半導体のエコシステムがグローバルに動く、TSMCも熊本工場検討へ
TSMCが半導体工場を熊本県に建設する検討に入ったと6月11日の日本経済新聞が報じた。経済産業省の度重なるお願いに検討することになったようだ。熊本にはソニーの半導体工場に加え、東京エレクトロンをはじめとする半導体製造インフラが整っている。半導体不足への対処という面は大きい。半導体製造は政治的な意味合いも強くなり始めている。
日経によると、TSMCの熊本での新工場は、16nmや28nmの技術導入になるようだ。これは、車載半導体不足に対処するものとみなせば納得がゆく。日本が強い自動車産業向けの半導体では16nmは最先端で、微細な量産品は28nmが多い。TSMCでは、超最先端の5nmはスマートフォンのアプリケーションプロセッサや一部のCPUに使われているが、6nmノードでも新製品を生産している。16nmノードがこなれた技術としているのはTSMCだけかもしれない。
TSMCの2020年第4四半期の売上構成を見ると、5nm、7nm製品が50%前後、車載半導体は2020年第1四半期に全売上額の3%、2021年第1四半期でも4%となっている。ウェーハ投入量の10%程度しか5/7nm製品向けに投入していないのにもかかわらず、売上額が約半分ということは、最先端製品は高く買ってもらえることを示している。反面、車載半導体製品は前四半期ベースで2四半期連続30%程度も大量に増産しているものの、売上額全体から見るとまだ少ない。
このままだと、台湾政府、日米欧の自動車メーカーや半導体メーカーから催促されることは目に見えている。工場新設を考えざるを得ない。日本は政府がようやく補助金を1社のために出してくれそうな雰囲気があるため、検討する価値はある。もし工場を新設するなら、半導体製造のインフラが整っている熊本は、無理のない選択肢だ。
車載向けに限らず、半導体不足は台湾自身のクビも絞めている。12日に日経が報じた台湾IT19社の5月における売上額の内、4割が半導体不足により生産できずに減収となった。例えば、iPhone受託生産のペガトロンは前年同月比20.9%減、パソコン生産のクアンタとコンパルはそれぞれ8.9%減、8.5%減、スマートフォンのレンズ生産のラーガンは13%減と1年前よりも減収だった。反面、半導体メーカーは増収で、MediaTekが89.8%増、TSMCは19.8%増であった。半導体製造工場を増設・新設する動きは加速しそうだ。
また、半導体生産にはエコシステムが必須であり、それを示す例がこの1週間で登場した。日立ハイテクはエッチング装置や電子顕微鏡、ウェーハ検査装置などの強みを生かし米国オレゴン州に新しいエンジニアリング拠点を設立する。オレゴン州にはIntelやLam Research、日本のJSRなど半導体製造のインフラがすでにある。
こういった半導体製造のインフラを充実させることは半導体ビジネスを推進しやすくなる。ドイツのRobert Boschは欧州で最も充実した半導体製造のインフラと言われるドレスデンに300mmウェーハの新工場を設立した。車載用半導体を製造するほか、自社が製造している工具向けの半導体も生産する。
東京エレクトロンは、工場ではないがEUVの開発拠点のあるオランダのフェルドホーヘンのimec-ASMLと高NAのEUV開発向けに塗布現像装置を導入する。次世代のEUVは高NAが求められており、ASMLの露光装置と共にレジスト現像が欠かせない。TELの装置には、実績のある化学増幅型レジストや下層膜の対応だけではなく、更なる微細化向けの塗布型メタル含有レジストにも対応する機能を搭載している。今後、ASMLのEUV装置とセットで、TSMCやSamsungなどにも売り込むことができるようになる。
半導体は、安全保障上も重要な頭脳の役割を果たすため、日米連携など政治的な動きも目立つようになってきた。米国の議会上院で8日、半導体の製造工場や研究開発に520億ドルを投じることなどを含む「米国イノベーション・競争法案」を可決した。この法案は民主・共和の両党を超えた超党派で提出した法案で、共に半導体の重要性を訴求している。
日米連携では、Micron Technology CEOのSanjay Mehrotra氏とのインタビュー記事を11日の日経が掲載し、その中で「半導体業界が世界経済、安全保障の根幹をなすという認識に立っている」として、「米政府は当社を米国と日本の協力を示す強力な事例の一つと認識している」と述べている。旧エルピーダメモリを買収した広島工場はDRAMの主力工場となっており、NANDフラッシュのシンガポール工場(参考資料1)と共に主力工場の双璧をなす。21年8月までの3年間で70億ドルを広島工場に投資するという。旧エルピーダ時代より国内従業員数は16%増の4300人に達している。
海外企業を日本に誘致する場合には、税制優遇や補助金など各海外企業個別対応となるが、経産省にとっては大きな変更で、これまで1社のためにサポートしない、と述べていたからだ。その場合には政治交渉力がますます必要になる。
参考資料
1. Micronがメモリ不況中にNANDフラッシュ工場を拡張する理由 (2019/08/23)