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グリーン先進国スペインのADDセミコンがスマートメーター用PLCチップを提案

震災後の電力復旧に一役買うかもしれない。電力線通信(PLC)を利用して電力の需給関係をモニターし、制御するためのスマートメーター用モデムチップのことである。日本では全くなじみのないであろう、スペインのファブレス企業ADDセミコンダクタ(ADD Semiconductor)社が低ビットレートのPLCデジタル通信によるスマートメーター用ICを開発した。

図1 フルデジタルのPLCチップ(下の図) 上の図は従来のアナログ方式

図1 フルデジタルのPLCチップ(下の図) 上の図は従来のアナログ方式


同社は2001年設立のファブレス半導体メーカー(参考資料1)。スペインのサラゴサ大学(University of Zaragoza)から二人の教授がスピンオフして設立した。一人は通信技術の専門家でもう一人はデジタル半導体設計の専門家だという。企業名のADDは当初、Advanced Digital Designを意味したという。会社設立後しばらくは大学内にオフィスを構えていたが、ベンチャーキャピタルからの投資を組み入れた後、オフィスを大学外に持つようになった、と同社CEOのGuillaume d'Lyssautier氏は語る。

この企業はPLC技術にフォーカスし、それも低ビットレートで電力線を制御するための半導体を設計する。PLCに集中するのは、今後のスマートメーターだけではなく、ホームネットワーク、照明器具のモニターなどの市場が狙えるからである。電力の制御には高データレートの技術は必要ない。高データレートのPLC通信はむしろWi-Fiとの競争だったが、これはすでに勝負は終わっている。通信オペレータが構築している3GやGSMネットワークをスマートグリッドの通信手段として使う手もあるが、これに関してもワイヤレスオペレータに依存するため、電力会社あるいは配送電ネットワーク企業として手足を縛られた格好になるという。欧州においてPLCのメリットはもう一つある。ドイツなどでは街中の電線を地中に埋めており、新たに光ファイバやインフラを設置するのは難しいが、PLC通信なら地中に埋められた電線をそのまま使える。

現在、スペインやイタリア、フランスではPLCや無線の自動電力メーターは設置されており、検針員はすでにいない。ただし、これらのメーターは毎月あるいは2カ月に一度の電力量を測定し電力会社にそのデータを送っているだけの単なるメーターであって、スマートメーターではない。これからのスマートメーターは、毎月の電力量ではなく、現在の電力量を常に測定し、電力網すなわちスマートグリッドを制御するルーターやコントローラへ知らせ、これらのコントローラを経て不足する電力をもらったり、あるいは過剰な電力を供給したりするためのセンサーとなる。だからこそ、スマートメーターは家庭に取り付けるだけではなく、ソーラー発電機や風力発電機、蓄電池、電気自動車などにも取り付ける。だからスマートメーター用の半導体チップにとって膨大な市場がここに生まれるという訳だ。

加えて、今回の東日本大震災で図らずも現在の東京電力の電力網(パワーグリッド)がいかにも脆弱であり、広範囲な計画停電を余儀なくされたことが明確になった。もし、よりきめ細かく電力配分を制御できれば、例えばモノづくり産業の工場や被災地に限定した配電を優先する、といったことができるようになる。今回の計画停電では、工場・住宅地域別に区分けすることができない。スマートグリッドを使えば、今回のような大ざっぱな計画停電を防ぐことができる。

PLCを利用した、スマートメーターができ、しかもスマートグリッドを各地の電力網をつなぎ、グリッド間をパワールータなどで制御できるようになれば、こういった災害があっても電力会社間の電力融通が無理なくできる。東日本の50Hzと西日本の60Hzといった、現在のいびつな構造の電力網ではその境界にある変換所において、交流をいったん直流に変換し、さらに周波数を変換している。こういった無駄な電力変換が長い間行われてきた。スマートグリッドはこういった無駄な変換をなくし電力融通にも対応できる仕組みになろう。

ADDが特長とする半導体チップは、デジタルフィルタを集積した、フルデジタルのPLC SoCである(図1)。アナログフィルタと比べ、デジタルフィルタは、フィルタリング特性が良好で、ノイズに強い。例えば図2で、ノイズが低い周波数で入り込むとアナログフィルタは特性がブロードであるためノイズまでも拾ってしまうが、デジタルフィルタはシャープな特性であるため、ノイズを落として除去できる。デジタルフィルタのためのアルゴリズムを独自に開発し、シャープなフィルタ特性の波形を作り出している。

プロセスは180nmの標準的なCMOSデジタルプロセスを用い、富士通にファウンドリサービスを依頼しているという。


図2 デジタルフィルタでシャープな特性を作り出す

図2 デジタルフィルタでシャープな特性を作り出す


PLC通信では世界各地で許可されている周波数帯が異なる。EUでは3〜95kHz、米国では0〜500kHz、日本では10〜450kHzとなっているが、ADDは地域ごとにカスタマイズする。実際のパワーグリッドで使われる現実の特性パラメータを測定し、電力会社ごとにファームウェアとして最適化し、メーターメーカーにチップを出荷する。

また、デジタル変調方式としては、FSK(frequency shift keying)とOFDM(orthogonal frequency division multiplex)を利用するチップを開発している(図3)。FSK方式では2.4kbpsと4.8kbpsの低いデータレートのチップがあり、このデータレートで十分な国や地域に向けて出荷する。もう一つのOFDM方式は、128kbpsとデータレートは速い。

OFDM変調を利用する方式では、親機から数百台の子機(スマートメーター)へとネットワークを組み、さまざまなメーターと通信するような大きな規模のスマートグリッドを念頭に置いている。このため通信プロトコルを標準化し、どのメーターも接続できるようにするため、PRIME(PoweRline Intelligent Metering Evolution)Allianceと呼ぶ標準化団体を組織化した。このコンソーシアムはオープンスタンダードを作り認証するための組織であり、PLCを利用したスマートメーターの普及を促進する。2009年にADDに加え、スペイン最大の電力会社であるIberdrola社や米テキサスインスツルメンツ、スイスのSTマイクロエレクトロニクスなど8社が中心となって組織を設立した。3月現在において40社程度が参加しているが、毎月参加メンバーが増えているという。


図3 ADD社のチップのロードマップ

図3 ADD社のチップのロードマップ


ADD社はチップを開発し、標準化団体を組織化しただけではない。チップの開発ボードもFPGAを使い構成しユーザーに提供している。また通信ソフトウエアスタックのC@sa(カーサと発音)ソフトウエアも開発しており、このソフトによってPLCモジュールをパソコンとつなぎ、グリッドの中の電子機器を定義する。日本での販売代理店とサポートはパルテック(参考資料2)が行う。

スペインでは電力の40%がソーラーと風力で提供されている、とADD社のGuillaume d'Lyssautier氏は言う。ソーラーや風力発電は不安定で信頼性がないため、電力配分の最適化が非常に重要になる。このため、今どこの電力需要が最も旺盛で、どこが余っているか、という情報を常に捉えるスマートメーターが欠かせない。このためスペインの企業が先行しているようだ。

参考資料
1. ADD Semiconductor
2. パルテック

(2011/04/21)

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