米国のDXとメガコンステレーション構想,(1)目的はブロードバンドの全国カバー
2020年3月から連載形式で、米国ワシントンDC在住のAEC/APC Japanのアドバイザである前川耕司氏に、米国におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)について寄稿をいただいた(参考資料1)。今回の寄稿は、その続編ともいうべき衛星通信を用いたインターネット接続のメガコンステレーション構想である。
(セミコンポータル編集室)
著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司、ITTA R. Shield
DX (Digital Transformation) and Mega Constellation in USA (1)
DX (Digital Transformation) has accelerated in the USA. In USA, many smart city projects and smart Fab projects are on the progress, recently. We are also aware that DX concept has already started to apply to the space. This article refers to US CRS (United States Congress Report Service) reports addressing the mega constellation concept, its plans, and ITTA reports by R. Shield. The article addresses the Space X project, and discusses the mega constellation plan. The goal of Space X project is the global level coverage of the broad band high speed internet service by many satellites in the space.
前川耕司、Koji Maekawa、AEC/APC ( Advanced Equipment Control/Advanced Process Control) Japan, Advisor, およびロバート・シールド, R. Shield著、ITTA (International Trade and Technology Association), Sr. Manager, Science, Space, and Technology strategyより引用
DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメイション)という言葉がある。日本のマスコミでは、最近、随分とモテモテの言葉のようだ。ここ米国では、この道の専門家以外の人には、それほど馴染みのある言葉のようには思えない。しかしながら、昨今米国社会の中において、DXはその姿をジワッと現れてきているような気がする。
日々の生活のなかで、DXの進行は、若い世代の人々の職業選択、ライフスタイルの選択·形成に影響を及ぼしていると、漠然とながら感じるようになってきた。手元に、社会科学的なデータがあるわけではない。私が住んでいるワシントンDC郊外での、ここ10年ばかりの変化に基づく観察だ。
米国では、2020年の大統領選挙・議会選挙でのデモグラフィ(人口統計)変化の影響が論じられている。米国は、移民の国であり、いまだに人口増加が進行している。国外からの人口流入は、社会構造の変化をもたらしている。同時にDXの進行が、米国の社会構造の変化を加速し、選挙結果にさえも影響しているではないかとの思いが心中にある。
このような考えを持つようになったきっかけは、アリゾナ州のギルバートという街のタウンマネジャー(日本で言うと、市長によって任命されたプロジェクト遂行の責任者という職業)であるパトリック・バンガー氏の話を聞いたことだ。ギルバートはアリゾナ州フェニックス郊外に位置し、かつての人口が5000名程度の農村であった。この20年で、人口が25万人に膨れ上がっている。この街に、スマートシティ、スマートファブを推進する、IT企業が集まってきている。
