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日本半導体の復活を望む、立法・行政・民間の想い(1)

セミコンポータルが事務局を務める半導体メモリー・イノベーション・シンポジウムである「Flash Forward Japan」(図1)が8月10日、東京赤坂インターシティコンファレンスで開催された。4件の招待講演とパネルディスカッション、衆議院議員で半導体戦略推進議員連盟会長の甘利明氏の来賓ご挨拶があった。ここでは大きな流れとトピックスのみを二部に分けて紹介する。

図1 政財界からの参加者により対面開催された「Flash Forward Japan」

図1 政財界からの参加者により対面開催された「Flash Forward Japan」


半導体が重要な産業であることが、この1~2年ようやく社会的に受け入れられるようになった。このシンポジウムは、半導体産業に理解を示す甘利議員の挨拶に始まり、TSMC誘致を積極的に進めてきた経済産業省商務情報政策局の西川和見氏、そしてTIA(つくばイノベーションアリーナ)運営最高会議議長で東京エレクトロン名誉会長の東哲郎氏が講演し、その後、ウェスタンデジタルジャパン社長の小池淳義氏、さらにWestern Digital CorpのPresidentであるSiva Sivaram氏が米国からオンラインの生中継で講演した。

自民党半導体戦略推進議員連盟会長の甘利議員(図2)は、日本の半導体産業の実態を勉強しており、1990年ころをピークにして転落してきた日本半導体産業を表して、「半導体の何が間違っていたのかを理解したい」と述べた。その中で今できることをやり始めている。


図2 半導体戦略推進議員連盟会長の甘利議員

図2 半導体戦略推進議員連盟会長の甘利議員


半導体産業の間違いの原因は極めて多い。その中の一つに、2000年代の半ばごろまで、さまざまなコンソーシアムを組織しながら、日本の失敗を霞が関が認めなかったことがある。また半導体メーカーは大量生産に向くIDM(設計から製造までを手掛ける昔ながらの垂直統合型の半導体メーカー)が一番良いと固執し、結局世界の水平分業の流れに乗れなかった。半導体産業では世界の半導体企業はずっと成長し続けているのに、日本だけが成長せず止まったままの状態が1995年ごろから続いてきた。

これまで経済産業省は、1社のためには補助金を出せないが、各社が集まれば出せる、と述べてきた。数社が集まるコンソーシアムはある意味、官僚の天下り先にもなっていた。しかし、これまでの失敗を見て、甘利氏は「半導体の量産工場には予算は付けられなかったため、TSMCとソニー、デンソーの熊本工場への誘致によって、(量産工場にも補助金を出せるように)立法化した」と述べた。議員連盟を立ち上げた時には即オランダが接触してきたという。日本が本気で半導体に力を入れるならオランダは日本が再び市場になりうると見たからだ。

今や半導体プロセスノードは、3nm、2nmノードを見据えるようになると共に、チップレットやさまざまなチップの機能やメモリなどを集積する3D/2.5DのICや、エッジコンピューティングなどフェーズが変わっている、との認識を甘利氏は示した。今後の半導体を知るため、東京大学の黒田忠広教授を訪問したところ、世界はアジャイル(agile)体制の大切さを認識している、ということを言われた。市場やテクノロジーの変化に素早く対応することを表すアジャイルは勉強になった、と甘利氏は述べた。

経産省の西川氏(図3)は、総務課長に昇進し、実は半導体分野から離れたものの、TSMCを誘致したことが「実績」となった。西川氏は、半導体産業をけん引していた電機からITに変わったことを認識しており、低下した半導体産業を盛り上げるためにITの動向をしっかり把握するようになっている。今はクラウドに時代に入ったものの日本のシェアはわずか2.6%しかないことを示し、国と地域、産業が次世代コンピュータ基盤を作ることが重要だとの認識を示した。


図3 経済産業省商務情報政策局の西川和見氏

図3 経済産業省商務情報政策局の西川和見氏


講演のメインは、これまで経産省が示してきたステップ1,2,3の説明に終始した。ステップ1が量産工場への支援、ステップ2が2nmという次世代半導体の研究開発、ステップ3がグローバル連携、である。半導体製造に関しては、日米とも志を同じにすることを強調していた。それに向けた人材教育にも触れ、文部科学省と連携することを強く訴求している。すなわち、日米と文科省との連携である。


図4  TIA運営最高会議議長で東京エレクトロン名誉会長の東哲郎氏

図4  TIA運営最高会議議長で東京エレクトロン名誉会長の東哲郎氏


長年、東京エレクトロンで働いてきた東哲郎氏(図4)は、これまで長い間半導体産業に身を置いてきて、半導体は夢のある未来を作る産業、との想いは全く変わらない。日本の状況を「危機」という言葉で表現した(図5)。危機の「危」は危険を意味するものの、「機」は機会すなわちチャンスを意味する。日本は機会を逃し、連携を避け孤立化していったことが成長できなかった今につながるという。


図5 危機の意味は二つ 出典:東哲郎氏

図5 危機の意味は二つ 出典:東哲郎氏


しかし、東氏は、希望は捨てていない。かつて明治維新のころには、日本の弱点に気が付き、自らその弱点を克服して力をつけてきた。今は技術の転換点にきている。だからこそ、この転換点で新しいテクノロジーを身に着けることが重要だという。デジタルやプロセッサ、アナログなどをヘテロ集積するスーパーインテグレーションの時代になった今、日本が再び弱点を克服するようになれば復活する可能性は高いとしている。

日本経済新聞の「私の履歴書」コラムで明らかにしたように、東氏は東京エレクトロンで製造装置の営業に身を置きながら、社会、人間、テクノロジー、さまざまな試練を経験してきた。今年、TIAの会長になったことは、学者の集まりのつくばを大きく変えるのではないだろうか。学者とビジネスマンがタッグを組み、かつて幻に終わったApplied Materialsとの合併作業を通じてシリコンバレーの精神を学んだ東氏がつくばを変えてくれれば、新しいテクノロジーで半導体ビジネスという成長産業が日本でも育つ可能性は十分あるだろう。

Western Digitalの小池氏とSivaram氏の講演では大きなテクノロジーの変化について述べており、次回紹介する。

参考資料
1. 「日本半導体の復活を望む、立法・行政・民間の想い(2)〜WDのストレージ戦略」、セミコンポータル (2022/08/17)

(2022/08/12)
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