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英国特集2009・産業ニーズから製品向け技術開発に取り組むスコットランドの大学

人口が500万人のスコットランドには大学が14ある。グラスゴー大学やエジンバラ大学といった都会の大学から、光デバイスで名をあげたヘリオット-ワット大学、かつてアモルファスシリコン太陽電池の研究をリードしたダンディ大学など、有名校も集まっている。すべて国立大学であり、英国には私立大学はない。こういった大学が今、産業界のニーズに従って、製品開発に必要な技術を研究開発している。大学は産業界の発展と共に一緒に発展するという意識が高まっている。象牙の塔に閉じこもっていない。

15世紀に創設されたといわれるグラスゴー大学

15世紀に創設されたといわれるグラスゴー大学


大学が産業界のニーズに従い、まるで企業の研究所のように研究している姿の原点はやはり、サッチャー改革にある。英国病とまで揶揄されたイギリスを、1979年から1990年まで在任したマーガレット・サッチャー首相が立て直した。昨年もレポートしたが、このサッチャー改革が独立色の強いスコットランドにおいても現在も続いているのである。すなわち、「民間企業が自分の意志と責任で自由に市場へ参入できる社会が国を豊かにする」というサッチャリズム(サッチャー首相のビジョン)を実行し続けてきている。このビジョンを実行するために、規制緩和、小さな政府、公務員の滅私奉公精神など自由主義経済を徹底し、その精神は労働党のブレア首相、ブラウン首相にまで引き継がれ、最近では大学にまで経済効果を求めるようになってきた。

大学の研究に対して企業が資金を提供、その資金を元に製品開発に必要な技術を大学が開発する。企業はその成果を製品に生かし、売上・利益を生み出す。得られた利益で再び大学へ回していく。前回紹介した、この一連のサイクルに大学が一緒になって回っているだけではなく、スピンオフして起業することに対しても積極的に協力していることを3月23日にレポートした。大学は予想以上に製品と市場をしっかり見ている。米国のスタンフォード大学やMIT、カーネギメロン大学などが産業界と強いきずなで結ばれ、世界の大学トップグループを形成していることを英国政府も見習い、産学共同を大学に要求してきたというわけだ。エジンバラとグラスゴーで取材した4つの大学の実例を次に紹介しよう。

頭脳をモデル化した集積化の研究を進めるエジンバラ

エジンバラ大学では、企業向けの研究を行うだけではなく、起業家を育てる計画もある。それは前回(3/23)紹介したので、ここでは代表的なエレクトロニクス研究例を紹介する。大学内にあるIMNS(Integrated Micro & Nano Systems)では、図1のような研究に取り組んでいる。

エジンバラ大学の半導体チップの研究開発組織

図1 エジンバラ大学の半導体チップの研究開発組織


研究対象はSoCやミクストシグナルIC、MEMS on CMOSなどである。チップの設計と製造技術の両方を扱う。設計では低消費電力技術や、革新的な設計技術、ミクストシグナルではバイオやニューロを利用したチップや、視覚・嗅覚・化学などのセンサーからの信号処理、バイオフォトニクスを利用する単一フォトンのAPD(アバランシェフォトダイオード)、50nm未満のデバイス物理などを担う。製造技術では、従来のCMOS技術をベースにしてその上にMEMSやマイクロディスプレイを集積したり、FIBやAFMなどの画像処理解析手法を開発する。総じて頭脳をモデル化したものが多い。

例として、リコンフィギュアラブル命令セルアレイ(RICA)と名付けたコンピュータアーキテクチャはここから生まれた。この技術を持って大学からスピンオフしたファブレスがある。大学はこのファブレス企業Spiral Gatewayに対してこの設計技術をライセンス供与した。この技術の詳細については別途、紹介する。マルチコアによる並列処理システムのソフトウエア開発も行っている。ニューロ回路では、人間の視神経から脳への回路を真似て応答速度の遅い人体回路がなぜ瞬時に計算できるのかを解明する。

こういった神経伝達回路をMEMS技術で実現し、シリコン上にバイオセンサーを形成する、あるいはマイクロ冷却システムのためのセンサーシステムなどを形成する技術を開発している。また、アダプティブアレイアンテナをSoC上に作り、アダプティブなアルゴリズムで微弱な電波を制御する技術も開発、スコットランドの企業にライセンスしている。

MEMS応用では、CMOS回路の上に有機ELディスプレイを形成したマイクロディスプレイ(図2)を数年前にIan Underwood教授が開発、その生産会社MicroEmissive Displays社を設立した。


