セミコンポータル
半導体・FPD・液晶・製造装置・材料・設計のポータルサイト

中国市場に見る"グローバルな協調と競争":FD-SOI、DRAMはじめ

日米半導体摩擦についてのバンクーバー協定をもとに始まった世界半導体会議(WSC:World Semiconductor Counsil)の第1回が1997年の開催で、丸20年が経過するが、当初から謳われた"グローバルな協調と競争"というフレーズが業界の動きを追いながら折に触れ頭に浮かんでくる。半導体販売高では世界の約3分の1を占める中国が、国家政策に掲げてものづくりの半導体業界構築に積極的に取り組んでいるのは周知の通りであるが、随時注目していくなかにFD-SOI、DRAMなどのキーワードから中国市場におけるこのフレーズの意味合いをまたぞろ考えさせられている現時点である。

≪中国の業界プレゼンスの高まり≫

SEMI Chinaの代表の方の記事にも"グローバルな協調と競争"を、まず色濃く感じるところがある。

◇China's semiconductor industry and “win-win” growth (5月22日付け ELECTROIQ)
→SEMI ChinaのPresident、Lung Chu氏記事。中国はelectronicsおよび半導体技術を重点領域トップ10の1つとしてMade in China 2025計画に乗り出しており、中国の半導体業界には前例のない成長のopportunityがある旨。しかしながら、巨額の投資が必要なほかに、中国のIC業界は技術、製品、人材およびsupply chainアクセスの切り口で、ますます相互につながる世界そして高度にグローバルな半導体市場の中で多くのグローバル大手層からの強烈な競合に直面している旨。

具体的な現下の事例として目に入った1つが、中国四川省成都市と米国・GlobalFoundriesの連携によるfully depleted silicon-on-insulator(FD-SOI)プロセス技術のcenter of excellence(COE:中核的研究拠点)を目指す以下の取り組みである。

◇China Set to Rewrite FD-SOI History-China places a large bet on FD-SOI tech (5月23日付け EE Times)
→中国の半導体生産capacitiesのmultibillion-dollar拡大の一部として、Chengdu(成都)市リーダーおよびGlobalFoundriesが、fully depleted silicon-on-insulator(FD-SOI)プロセス技術の採用に向けて$100 million以上を配分している旨。該活動は、electronic design automation(EDA)ベンダー, ファブレス半導体メーカーおよび半導体intellectual property(IP)サプライヤにより支えられている旨。

◇GLOBALFOUNDRIES and Chengdu partner to expand FD-SOI ecosystem in China (5月23日付け ELECTROIQ)

◇Globalfoundries and Chengdu partner to expand FD-SOI ecosystem in China (5月23日付け DIGITIMES)
→GlobalfoundriesとChengdu(成都)市当局が、中国の半導体業界における革新を焚きつける投資を発表、FD-SOI ecosystemを構築する計画であり、Chengduでの複数のデザインセンターおよび中国全体での大学プログラムなどの旨。$100 million以上の該投資は、Chengduに大手半導体メーカーを引きつける見込み、モバイル, Internet-of-Things(IoT), 車載など高成長市場での次世代半導体設計に向けたcenter of excellence(COE:中核的研究拠点)となっていく旨。

次にDRAMについては、湖北省武漢市のYMTC(長江ストレージ:長江存儲科技)に代表的に注目していたが、続く形の以下の動きが表わされている。特に摩擦を孕んだ人材の集まり方が見られている。

◇Hefei Chang Xin keeps low profile but DRAM ambition remains unchanged (5月24日付け DIGITIMES)
→中国のITメーカー、Hefei Chang Xinは今は目立たないようにしていながら、そのDRAM事業を成長させる大きな志がいくらか進展している旨。業界筋によると、同社はそっと社名をRui-li(中国語から字訳) Integrated Circuitに改めて、fab toolmakersに2017年末の出荷開始を頼んでいる旨。Rui-liは、2018年第一四半期に装置据え付けを始める計画、シリコンウェーハプロバイダーとfabが稼働する2018年での十分な供給確保を協議している旨。中国安徽省(Anhui province)合肥(Hefei)市政府が支援して、Rui-liは総投資$7.2 billion、125,000枚/月の生産が可能な12-インチウェーハfabの運営を図っている旨。Rui-liは、Micron Technologyにより買収されたInotera Memoriesの前従業員を採用、Micronが機密盗用で訴えている旨。Rui-liには香港にすでに2つのR&D staffチームがあり、1つは前SK Hynixの従業員、もう1つは以前Elpida Memoryにいたstaffがいる旨。

