Semiconductor Portal

HOME » セミコンポータルによる分析 » 週間ニュース分析

Synapticsがルネサス子会社を買収するメリットは大きい

6月11日夕方、ルネサスエレクトロニクスの子会社であるルネサスエスピードライバ(RSP)を、タッチセンサコントローラに強い米Synaptics社が買収するという記者会見が行なわれた。RSPはルネサスとシャープ、Powerchip Groupがそれぞれ55%、25%、20%を出資した液晶ドライバ会社。

ルネサスが出資する55%の株式を全てSynapticsに売却するという合意に今回達したという発表だ。売却金額は485億円で、2014年10〜12月に売却する。これまで、AppleがRSPを買うといううわさがあったが、Appleのメリットを考えるとあまり現実的ではなかった。


図1 液晶パネルに搭載するドライバとタッチコントローラの模式図

図1 液晶パネルに搭載するドライバとタッチコントローラの模式図


しかし、Synapticsが買うとAppleにとってもメリットは大きい。翌日の日本経済新聞や日経産業新聞、日刊工業新聞には掲載されなかったが、SynapticsがRSPを買収する目的は、次世代のタッチセンサコントローラにLCDドライバもシングルチップで集積するためである(Synaptics社CEOのRick Bergman氏)。LCDドライバもタッチコントローラも液晶画面の上下左右の2カ所に設けられている(図1)が、これまでの別チップだと、LCD上のドライバ配線とタッチセンサ配線をそれぞれ二つのチップに接続しなければならなかった。直接の半導体ユーザーである液晶パネルメーカーは、それぞれの配線をフレキシブル基板上に設ける場合に複雑になり、コストが余分にかかっていた。

1チップに二つの機能を集積できるようになると配線は1層で済むようになるだけではなく、サプライチェーンは簡素化され、設計も楽になるため市場投入期間は短くなる。これまで、ユーザー(液晶メーカー)はそれぞれのチップを二つのメーカーから調達していた。1チップに集積される半導体は、競合他社と差別化できる。今後、タブレットやスマートフォンのようにタッチパネルが普及するにつれ、1チップ化が進むことは間違いない。Synapticsは2016年に最初のシングルチップを出荷する予定である。

液晶ドライバとタッチセンサコントローラの1チップ化には、設計力が問われる。特に、ドライバは行と列のマトリクス配線に電流を送りこむが、タッチセンサは静電容量の変化を行と列から検出する。ドライバはノイズを出すが、センサはノイズを拾う恐れがある。このためにはノイズ対策を念頭においた設計力が欠かせない。SynapticsはRSPの設計力に期待する。

1チップの液晶ドライバとタッチコントローラは当分、スマホとタブレット、ノートパソコンを対象としており、自動車のダッシュボードやカーナビゲーションの画面などへの応用はかなり先になるとBergman氏は語っている。

Synaptics社はマイクロプロセッサを発明したIntelの3名の設計者の内の一人であるFederico Faggin氏(残り2名は嶋正利氏とTed Hoff氏)と、VLSI設計をアーキテクチャの観点から解き明かした元カリフォルニア工科大学のCarver Mead教授が1985年に創業したという由緒ある会社。Faggin氏はIntelを離れた後、Zilogを創業したことでも知られている。Mead教授がLynn Conway氏と共に著した「Introduction to VLSI Design」は今でもLSI設計のバイブルとされる名著である。

SynapticsとRSPの会見は、Synaptics主導で行われた。ルネサス側で出席したのは、社長の工藤郁夫氏のみ。Synaptics側は、CEOのRick Bergman氏、スマートディスプレイ部門担当ゼネラルマネージャ兼シニアVPのKevin Barber氏、マーケティング兼事業開発担当シニアVPのBret Sewell氏の3名が出席した。

会見翌日の日経の見出しには「ルネサス再建、見えぬ成長−米社に子会社売却、リストラめど、新事業育成課題に」、日刊工業には「ルネサス、構造改革進む−現場力維持、収益向上のカギ」と非常に対照的なテキストだった。日経の記事はルネサスの構造改革に関する内容となっており、会見でルネサスの構造改革に関する質問が出ても、工藤社長は私が答えることではない、ときっぱり断っていた。会見に出た人間として、この見出しには強い違和感を覚えた。

(2014/06/16)
ご意見・ご感想