日台の半導体連携のカギを握る台湾の知日派経済相
筆者はこのたびご縁があり、「インサイダーズ」の執筆陣に加えていただくことになった。現在は桜美林大学大学院の特任教授として中華圏の産業動向などを研究しているが、2023年3月までは日本経済新聞で記者として活動してきた。半導体には経済紙の担当記者程度の知見しかないが、中国総局長(北京拠点長)、台北支局長などとして合計で9年間、海外駐在した経験がある。当ブログでは、半導体産業の皆さまの参考になる中華圏の情報をお届けしたい。
図1 台湾・経済部の郭智輝・経済部長 台湾当局の「部」は日本の「省」に相当 筆者撮影
筆者は8月30日、東京都内で開かれた「台日科学技術ダイアログ」を聴講した。自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利明会長など政治家、学者、経営者が登壇し、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への工場進出で盛り上がる日台の半導体連携などを議論する場となった。ただ、筆者の最大の関心は議論そのものより、台湾側の主賓である郭智輝・経済部長(経済相)(図1)の発言や人柄だった。
半導体産業出身の経済相
台湾では5月20日、2期8年続いた蔡英文政権に代わり、頼清徳政権が発足した。与党は民主進歩党(民進党)のままであり、親米・親日を軸とした近年の対外政策は変わらないものの、多くの重要閣僚が交代した。日台関係者の間では、郭氏の経済部長起用が注目人事の一つだとされている。これは郭氏が入閣直前まで台湾最大級の半導体材料・設備商社の董事長(会長)を務めてきた実業家で、かつ日本語を操る知日派である珍しさが大きな理由だ。
「私が経済部長に就いたのは、台湾にとって極めて重要な半導体の仕事に40年にわたり従事してきたからだ。直前まではTSMCの最大サプライヤの経営トップであり、主に日本の材料や設備を販売してきた」。郭氏は基調講演の冒頭、その経歴を披露した。さらに「TSMCの成功は当然、彼らの努力のたまものだが、質の高い材料・設備を供給してくれた日本メーカーにも感謝せねばならない」との見立てを語った。
郭氏は約30分に及んだ講演で、日本のサプライヤとして信越化学工業、東京エレクトロン、キヤノン、東京応化工業、SUMCOという具体名を挙げた。技術面でも、TSMCの2.5次元パッケージング技術「CoWoS(Chip on Wafer on Substrate)」が人工知能(AI)半導体の進化に欠かせないことなどに言及した。いずれも原稿を読み上げた風ではなく、自然に発言しており、筆者には実務経験に基づき半導体ビジネスを熟知していると感じられた。
台湾メディアによると、今年71歳になった郭氏は台湾最南端の屏東県出身で、兵役を終えて入った貿易会社で日本製品の輸入業務の担当者になった。その時代に独学で、ビジネスレベルの日本語を身に着けた。鴻海(ホンハイ)精密工業を創業して間もない郭台銘(テリー・ゴウ)氏がその能力に目をつけ、日本出張に運転手兼通訳として連れて行ったことがあったという。
郭台銘氏による鴻海への誘いを断り、郭智輝氏は崇越貿易という会社に共同創業者として参画した。これは信越化学の輸入代理店だった。1990年に、崇越科技という現在に至る社名に衣替えした段階で、郭氏は総経理(社長)に就き、入閣直前まで経営を指揮してきた。2003年に台湾証券取引所に上場し、現在は工場を一部併せ持つ総合的な材料・設備商社へと成長を遂げている。
日台連携の強化に期待
台湾の経済部長は従来、官僚OB・OGや学者が務める例が多く、実業家出身は2000~02年の林信義氏(元中華汽車総経理)までさかのぼるとみられる。郭氏は講演で、自らに白羽の矢が立った背景として、頼総統が5月の就任演説で「五大信頼産業」と呼ぶ産業振興策を打ち出した点を指摘した。これは「半導体」「AI」「軍需」「セキュリティ」「次世代通信」の五つの産業を重点的に強化しようとの考え方だ。
AI、セキュリティ、次世代通信は半導体技術の進歩と直結していることが明白だ。軍需でも、台湾当局が中国への対抗上、積極運用を目指しているドローンでは高度な半導体技術が欠かせない。郭氏はこれらの構想を実現するため、半導体経営のプロの手腕をフルに発揮する覚悟のようだ。余談だが、「信頼」という言い回しには「頼(総統)を信じる」という意味が込められている。
経済部長の職責には当然、半導体とあまり関係のない産業のケアも含まれている。立法院(国会)との意思疎通など、企業経営では必要性の薄い政治センスも求められる。郭氏が経済部長として結果を残せるか否かは未知数だ。ただ、講演を「材料と設備が得意な日本と製造が得意な台湾が産官学の協力を推進すれば、半導体産業の強靭性が高まり、ウィンウィンとなる」と締めくくった郭氏の起用は、日台連携の強化には追い風となりそうだ。