Nvidiaの成功に学ぶ(その4)
本ブログでは、米国のNvidia社が、1993年の起業後の困難を乗り越え、1997年にPC向け3Dグラフィックボードの市場創造に成功し、更に、汎用並列処理プロセッサ(GPU)のHPC(高性能コンピューティング)や人工知能用途への期待から、Intel社を超える株式時価総額の評価を得るようになった経緯をまとめ、IT系ロジック集積回路を狙う半導体企業の在り方について考える。
前回ブログでは、ゲーム産業で鍛えられたNvidiaの社内文化に注目した。それは、次の3点だった(参考資料1):
1)ラテラルな人間関係:投資家―経営者―従業員―顧客の間の関係
2) At the Speed of Light (SOL):物理限界を極める仕事の速さ
3)商流の全体サポート:技術を消費者に届ける商流全体をサポートすることで売上を拡大
Nvidia社では、投資家-経営者、経営者-従業員、従業員-顧客の間で、「互いを賭けられる相手」として認めて集まり、顧客に対しても「共に市場を作る」という姿勢で臨んだ。 Nvidia社の上層部を成すキーパーソン達は、消費者に至る商流全体をマネジメントしサポートすることによって同社の技術と製品に対する市場の評価を高め、売上げを拡大させた。
今回は、更に、以下の2点を考えてみる。
4)Nvidia社のラテラル文化の根底にあるもの
5)半導体産業界に起こった「デジタルトランスフォーメーション」の影響と今後
Nvidia社のラテラル文化の奥底にあるもの
Nvidia社のJensen Huang CEOは、2001年9月に、CNN社のBrian Dumaine氏のインタビューにて以下をコメントしている(参考資料2)。
(A) 『intellectual honesty (知的正直さ)』が鍵となる社内文化を作り上げていなかったら生き残れなかったと信じています。 (経営者も社員も)間違いが致命的になる前に、間違いを特定して修正することを厭わなかった(ので、会社は生き延びることができた)。
(“Huang also believes he wouldn't have survived if he hadn't created a culture where intellectual honesty was key, where people were willing to identify and correct mistakes well before they became fatal.”)
(B) 単なるグラフィックチップを作りたいと励んだのではありません。 市場に革命を起こせるような大きな何かを始めたかったのです。
(“Huang didn't want to make just any graphics chip; he wanted to make one so powerful that it would revolutionize the market.”)
(C) 会社の文化とは、会社の遺伝暗号またはオペレーティングシステムです。 会社の設立について私が学んだことは、文化が最も重要なことの1つだということです。
(Huang says. "The culture of a company is the genetic code of the company or the operating system of the company. If there's anything I've learned at all about building companies, it's that culture is the single most important thing.")
1点目の(A)に現れる『intellectual honesty (知的正直さ)』との表現は、同社を評した他の記事にて時折り現れる。フォーチュン誌のAndrew Nusca氏は、2017年11月16日の記事(This Man Is Leading an AI Revolution in Silicon Valley-And He’s Just Getting Started)にて、「同社の創業者は、Nvidia社を、『知的正直さ』を元にExcellenceを追及する企業として育てた(注1)」と表現している。(参考資料3、4)
同記事では、また、「真実を重視し追求する姿勢が会社のすべてのレベルで共鳴することは、会社の進歩を妨げる社内政治が発生することを抑制する効果があった」と、同社従業員のコメントを引用している。『会社の進歩を妨げる社内政治』は、企業活動が危機に瀕したことを利用して社内の勢力争いを引き起こし、社内の『知的正直さ』のレベルを押し下げるものだ。 企業活動が危機に瀕した理由が、想定以上の経済環境の変化や、成立していたコンセンサス自体の問題だった、等の「真実」を客観する姿勢を蝕むからだ。
2点目の(B)は、「人生を賭けるに値する大きな目標」を述べている。同社が追及するのは、「人類が未だ知らない科学的真実」としての「集積回路のアーキテクチャ」である。だからこそ、『知的正直さ』が必須要件であった。また、そのような人類史的な課題であるからこそ、優秀な人材や投資家が賛同し参集した。
3点目は、「それらに基づいた文化を築いたことが最も重要だった」と語っている。ラテラルな人間関係で、互いに知的正直さに基づいて、集積回路技術の革新に向けて協力しあう体制を構築したことが成功につながったということなのだろう。
1990年代、半導体業界の王者の地位を盤石としたIntel社に対して、創業間もないNvidia社の経営者達は、「プログラマブルな並列処理回路には、CPU技術を時代遅れとさせ得る技術ポテンシャルと市場ニーズがある」と洞察した。 そのような抽象的技術コンセプトやその市場性を議論するには、技術動向や市場の力学を、知的にかつ率直に議論しあう人間関係が必要であった(参考資料5)。技術戦略の大転換時に設計方針の抜本変更を技術者に賛同してもらう(参考資料1)にも、また、膨大な個数の不良品混入の現実的な再検査方法を発見し対策を実行に移す(参考資料1)にも、『知的正直さ』が建設的結論を得る上での鍵であった。
前出のフォーチュン誌のAndrew Nusca氏の記事(参考資料3、4)は、今後、Nvidia社が科学的に追及しようとしている「テーマ」の一部を書き留めている。
・「次に起こることは本当に信じられないことだと私は信じています。それは、人工知能がソフトウエアを作成するという人工知能が誕生することです」
・「将来的には、どの企業も、一日中起こっている全てのビジネスプロセスを監視するために、AIを持つようになります。 企業内で繰り返されているプロセスは非常に複雑だからです。AIは、エンジニアリング、サプライチェーン、ロジスティクス、事業運営、財務、カスタマーサービスを観察し、その結果として、AI自体が、そのビジネスプロセスを自動化するための人工知能ソフトウエアを作成するようになります」