数日の間にペタバイト(PB)オーダーの情報量がビッグデータ収集システムに流れ込んでくると同氏は言っていた。ペタバイトの情報量と言っても、ピンとこない。NASAのプロジェクトの中に、見える限りの星のスペクトラムを収集して、生物の存在を探し出すという計画があった。この計画が集める情報量は、1年間で数ペタバイトであるという話を、担当の科学者から聞いたことがある。先端半導体の工場が扱う情報量は、これよりひと回り少ない、テラバイト(TB)オーダーである。ペタバイトオーダーの情報量が数日で流れ込むという仕組みは、ただごとではない。なにが起こっているのだろう。
2000年代に入り、アリゾナ州には、アップル、キャタピラー、ノキア、トヨタ等の世界的に名の知れた巨大企業の先端技術工場・研究所が次々と進出していた。2000年以降の10年間の投資額は、日本円にして3兆円をはるかに超える。2010年以降には、EV(電気自動車)関連、グリーンエネルギー関連への投資が相次いでいる。そして、ついに先端半導体工場への大規模投資が始まった。2020年3月、Intel社は2兆円を越す投資計画を発表する。ダグ・デューシー アリゾナ州知事は記者会見において、「民間企業による、アリゾナ州始まって以来、最大の投資」と誇らしげに語っている。更に、2020年5月、TSMC社が、先端ロジック半導体工場への1兆2,000億円の投資を発表した。アリゾナ州は、続々と進出してくる先端技術産業を支えるためのモノとヒトを必要としている。
ランチのハンバーガーを共にかじりながら、パトリック・バンガー氏は、水について筆者の思いも寄らない話をしてくれた。「先端技術工場は、大量の冷却水、電力を必要とする。しかし、アリゾナは砂漠の州だ。コロラド川以外に水源がない。火力発電所を次々と建設するわけにもいかない。使える水も、電力にも限りがある。スマートシティ/スマートファブの大量のデータや天候のデータから、水、電力利用の予測を行い、限られた資源の最適利用をするのです」。2000年代になり、先端技術工場の数は増加し、それに伴い人口も急速に増加した。それにもかかわらず、現在のアリゾナ州全体の水の消費量は、1990年代より増加していない。
先端技術工場ができると、それを支えるための、社会インフラも先端技術を必要とし、さらに、そのインフラを支えるために、専門技術集団が必要とされる。このような好循環が出来上がってきている。かつての農村は、今や、20歳代から40歳代を中心とする高学歴、高収入の専門技術集団が住み、かつ仕事をする街に一変しているという。大統領選挙の投票行動も、変化するであろう。ワシントンDCの郊外でも、同様な変化を見る。以上、あくまでも主観的な観察である。
半導体製造で使われるDX
DXに使われるコア技術を、大雑把にかつわかりやすい複数のキーワードを使って表現するとすれば、インターネット、ビッグデータ収集システム、AI、予測モデルのアルゴリズム、ネットワークというところだろう。米国では、今日のAPCSM(Advanced Process Control Smart Manufacturing)のもと、1990年代より半導体プロセスのためDXのコア技術の開発普及が推進されてきていた。この分野のゴールは、半導体製造のスマート化による、品質・生産性の改善にある。その基にあるのは、1980年代に進行した、米国先端技術製造業の完敗とも言える惨状への反省だ。米国先端技術製造業を追い詰めたのは、日本製造業の先端技術力でありその技術集団であった。
時代は変わり、D Xは日本においても普及期に入ってきていると聞く。AEC/APC (Advanced Equipment Control/Advanced Process Control) Japanは、日本においてDXのコア技術の開発普及に尽力してきたパイオニア的な先端技術集団の一つとしての位置づけにある。2021年11月4日には、東京でシンポジウムが予定されている。2021年度のテーマは「AEC/APC in the SX/DX era」である。日本で長年培ってきた先端プロセスコントロール技術が、DX技術の普及が叫ばれる今日、どのように開花しようとしているのか、発表内容が楽しみである。
このAEC/APC Japan委員会のもと、2019年より2020年末まで、少なからずの時間とエネルギーを、米国のDXについての調査・報告に使ってきた。2020年には、セミコンポータル社のご厚意の下、長い連載「姿を現しつつある米国のDX :5G・IoT・APC・Industry4.0 (1)〜(4)」を載せていただいた。今回の寄稿は、その続編ともいえる。
DXを支えるインフラは宇宙にも
DXのため展開されるインフラストラクチャには、当然地上におけるものが主となる。しかし、同時に、宇宙に関するものが目につくことに気づいた。DXを支えるインフラは地上だけでなく、宇宙にも広がりつつあるとは、どういうことだろうか?