半導体市場を依然大きく引っ張るスマートフォン市場について、中国のベンダーの拡大ぶりがよく表わされている以下2点である。先々、プロセッサ内製化が進む可能性もあり、中国の半導体業界への大きなインパクトが予想されるところである。

◇Robust chip demand from China smartphone firms to boost revenues at IC distributors-IC distributors prosper from phone chip sales (5月22日付け DIGITIMES)
→業界筋発。中国のスマートフォンベンダー、Huawei, OppoおよびVivoからの力強い需要が引っ張る第三四半期の売上げに比例、WPG, WT Microelectronics, Supreme Electronics, Coasia MicroelectronicsおよびSunnic Technology & Merchandise, AudixおよびEdom Technologyなど台湾のIC distributorsのモバイル通信分野からの売上げが増えていく旨。Huawei, OppoおよびVivo合わせて2017年に350 million台のスマートフォン出荷が見込まれている旨。

◇China dominates Indian smartphone space - Part 1 (5月23日付け EE Times India)
→International Data Corp.(IDC)のQuarterly Mobile Phone tracker発。
2017年第一四半期にインドに出荷されたスマートフォンは27 million台、前四半期比4.7%増、前年同期比14.8%増。中国のベンダーの出荷が前四半期比16.9%増、前年同期比142.6%増で、インドスマホ市場でのシェアが51.4%、対照的に自国インドのベンダーのシェアは、2016年第一四半期の40.5%から2017年第一四半期は13.5%に落ち込んでいる旨。

スマホ市場拡大に向けて中国が開発したアプリの新興市場へのグローバルな浸透ぶりが以下の通りである。

◇中国アプリ新興国つかむ、写真補正の美図、5億人利用 (5月23日付け 日経 電子版)
→中国企業が開発したスマートフォンアプリが新興国に広がっている旨。美図(Meitu)の写真補正アプリはインドなど中国国外で5億人が利用。猟豹移動(Cheeta Mobile)は低価格スマホを快適に使えるようにするアプリで東南アジアや南米を攻める旨。中国で自撮り好きや低価格スマホ向けに機能を磨き、文化や環境の似通っている他の新興国の利用者もつかんでいる旨。

中国のbicycle-sharing市場というものの拡大ぶりを以下で知らされたが、台湾・MediaTekの浸透とまたぞろ競合が表されている。

◇China market: MediaTek facing keen competition in IoT sector-China's IoT chip market gets competitive (5月19日付け DIGITIMES)
→業界筋発。中国のスマートフォン・ソリューション市場におけるQualcommおよびSpreadtrum Communicationsとの激しい競合直面に加えて、MediaTekはまた、中国のIoT半導体市場においてHuaweiとのぶつかり合いが高まっている旨。MediaTekは、中国のsmart bike sharing会社、Bluegogoのsupply chainに向けて同社MT2503 IoT半導体の出荷に努めている旨。

◇China expanding bike-sharing market to boost IoT chip demand, says MediaTek-MediaTek sees IoT chip demand in bike-sharing (5月22日付け DIGITIMES)
→MediaTekのcorporate VP、JC Hsu氏によると、中国のbicycle-sharing市場が拡大しており、IoT半導体需要を高めていく旨。中国におけるbike-sharing市場はすでにMediaTekの当初の予想を越えている、と同氏。
業界筋によると、Ofo, MobikeおよびBluegogoなど中国のbike-sharing会社がすべて、自転車用IoT tracking機器にMediaTekの半導体ソリューションを用いている旨。

IC設計そして後工程という業界分野で見ると、この1-3月四半期では中国が台湾を上回っているデータに気づかされている。

◇China outpaces Taiwan in IC design, backend industry output value (5月23日付け DIGITIMES)
→中国のIC設計およびbackend業界分野のoutput valueが、すでに台湾のそれぞれを上回っている旨。2017年第一四半期についてChina Semiconductor Industry Association(CSIA)およびTaiwan Semiconductor Industry Association(TSIA)のデータから次の通り:

