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「ミクロの決死圏」を半導体技術で再現−Stanford大の試み

現在の医学では治療できないような病気を治すために欠かせない、半導体技術の活躍場所がある。米Stanford UniversityのAda Poon研究室は、人体の疾患部分を見つけたり治療したりするためにマイクロカプセル(図1)を腸だけではなく血管内部にも導入できる技術を開発している。このほど、無線で電力をカプセルに供給する技術を開発した(参考資料1)。

図1 体内に埋め込む超小型無線マイクロカプセル 出典:Stanford University

図1 体内に埋め込む超小型無線マイクロカプセル 出典:Stanford University


これは、皮膚から5cm程度の深さなら、mWクラスの電力(人体に安全なレベル)を無線で供給するという技術だ。無線電力は皮膚から体内に入るとすぐに減衰してしまうが、この技術はできるだけ減衰させずに電力を内部に送り込もうというもの。そのため、平面アンテナの電極パターン形状を工夫した。

これまでの医療用カプセルは、ボタン電池を組み込んだ電子回路で構成され、飲み込んだ後食道から胃、小腸、大腸、そして直腸と経て外部へ排出されていた。これでは、食道や腸内の疾患しか発見できない。Stanfordが進めている研究は、腸だけではなく血管内も動き回れるような超小型のカプセルを作り、人体の外部から電源を供給する。カプセル内の電子回路には人体を溶かす恐れのある電池を搭載しない。これまでのカプセルでは届かなかった場所でも動き回れるようにし、治療に役立てようとしている。かつてのSF映画「ミクロの決死圏」をほうふつさせるような試みである。

電池ではなく、熱電変換や圧電変換、バイオポテンシャル、酵素などによるエネルギーハーベスティングを利用する手もあるが、電力密度はまだ低く、0.1µW/mm2に満たない。無線給電は非侵襲技術の一つであるが、従来のニアフィールドのカップリングでは電力は体の深くまで浸透せず、減衰してしまう。人体は、表面にある皮膚から皮下脂肪、筋肉、骨あるいは内蔵という組織から成り立っており、電力を体の奥まで到達させることは安全な電力範囲では極めて難しい。

Stanfordの方法なら、心臓病患者には心臓のそばにマイクロカプセルのペースメーカーを置ける。電池交換のために何年ごとに手術する必要はない。研究リーダーのAda Poon准教授は、スイートスポットと呼ぶミッドフィールドを利用する(参考資料2)。ニアフィールドは「スイカ」や「イコカ」のようなICカードがタッチする程度の距離、ファーフィールドは携帯電話のようなkmレベルの距離を、それぞれ伝達する電波特性である。Ada Poon准教授は、それらの中間なのでミッドフィールドと呼んでいる。これは電磁波の発生源から波長程度の距離までの到達範囲を指すという。

直径2mm×高さ3.5mmのマイクロカプセル内に、数回巻きのコイルと、マイクロ波から直流に変換する整流回路、パルス制御のSOI(silicon on insulator)ICを実装しておく。マイクロカプセルの大きさはカテーテルの中に入れることを前提としている。

人体の外から発射する無線電力のエネルギーを体内で減衰しにくくするために、4つの送信アンテナを利用した。図2Aのようにメタル電極で4つのパターン(ポート1〜4)を構成した。寸法は6cm×6cmで、動作周波数は1.6GHz。研究者たちは、発振した電波がマイクロカプセルのコイルに集中するように、方程式を解きパターン形状を決めた。発振電波にレンズ効果を持たせ、焦点平面内に磁界を閉じ込め、波長以下の小さな面積に電波を集中させているという。ポートごとの信号間の位相を調整すると最適な電流密度が得られるとしている。


図2 ミッドフィールドでのエネルギー伝達 出典:Stanford University

図2 ミッドフィールドでのエネルギー伝達 (A)4つのポートを持つ発信源、(B)x方向の波数kに沿った空間周波数スペクトル、理論値と比較、(C)直径2mmのコイルで受信するパワーの実測値とシミュレーション値、発信パワーは500mW、(D)10 French (3.3mm) のカテーテルのさや、(E) 回路ブロック図 出典:Stanford University (参考資料1)


ニアフィールドカップリングだと、本来、指数関数的に減衰するが、ミッドフィールドカップリングでは、伝送される深さが周辺環境のロスによって決まるという。理論的には、ニアフィールドよりも2〜3桁もエネルギー伝達特性が良いとしている。

大きな電池を使っていないため、マイクロカプセルの大きさ程度なら脳や心臓の内部に設置できる。パーキンソン病や心臓病などの治療に使うことを期待している。

参考資料
1. “Wireless Power Transfer to Deep-Tissue Micro-implants”, PNAS Early Edition,
2. “Stanford Engineer invents safe way to transfer energy to medical chips in the body”, Stanford News (2014年5月19日)


(2014/06/25)

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