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匂いのデジタル化に向けたソニーの嗅覚評価器

「匂い」を何とかデジタルにできないものだろうか。匂いセンサの研究はある。かつてimecがe-Noseプロジェクトをやっていた。しかし、残念ながら未だに製品化できていない。だが、センサを使わずに、匂いの種類をデジタル化できないものか。ソニーが開発した嗅覚評価器(図1)は、40種類の匂いを出力するもので、提示装置と呼ばれている。

ソニーのにおい提示装置 NOS-DX1000

図1 ソニーが試作・開発した匂い評価器 出典: 筆者撮影


匂いは、これまでMOSFETのMetal部分を排除したISFET構造や、反応基が直接外部に出ているタイプの半導体構造のセンサが提案されてきた。しかし、化学センサでは、匂い分子がセンサの吸着した後の電流の変化を見るタイプが多く、これでは数十回も繰り返し使うことが難しい。吸着ごとに初期化するための加熱処理などが必要で、しかもISFET同士のバラつきは少なくない。工業的な製品化は難しい。

ソニーは匂いセンサを使うのではなく、予め標準化された5種類の匂いを8段階に薄めて合計40種類の「匂いプリズム」を作製した。匂いを出力して、人が認識できるかどうかを定量化する製品である。いわば嗅覚検査装置として使う。

嗅覚検査装置は、医療用のニーズに応えるために開発した。ソニーが耳鼻科医165名、神経内科医165名に調査したところ、その内の77%が嗅覚測定のニーズが今後増えると答えている。実際、認知症やパーキンソン病では発症前から嗅覚低下がみられることが知られているという。今回、ソニーが「におい提示装置」と呼ぶ装置の開発では、金沢医科大学や名古屋大学医学部、東京大学医学部など8名の専門医の力を借りた。

これまでの嗅覚試験では、5種類(バラの香り、焦げた匂い、靴下の匂い、桃の香り、臭いスカトール)の液体を入れた瓶で人間が匂いを嗅いで、どのような匂いなのかを確認していた。今回の装置は、5種類の匂いをそれぞれ8段階の濃さレベルで表すというもの。それぞれの匂いをカートリッジに入れ、出力口で人間が嗅ぐことによって、5種類8レベルのマトリックス状のどのような匂いなのかを判断できるようにした(図2)。


匂いを40種類搭載したカートリッジ

図2 匂いを40種類搭載したカートリッジ


カートリッジ(図2)はパートナーの第一薬品産業が開発しており、このカートリッジだけでも販売する。カートリッジに匂い成分の部屋を40室作り、それぞれの部屋から匂いを発生させる。デバイスそのもの(図1)では、匂いはこのカートリッジかららせん状の流路を通り、匂い出力部分に高速スイッチングで送り込まれる。匂い流体を高速に送り出すためのリニアアクチュエータを高速に制御するバルブ(図3)を開発した。加えて、匂いの残渣を素早く排除して残らないようにするための脱臭機構も採用した。


匂いを高速に送り出し、遮断するためのメカニズムを開発

図3 匂いを高速に送り出し、遮断するためのメカニズムを開発


ソニーの今回の装置は、厚生労働省の認可をまだ受けていないため、医療機器としての商品ではない。今後、10月の日本鼻科学会に展示したことに加え、11月の日本神経治療学会、日本認知症学会/日本老年精神医学会でも展示していく。その後、全国の医療従事者からのフィードバックをもらい、2023年春に販売する予定である。

厚労省の認可には時間がかかるため、発売時点でも医療機器ではないだろうが、鼻科・神経内科などの研究への貢献を目指している。また、医療分野だけではなく、ユーザーの嗜好性のマーケティング調査などにも使えるだろうと期待している。当面は日本の医学界の研究を狙っており、海外向けではないとしている。

(2022/10/18)
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