人工衛星の数なぞ、地上の基地局に比べれば大したことはないとタカをくくっていた。調べるうちに、事業展開の規模が並大抵でないことに気がついた。DXなるものを、一国の地上のインフラ、というとらえかたに疑問を持つに至った。技術面だけでなく、別の観点での見解を欲した。
本稿の共同著者であるロバート・シールドは、米国科学技術、宇宙政策に関する分析の専門家である。ワシントンDCにあるシンクタンクの一つであるITTAで、若くして上級マネジャーの職務をこなす。以下、ロバートの分析及び連邦議会調査局の分析を引用して、この稿を進めていこうと思う。
2つのシンクタンク
迂回な話から始める。私は、1980年代半ばから米国に住む永住者である。現在は、首都ワシントンDCの郊外に隠居する。ワシントンDCには、星の数ほどのシンクタンクがあると言っても過言ではない。DCの官庁街を歩けば、おのぼりの観光客、役人、弁護士、それともシンクタンクのコンサルタントのどれかにあたるほどだ。2020年は、コロナ感染のため、テレワーク、リモートワークが浸透し、昼間でも街中は閑散とした印象だ。大統領選挙期間中、ホワイトハウス近辺でのデモ隊の雄叫びが少々刺激的だった程度だ。
これらの中に私が注目する2つのシンクタンクがある。一つは、CRS (Congress Research Service)で、連邦議会に所属する、公立のシンクタンクである。日本では、連邦議会調査局と呼ばれているようだ。米国では、連邦議会調査局のレポートは、政党や国に偏らず、公平な観点で書かれているとの定評がある。以前は、これらのレポートは機密扱いであったが、2016年以降、次第に公開されるようになってきている。
もう一つのシンクタンクは、ITTA (International Trade and Technology Association)である。その所在地は、DCダウンタウンのデュポンサークル。1kmほどのところに、映画「トラ-トラ-トラ」に登場する日本大使館がある。キャピトルヒル(Capitol Hill)と呼ばれている連邦議会議事堂とデュポンサークルの中間にホワイトハウスがある。
図1-1 キャピトル(左) 出典:米国連邦議会、連邦政府許可済み、ITTAのロゴ(右) 出典:ITTAから許諾済み
デュポンサークル界隈は、連邦政府との仕事をしている民間企業が目に付く。東京でいえば、永田町(国会議事堂)や霞ヶ関(官庁街)に対する、新橋あるいは虎ノ門と言ったところか。ITTAは、日本に強い関心を持つシンクタンクの一つだ。ファウンダーのチャールズW.デュークは、日本駐在の米国陸軍最高司令官であったと聞く。
ITTAのロバート・シールドは、サイエンス及びそれに関わる政策の専門家である。彼との出会いは、DC5Gという、5G技術を展開するための行政(つまりは連邦政府の役人)、民間企業(つまりは、ビジネスディベロップメント担当の役員)、技術関係者(つまりは民間の会社の技術担当、およびペンタゴン(国防総省:Department of Defense)の技術担当者)の集まりであった。
宇宙に関連する報告書が急増
DXの宇宙への展開を考えるきっかけは、ロバート・シールドのメガコンステレーション(Mega-constellation)に関するレポートからやってきた。彼によると、米国連邦政府の宇宙行政は2019年以降、急速な変化を生じているという。
試しに、連邦議会調査局の最近の報告書を調べてみて驚いた。2019年以来、宇宙関連に関する連邦議会報告書が大変多くなってきているのだ。報告書の頻度を見ると、各産業につき、年に1報程度が関の山のように思える。半導体産業を例に取れば、過去10年間で米国半導体に関する連邦議会調査局レポートは、2報しか発行されていない。しかしながら、宇宙関連の連邦議会調査局レポートは、2019年初めから今日(2021年1月)までで、大小あわせて10報近くを数える。
調査局が連邦議会の議員にこのように頻繁にかつ広範にレポートするのはなぜなのだろうか。このような動きが、今なぜに加速しているのだろうか。議員は、何を考えているのか。いろいろ、疑問が湧いて出てくる。一外国人にすぎない私には、連邦議会の奥深い動きなど到底わかるものではない。米国政府および議会の中で宇宙に関して何が動いているのか、ITTAのロバート・シールドに聴いてみた。
折しも、日本では、野口宇宙飛行士がNASA-SpaceXのロケットで、ISS (International Satellite Station:国際宇宙ステーション)に運ばれていった。さらに、2020年12月には、「はやぶさ2号」が、小惑星より地球に帰還した。連邦政府、連邦議会、および米国産業界の動きを俯瞰し、米国でのDXビジネスがどこまでを視野に捉えているのか考えるきっかけともなれば、幸いだ。