中国台湾
IC設計$5.1 billion$4.5 billion
backend業界分野$4.88 billion$3.6 billion

いろいろ波乱要素がつきものの展開となろうが、中国の半導体業界の動きに引き続き注目するところである。


≪市場実態PickUp≫

【東芝メモリ入札関係】

膠着した事態の打開を図る東芝とWestern Digital(WD)のトップ会談が行われ、協議に入る合意が交わされて、入札の4陣営にWDが加わる状況に立ち至っている推移が以下の通りである。

◇東芝とWD、24日トップ会談へ、半導体売却巡り (5月23日付け 日経 電子版)
→東芝の半導体メモリ事業の売却を巡って対立する協業先の米ウエスタンデジタル(WD)のスティーブ・ミリガン最高経営責任者(CEO)が来日、24日に東芝とのトップ会談に臨むことがわかった旨。WDは同事業の売却中止を求めており、両社の対立が解消できるかが焦点。東芝再建のカギを握る半導体メモリ事業売却で重大局面を迎える旨。
 (注) 四日市工場の土地と建物 東芝が保有
   四日市工場内の生産設備 東芝とWDが折半

◇Western Digital Reportedly Ups Bid for Toshiba Memory (5月24日付け EE Times)

◇Western Digital offers \2 trillion for Toshiba's chip unit-Report: WD bids $17.8B for Toshiba Memory (5月24日付け The Japan Times/Kyodo News)
→Western Digitalが、Innovation Network Corp. of JapanおよびDevelopment Bank of Japanからの融資とともに東芝の半導体事業買収に向けて$17.8 billionを提示している旨。東芝は、NANDフラッシュメモリデバイスの世界最大手ベンダーの1つ、東芝メモリのmajority stakeについて少なくとも$17.8 billionを期待の旨。

◇東芝、WDと半導体売却協議、トップ会談で合意 (5月25日付け 日経 電子版)
→東芝は半導体メモリ事業の売却に向けて、米ウエスタンデジタル(WD)と協議に入る旨。東芝の綱川智社長とWDのスティーブ・ミリガン(Steve Milligan)最高経営責任者(CEO)が24日午後、都内で会談して合意した旨。かねてWDは他社への売却に反対してきたが、両社合弁の枠組みを維持するため、対立解消に向けて歩み寄った旨。東芝は入札手続きも継続するとみられ、WDの提示金額次第では第三者への売却を引き続き模索する旨。WDとは四日市工場(三重県四日市市)を共同運営しており、十分な売却金額を得られれば交渉は進展する見通し。ただ、WDは同業のため各国の独禁当局の審査をクリアする必要がある旨。

◇東芝半導体、4陣営・2兆円提示も、銀行団に説明 (5月25日付け 日経 電子版)
→東芝は25日、半導体メモリ事業の売却を巡り取引銀行団の会議を開き、状況を説明した旨。関係者によると、子会社「東芝メモリ」について、買収に4陣営が名乗りを上げており、売却額が2兆円を超えている陣営があることを認めた旨。

◇東芝半導体、WD加え5者の争い、革新機構の協力カギ (5月26日付け 日経 電子版)
→東芝は25日、半導体メモリ事業の売却を巡って取引銀行団との会合を開き、入札手続きの状況を説明した旨。2次入札に応札した4陣営に加え、協業相手の米ウエスタンデジタル(WD)とも個別協議に入る旨。WDは他社への売却に反対の立場で、契約上の拒否権を持ち出して東芝側の譲歩を引き出す構え。各陣営は官民ファンドの産業革新機構を自陣に引き込み、交渉を優位に進めたい考えの旨。

【絶好調の装置業界】

3D NANDが牽引キーワードとなっている半導体製造装置業界であるが、世界トップのApplied Materialsが史上最高の四半期売上げなど以下の業況となっている。

◇Applied numbers growing strongly-Applied Materials had record revenue of $3.55 billion up 45% y-o-y for calendar Q1 -Applied Materials boosts year-over-year sales by 45% (5月19日付け Electronics Weekly (U.K.))
→Applied Materialsの4月30日締め第二四半期売上げが$3.55 billion、前年同期比45%増、第三四半期については$3.6 billion〜$3.75 billionと予測の旨。「Applied Materialsは史上最高の四半期売上げおよびearningsを届けており、4四半期連続earnings記録を更新している。」とステートメントにてPresident and CEO、Gary Dickerson氏。

◇Applied posts record revenues and earnings for fiscal 2Q17 (5月22日付け DIGITIMES)
→Applied Materialsの2017年4月30日締め第二四半期net販売高が前年同期比45%増の$3.55 billion、、一方、earnings per share(EPS)が同162%増の$0.76。