・「20年以内にAIは、人間には作れないソフトウエアを作ることになります。そして、AIを利用して、人間には解決できない問題を解決するようになります」
振り返ると、筆者は、1990年代中旬以降だろうか、「知的正直さ」とは対極にあるような「自己欺瞞」に満ちた多くの企画や計画に接して来た。 誰の目にも素朴に沸き起こる疑問や懐疑に深入りすることを避けながら、それらを「社内の会議を通すための定型手続き」として扱い、そして、自らもそれらを書き、提出していたことを思い出す。市場の激しい競争の中で生き残るには、「欺瞞を排する文化」、即ち、「知的正直さに基づいて語る集団」となることが基本だったと、今更ながら思わせられる。
図1 IT/半導体業界全体の模式図;左側の赤い点線の中は、水平分業事業群。赤い実線方向(水平方向)に、専門的なサービスを展開する。青い線で垂直下方向に進行するのが、製造オペレーション事業。今後、水平軸事業は、技術提供と現場からのフィードバックの取得をCPS (Cyber-Physical System)化することによって、オペレーション業務の効率を更に改善しうるだろう。出典:参考資料1の図2を一部更新。
半導体産業界に起こったデジタルトランスフォーメーションの影響と今後
平成の30年間に、IT系ロジック集積回路系のサプライチェーンが、「技術サービス事業(水平軸)」と「製品の企画/開発/製造オペレーション事業(垂直軸)」のマトリックス構造を持つようになった(図1)。
この構造変化を、筆者は、「半導体業界に起こったデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)」と見る。 水平軸事業が提供するサービスは、基本的には双方であり、「技術提供」は「現場からのフィードバックの取得」を伴う。 この双方向の情報伝達は、今後はAIを実装したCPS(Cyber-Physical System)と変わることによって、更なる効率が上がるのだろう。 これは、水平軸事業への情報の集約を加速する。
このようなエコシステム内の構造変化は、今、半導体業界以外の様々なサプライチェーンにて起こっているといわれている。 行政サービスや、医療や教育のような高度に専門的な事業も対象であろう。このような「エコシステム内の構造変化」が持つ特徴をまとめてみると、以下のような点が言えるのではないだろうか。
(1)オペレーション軸の事業が従来持っていた技術と利益が、水平軸事業に移転するべく、経済と市場の圧力が加わる。そして、水平軸事業は、エコシステムにとっての「知的財産インフラ」となる。
(2)水平軸事業の多くは、その「知的財産インフラ」の運営のために、AIを用いたCPSを整備する。
(3)オペレーション軸をなす事業においては、「商品企画」がますます重要となり、商品企画能力が事業のコアとなっていく。
(4)オペレーション軸をなす事業にても、消費者からのオンラインのフィードバックが重要となり、「商品企画」をサポートするためのAIを実装したCPSを採用することが増える。
ところで、AIを実装したCPSが、よりニーズに適した企画や技術開発を指南ツールとして有効であるとしても、それらの頭脳となるIT系ロジック集積回路技術の改革方法や、発見方法に関する指南書などを、筆者は見たことがない。
AIに関しては、DNN(Deep-Neural Network)、CNN(Convolutional Neural Network)、RNN(Recurrent Neural Network)等々、一般に「ネットワーク・トポロジー」とか「アルゴリズム」と呼ばれている様々なアプリケーションに関する知見が深まっていることを教えてくれる議論や文献を多く見るが、それらアプリケーションを実装するのに適する半導体回路のアーキテクチャに関する議論や論文は意外と少ない。また、日本では、集積回路技術のイノベーションに取り組む技術者のコミュニティ(コンソーシアムやフォーラム)は非常に少ない。一方、「回路アーキテクチャの革新」は知財開発であるため、今後はサブマリン化する方向でもある。
従来、微細化が確実に進行する状況に在っては、ソフトウエアが重しとなるので、集積回路のアーキテクチャの変革には参入障壁ともいえる大きな壁が存在していた。しかしながら、AIの時代においては、ソフトウエアの形態もニューラルネットワークに代わる部分は、参入障壁が下がる可能性が高い。「集積回路のアーキテクチャ開発を促進する仕組み」は、喫緊の課題である。
Nvidia社は、「市場に革命を起こせるような強力なこと」として、「並列処理回路」を立ち上げて見せたが、前記のAndrew Nusca氏の記事の副題(And He’s Just Getting Started)によると、その「変革は、2017年の時点で、未だ始まったばかり」であったらしい。
(注1) この表現は、以下の原文を筆者が意訳している。
”It's also the product of a founder CEO who embraces community, strategic alignment, and a core value system that promotes the pursuit of excellence through intellectual honesty.”
参考資料
1. 岡島義憲、「Nvidiaの成功に学ぶ(その3)」、セミコンポータル、 (2021/01/20)
2. Brian Dumaine、「The Man Who Came Back From The Dead Again And Again For companies like Nvidia, a superhot chipmaker, winning often has a lot to do with how you handle the agony of defeat」、cnn.com、 (2001/09/01)
3. Andrew Nusca、「This Man Is Leading an AI Revolution in Silicon Valley—And He’s Just Getting Started」、(2017/11/16)
4. Brian Caulfield、「NVIDIA’s Secret Sauce? ‘Culture,’ America’s Top Biz Magazine Writes」、
(2017/11/16)
https://blogs.nvidia.com/blog/2017/11/16/jensen-huang-fortune-2017-businessperson-of-the-year/
5. 岡島義憲、「Nvidiaの成功に学ぶ(その1)」、セミコンポータル、 (2020/11/20)