるシステムへの応用をまず想定している。クルマやロケットなど絶えず振動にさらされている環境で評価されているという。
特性インピーダンスを揃えておけば、反射が少なく、例えばスマートフォンや携帯電話機に実装してもノイズの影響はかえって起きにくい。スマホの回路基板内部には、3G/4Gなどのモバイル通信、Wi-Fi、Bluetoothなどの送受信回路だけではなく、干渉の元となるデジタルの高速クロック回路もある。これらはTLCにとってノイズ源となる。また、機械式の圧着方式だと接続部ですでに反射の要素があるため、高速動作が限られてしまう。
図3 新型の伝送路で長さ4mmの小型化を達成 この右側の形状が図1の写真の結合部分である 出典:慶應義塾大学 理工学部電子工学科 黒田忠広教授
昨年の発表では、二つのポートを利用し、戻りの信号を分離した構造だったが、今回のISSCCでは、戻り信号も合成させたシンプルな構造になっており(図3)、長さも4mm程度に収まっている。この程度だとスマートフォンにも搭載できる。特にGoogle Araというモジュラー方式の将来のスマホに搭載するコネクタとして応用できると見ている。Google が提案しているGoogle Araは、子供のおもちゃ「レゴ」(商品名)のように、個人が必要とする機能をモジュールとして追加変更できる方式の次世代スマホ(図4)。
図4 Google Araのコンセプト 出典:慶應義塾大学 理工学部電子工学科 黒田忠広教授
もう一つ有力な応用として、衛星やロケットなどの情報処理システムを想定している。ここでは、イメージセンサや合成開口レーダー(SAR)などのセンサ情報をメモリモジュールで記録し、さらにプロセッサや送信機へと接続する。配線接続のコネクタ数は数百本に上る。これらをモジュールとして接続するコネクタとして用いるという応用だ。ロケット用電子機器の振動試験を0.5Gから最大20Gまでの力(8点)を変えて行った。100Mbpsでデータ伝送した時のビットエラー率は、10の-10乗程度と実質ゼロであった。
黒田氏は企業名を明らかにしないものの、この新しい伝送線路コネクタには国内外を含め共同開発しているところもあるという。また、興味を示す企業も多いとする。