◇世界の半導体装置追い風、IoT、自動運転、AI向け…、実需で景気の波克服 (5月23日付け 日経産業)
→世界の半導体製造装置メーカーが追い風を受けている旨。首位の米アプライドマテリアルズ(AMAT)が18日に発表した2017年2〜4月期決算は、売上高が前年同期比45%増の約35億ドルになり、四半期としては過去最高を更新した旨。米ラム・リサーチや東京エレクトロン、オランダASMLも絶好調。
半導体需要は旺盛で装置各社の春はしばらく続きそうな旨。

SEMIとSEAJの月次Billingsデータが、引き続き熱い活況を示している。

◇North American semiconductor equipment industry posts April 2017 billings (5月23日付け ELECTROIQ)
→SEMIのApril Equipment Market Data Subscription(EMDS) Billings Report発。北米半導体装置メーカーの2017年4月の世界billingsが$2.17?billion(3ヶ月平均ベース)。ここ6ヶ月の推移:

Billings(3ヶ月平均)
Year-Over-Year
November 2016
$1,613.3
25.2%
December 2016
$1,869.8
38.5%
January 2017
$1,859.4
52.3%
February 2017
$1,974.0
63.9%
March 2017 (final)
$2,079.7
73.7%
April 2017 (prelim)
$2,174.5
48.9%
[Source: SEMI (www.semi.org), May 2017]


◇North American Semiconductor Equipment Industry Posts April 2017 Billings-SEMI Reports April Equipment Billings up 49% (5月23日付け SEMI)

◇半導体製造装置、4月の販売額は41%増 (5月23日付け 日経)
→日本半導体製造装置協会(SEAJ)、22日発。4月の日本製半導体製造装置の販売額(3カ月移動平均、速報値)は前年同月比41%増の1658億円。半導体の旺盛な需要を受けて装置の販売が好調、8カ月連続で前年同月を上回った旨。SEAJは今回から受注額と、装置の需給を示す「BBレシオ」の発表を中止している旨。

【後工程の受注獲得】

スマートフォンはじめ先端実装に関連する受注2件がまとまって目に入って以下の通りである。本年後半の新機種立ち上げに向けた動きが、今後引き続く予感である。

◇ASE lands FOWLP packaging orders from Infineon, says paper (5月24日付け DIGITIMES)
→中国語・Commercial Times発。Advanced Semiconductor Engineering(ASE)が、Infineon Technologiesのpower management(PWM)半導体に向けてfan-out wafer-level packaging(FOWLP)サービスを供給する受注獲得の旨。ASEは、2017年後半に始まるInfineonの量産受注に向けて8-インチFOWLP実装ラインを据え付け、年末には売上げが出始める旨。

◇ChipMOS reportedly lands gold bumping orders for AMOLED driver ICs from Samsung (5月24日付け DIGITIMES)
→中国語・Commercial Times発。ChipMOS TechnologiesがSamsung Electronicsからの受注獲得、新しいiPhone機器で用いられるAMOLED driver ICs生産に向けて製造される12-インチウェーハへのgold bumpingサービスを提供する旨。該bumpingサービスは2017年第二四半期後半に始まり、年後半にフル活動に入る旨。

【技術ライセンス供与】

SMICが前TesseraであるXperi傘下のInvensasからDirect Bond Interconnect技術、そしてもう1つ、NXPがCrocus(仏)からTunnel Magneto Resistance技術について、それぞれライセンス供与を受けている。

◇SMIC Signs License Agreement For Invensas' DBI Technology (5月22日付け 3D InCites)
→世界の大手半導体ファウンドリーの1つで中国最大&最先端のファウンドリー、Semiconductor Manufacturing International Corporation(SMIC)が、InvensasのDirect Bond Interconnect(DBI(R))技術について技術移転およびlicense合意を実施、該合意を通してSMICは、イメージセンサ製造顧客の使用に向けてこのbonding技術を提示できる旨。Invensasは、Xperi Corporationの完全子会社の旨。

◇Crocus licenses sensor IP to NXP-NXP licenses sensor IP from Crocus (5月23日付け Electronics Weekly (U.K.))
→フランスのTMR(Tunnel Magneto Resistance:トンネル型磁気抵抗)磁気センサおよびembedded MRAM専門のCrocusが、NXPに磁気TMR技術をライセンス供与、power steeringおよびelectronic throttle controlのような車載応用を可能にする助けになる旨。