CMOS上に有機ELを載せたマイクロディスプレイ

図2 CMOS上に有機ELを載せたマイクロディスプレイ


同教授はアーンスト・ヤングの2003年アントレプレナーに選ばれ、2004年にはスコットランドのトップ発明者にも認定された。狙う市場はゴーグル型ディスプレイとビューファインダーであった。しかし、市場はさほど大きくなく受け入れられなかった。同教授は再び大学へ戻ったが、大学の研究を商用化するためのコマーシャライゼーション部門で起業するための支援をすることになった。

MEMSでは医用、薬液処理用のマイクロフルイディクス(微小な流体制御)用の回路も形成している。例えば水を二つの流路の上に置き、電圧をかけて水を分離する、というバイオロジック回路や、薬液を金箔でカバーし電圧をかけてカプセルを破裂させ、薬液を供給するといったマイクロフルイディクス回路も作成している。交流の電気泳動法を使って細胞分離させる実験もある。

テラヘルツを推進するグラスゴー大

グラスゴー大学では、テラヘルツ(1GHzの1000倍の周波数)領域における実用化研究を行っている。テラヘルツの定義は1THz以上という訳ではないが、数百GHz領域はテラヘルツ領域と称している。テラヘルツ領域はミリ波とどう違うか。電波の波長が1mmとなるのは300GHzであり、数十GHzから300GHz程度までをミリ波と呼んでいる。60〜70GHzのミリ波では、電磁波といえども直線性が強くなり、光に似た性質を持つようになる。電波を送信している側から受信側に何かの遮蔽物があると電波は遮られてしまう。それ以上の周波数になると、今度は人間の眼、すなわち光で見える領域を通り越し、透過するという性質を持つ。特に金属やセラミックは透過せず反射してしまうが、水は吸収してしまう。

テラヘルツ領域における実用化研究


この性質を利用すると、さまざまな応用が開ける。例えば、銃やセラミックナイフのような危険物を持っている人間が隠し持っているものを検出できるため、空港や港などにおいて危険物の持ち込みを阻止できる。上の写真では、1.56THzで拳銃を検出している。

グラスゴー大学では、発振源としてのガンダイオードや周波数可変のチューナブルフィルタ、ビームの向きを変えるビームステアラーなど、部品を作製する技術に取り組んでいる。装置の小型化を図るためだ。詳細は特集4で紹介する。

OFDMの先や、携帯の新しい応用なども

グラスゴーコレドニアン大学では、第4世代(4G)の携帯電話のさらに先にあるOFDMを超える研究を行っている。3GではCDMA(code division multiple access)技術を基本としているが、4Gになると周波数帯域がより広いOFDM(orthogonal frequency division modulation)変調方式が有望と見られている。グラスゴーコレドニアン大学で進めているのは、OFDMのさらに先の技術で、彼らがECM(embedded convolution modulation)と呼ぶ技術だ。

この技術の詳細を開発中の同大工学およびコンピュータ学部Brian Stewart上級講師は明らかにしない。しかし、このECM技術は、ピーク対平均電力比PAPRを下げることができ、高速のパルチパスを除去し、PAPRを低減してもビットエラーレート(BER:誤り率)は悪化しないなど、利点は多い。このため無線のOFDMやデジタル放送DVB方式やDAB方式に適用すると、通話品質、データ通信品質が向上する。

エジンバラネピア大学は、ヘルスケア・健康管理の研究に従事しており、それらの知識をテクノロジーに落とせないものかと検討している。例えば、数千もの食品データベースを作り、そのデータをもとにダイエットを指導するというビジネスを考えている。糖尿病を予防したり、太りすぎを食い止めたりするため医学的な見地からのダイエット法では、毎日の食生活を記録し体重を測定し、購入した食品類などを記録しデジカメでチェックする。時々血糖値を測る。こういった情報を携帯電話に組み込むことで、日常的に健康を管理する仕組みを作ろうという訳だ。実際にダイエットのためのソフトウエアを組み込んだダイエットフォンを使い、1月から実験し始めた。

エジンバラネピア大学は技術移転会社2kTを通じて、このソフトウエアを栄養士や医用関係者などに販売するビジネスを考えている。糖尿病患者に対するプログラムも同様に携帯電話に組み込み、患者がいつでも実践治療ができるような仕組みを目指す。このプロトコルをテクノロジーに組み入れたいとするが、半導体チップにインプリメントするのかどうかはっきりしていない。テクノロジーパートナーを探している。


(2009/03/25 セミコンポータル編集室)

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