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TSMC・ソニー合弁工場、ニュースの裏を読む

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週末10月9日の土曜日、日本経済新聞の「TSMC・ソニー、熊本に工場、8000億円投資、デンソーも参画、半導体確保へ政府補助」と題したニュースには驚かされた読者も多いだろう。TSMCもソニーも熊本工場を新設するとは一言も発表していない。にもかかわらず何度もこのようなニュースが流れる背景は何か。

日経のこのニュースは、TSMCとソニーグループが半導体新工場を熊本県に共同建設する計画をまとめたという趣旨。総投資額は8000億円で日本政府が最大半分を補助する見通し、としている。さらにソニーは少額出資も検討しているとしており、これまでのニュースよりもより具体的に踏み込んだ形となっている。しかし、TSMC側もソニー側も日本の工場に関して、一切コメントを拒否している。

なぜ、このようなニュースがまるで見てきたかのように語られるのだろうか。TSMCを日本に誘致すれば日本には強い半導体製造装置産業と半導体製造向けの材料産業と一緒に、半導体産業が盛り上がるのではないかという仮説の元に、経済産業省が動いていることは事実だ。経産省が6月に発表した「半導体・デジタル産業戦略」(参考資料1)はセミコンポータルでも採り上げたが、この戦略の中でも、先端ロジック半導体では海外ファウンドリとの合弁工場等の設立を通じ、国内製造基盤を確保する、と述べている。このニュースは経産省がリークしたものと断定できよう。

ではなぜリークしたか。これまで経産省は、国内の半導体産業を盛り上げようとして多数の国家プロジェクトを計画・実行してきたが、結局国内の半導体産業はこのプロジェクトによって全く成長しなかった。失敗だった。その原因の一つが、経産省は特定の企業のためには出資しない、という態度であった。複数の企業がまとめれば出資するのだ。このようなアライアンス組織は、責任の所在があいまいになり、経産省の天下り先にもなった。しかし、今回はTSMCという特定の企業を支援しようというもので、これまでの経産省の態度とは違う。実際に予算が通るかどうかわからない。

また、日本は電力コストが世界と比べて非常に高い。高い電力コストは国際競争上不利だ。海外の国々では外国企業を誘致するのに、税制優遇やR&Dコスト支援など何らかのインセンティブを出してきた。しかし税制優遇策は財務省マターであり、経産省は関与できない、と財務省説得を避けてきた。余談だが、2000年前後にIntelが日本に工場を作ることを本気で考えた時期があったが、何のインセンティブも日本政府から出なかったために日本を諦め、アイルランド工場を拡張した。

これら、特定企業への支援と税制優遇策に関して、経産省は世論に期待する、と自ら財務省説得を避けた。この結果が今回のリークである。

また、米国が経済安全保障を打ち出したことに続き、日本でも岸田新内閣が経済安全保障大臣というポストを創設したが、米国の意味合いとは違う。米国ではファブレス半導体が市場シェア50%を超えるほど強い。しかし、製造してもらうファウンドリは台湾と韓国Samsungに集中している。台湾が中国に侵略されるとTSMCには製造を依頼できなくなる。このため米国内にも製造拠点が欲しい。TSMCをアリゾナへ誘致したことも戦略の一つ。さらにIntelやGlobalFoundriesが再び米国で製造に力を入れることは大歓迎だ。さらにまだ90nmまでのプロセス技術しかない米国生まれのファウンドリSkywaterも歓迎している。


Wafer Capacity at Dec-2020 -by Geographic Region / IC Insights

図1 日本の半導体生産能力は世界第3位 出典:IC Insights


これに対して日本は、TSMCを誘致するだけで日本の半導体は盛り上がるだろうか。おそらく答えは否であろう。というのは、日本の半導体メーカーの世界シェアは10%しかないのに(参考資料2)、半導体を生産する能力(図1)は、台湾、韓国に次ぎ3番目に高い(参考資料3)。実際、日本で工場を持っているのは、キオクシアやソニー、ルネサスなどの国内半導体だけではない。UMCは三重に、Micronは東広島に、TIは会津と美浦に、onsemiは会津に、それぞれ外資がすでに日本に工場を持っている。にもかかわらず日本の半導体メーカーのシェアはICに限定すると6%しかない(参考資料4)。TSMCを誘致してこの状況が変わるだろうか。

やはり日本に必要なのは、日本の半導体メーカーと半導体ユーザーなのだ。半導体メーカーがいくらあってもそれを使うユーザーが日本から減ってきている。WSTSの統計に出てくる地域とは半導体ユーザーを示している。世界が成長している中で日本だけが成長が止まっているということは半導体を使うユーザーがいなくなっていることを示す。であるからユーザーを海外に求めることが必須になる。

加えて、国内には半導体メーカー(ファブレス)やファウンドリが圧倒的に少ない。IDMを今から作ることは設計にも製造にもリソースが必要であるから、コストがかかるが、ファブレスやファウンドリなら、それほどでもなくなる。しかも、製造受諾専門のファウンドリは製造に強い日本に向く。ファブレスの多い米国からの注文を取るための営業体制を構築できれば、ビジネスは回っていく。ただ、ファブレスでもファウンドリでもグローバルな営業とマーケティングは欠かせない。国内の半導体ユーザーは期待できないからだ。これまでの内弁慶を克服することも重要な課題となる。

参考資料
1. 「「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめました」、 経済産業省 (2021/06/04)
2. "2021 Factbook", SIA(2021)
3. "Taiwan Maintains Edge as Largest Base for IC Wafer Capacity", IC Insights (2021/07/13)
4. 「日本の半導体ICの市場シェアはついに6%に低下」、セミコンポータル (2021/04/14)

(2021/10/11)

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