メガコンステレーションは膨大な数の通信衛星利用
いささか突拍子もない話と思われるかもしれない。メガコンステレーションに少しだけ触れないといけない。何とも厄介な英語で、最適な日本語が思い浮かばない。地球周回軌道上に星の数ほど多数の人工衛星を打ち上げ、互いに連結し合いネットワークを形成するという構想である。国防総省内に、宇宙防衛計画の一部として以前より存在した考えである。読者の中には、スターウォーズ計画という名前を記憶された方もおられるかと思う。
2020年9月3日、SpaceX社は、スターリンク衛星の打ち上げ成功を発表した。フロリダ沿岸より打ち上げられたロケットは順調に飛行して、LEO(Low Earth Orbit : 低軌道)上に60個の人工衛星をのせた。各衛星は小型であり、重量は260kgである。Space X社は、2021年にさらなる多数の小型衛星の打ち上げを予定している。
地球の周りを回っている、人工衛星の軌道は、主に高度によって3種類に分類されており、それぞれ、LEO, MEO (Middle Earth Orbit), GEO (Geosynchronous Equatorial Orbit, またはGeostationary Orbit、静止衛星軌道)と呼ばれている(図1-2)。この他にも、HEOという軌道があるが、今回は触れないことにする。先ほど述べた、宇宙事業関連の連邦議会報告書の半数以上が、LEOにある人工衛星について触れているのだ。
図1-2 LEO、MEO、GEO、出典:CRSレポートを基に作成
SpaceX社の衛星は、何の目的に使われるのか。DXの時代、これらの衛星は、高速ブロードバンドとばれる高速インターネット通信に使われる。SpaceX社のみならず、Amazon社のKuiper計画、OneWeb社も、同様な構想を持っている。スターリンク衛星の狙いは、インターネットによる安価で安定性のある高速ブロードバンドサービスを、全世界の遠隔地やファイバ接続の届かない地域の人々に提供することにある。
米国では、新型コロナ感染によって、人々の生活形態の変化が深く大規模に進行中だ。日本の読者の皆様には信じがたいことかもしれないが、米国ではコロナはフェイクニュースだと叫ぶ人もいまだにいる。しかし、大勢はコロナ感染の実態を認識してきている。
ワクチン接種が急速に進みつつある。筆者自身も、また自宅の両隣も、すでにワクチン接種を完了している。しかし、コロナ感染との戦いは、長くなるとの認識も、浸透しつつある。ご近所の動向を観察すると、マスコミの楽観的な見解とは異なり、サラリーマン、商店・レストラン関係者、工場関係者等々、みな、現実を受け入れた上で、知恵を絞って生き残り策を考えているとの印象が強い。
テレワーク、リモートワークが、じわじわと社会の中に定着しつつあるのではないかと思う。この傾向は短期間で解消されるものではなく、長く影響を残すものと考えられるのだ。私の隣人も、小規模なリフォームを行い、自宅オフィスの環境を整えている。自宅でオフィス並みの仕事をこなすのには、デスク、椅子、コンピュータ、インターネットのオフィス4点セットが不可欠だ。オフィスと同じ高速インターネット接続が欲しい。「いい機会なので書斎をリモデルして、コンピュータも新しいのに変えて、5Gへの接続に変えたよ」と言っていた。500 MB程度のファイルの受信・配布も、楽にこなせる。この例のように、一旦自宅に手を加えてしまうと、そこで仕事もこなすのが、日常のスタイルになりつつある。
このような状況が、衛星によるブロードバンドインターネットの構想に追い風となっている。
現在、米国におけるインターネット接続は、末端部分こそワイアレスである。しかし、データベースのあるデータセンターから、受信者のオフィスないしは自宅までの情報の運搬は、光ファイバによっている。この部分は主にバックホールと呼ばれている。米国における家庭や建物へのファイバ接続は、たかが12%程度であり、70%を超える日本、アジアに比べてダントツに低い(図1-3)。この点については、2020年に、AEC/APC Japanの下、調査を行い、セミコンポータル社のサイトに連載をさせていただいた(参考資料2)。
図1-3 ファイバ接続の現状、縦軸は普及率(%) 出典:FTTH Council Europe - Panorama, March 2019, IDATE を基に作成
参考資料
1. 姿を現わしつつある米国のDX:5G・IoT・APC・Industry 4.0 (1) 5Gとは何か (2020/03/11)
2. 姿を現わしつつある米国のDX:5G・IoT・APC・Industry 4.0 (2) DC5Gとは (2020/03/12)