【ファウンドリー事業部門の切り離し】

正式に切り分けた事業部門、Samsung Foundryを打ち上げたばかりのSamsungに続いて、SK Hynixも事業分離を検討している動きとなっている。ファウンドリー製造の独立した業界模様の色合いの深まる可能性が見られている。

◇Samsung Targets 4nm in 2020 (5月24日付け EE Times)
→Samsung Electronics Co. Ltd.が水曜24日、同社Foundry Forum(Santa Clara, Calif.)にて、ファウンドリー技術ロードマップを更新、第2世代FD-SOIプラットフォーム、5-nmまでいくつかのbulk silicon FinFETプロセスおよび2020年にrisk生産の運びの4-nm “post FinFET”構造プロセスなどの旨。先週ファウンドリーoperationを正式に切り分けた事業部門、Samsung FoundryとしたSamsungはまた、extreme ultraviolet(EUV) lithographyを7-nm nodeで2018年に生産に入れるという以前発表の計画を繰り返している旨。

◇Samsung Says It's Serious About Foundry, Creates Business Unit (5月24日付け Bloomberg)

◇Samsung continues to tap deeper into foundry biz (5月25日付け Yonhap News Agency (South Korea))

◇Foundry Business: SK Hynix to Decide on Whether to Spin off Foundry Business -SK Hynix ponders foundry business spinoff (5月24日付け BusinessKorea magazine online)
→業界筋発。SK Hynixが、同社シリコンファウンドリー事業を分離するかどうか決めようとしている旨。IHS Markitの見積もりでは、該ファウンドリー事業の販売高は$103.25 millionの旨。


≪グローバル雑学王−464≫

ヨーロッパに貿易障壁のない単一市場をつくるのはよいこと、として進んだEUであるが、すべてみな広く繁栄していく一方で、格差、緊縮財政の悲劇、移民の急増、宗教紛争、民族対立、階級対立など、あらゆる矛盾が噴出してくる「グローバリズムの限界」に直面し流動化する世界に、
『日本人として知っておきたい「世界激変」の行方』
(中西 輝政 著:PHP新書 1076) …2017年2月21日 第1版第4刷

より迫っていく後半である。EUとNATOをヨーロッパ政策の支柱とするアメリカがロシアとの新たな冷戦構造に備えるなか、イギリスのEU離脱、経済で引っ張るドイツの動向、そしてウクライナ問題と、それぞれグローバル化の障壁に立ち向かう各国間の現下の不安定なバランスというものを改めて考えている。


 第4章−2 「グローバリズムの限界」に直面し流動化する世界

◆EUはアメリカのための「入れ物」だった
・今日にまで至っている英米発のグローバリゼーション
 →両国の長い歴史と伝統といったものが、いまのグローバリゼーションの大きな根本精神に
・EUの本質をひと言でいえば、「ヨーロッパのアングロサクソン化」
 →「パックス・アメリカーナ」のもと、アメリカによってつくられた入れ物
・アメリカがEUをつくろうと考えた、そもそもの動機は冷戦を戦うため
 →ASEAN(東南アジア諸国連合)、日米安保、NATO(北大西洋条約機構)も同じ
・1951年、西ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク6ヶ国による欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が発足
 →アメリカのソ連に対抗するための西ヨーロッパへのテコ入れという冷戦戦略に基づくもの
 →国際政治的にいえば、西ドイツをNATOに迎え入れるための布石として打たれた手が、欧州石炭鉄鋼共同体だった
・西欧各国のオピニオンリーダーを取り込み、ヨーロッパ統合に賛成するメディアを育成する
 →手取り足取りアメリカが「お世話」をしてスタートさせたのがヨーロッパ統合運動
 →これが現在のEUにつながる
・冷戦が終わったいま、本当のところ、ヨーロッパ統合が進む動機はなくなっていた

◆「原理主義」がもたらした破壊と混迷
・冷戦終焉後、原理主義化した「グローバリズム」は、ある意味において、イランにおけるホメイニ革命と同じ意味を持ったのかも
 →パーレビ国王の支配下にあったイラン、私は(著者は)1970年代、トルコからバスに乗って帰る途中で街を通過
  →驚くほど近代化、日本よりずっと西洋化
   −女性はみなミニスカート、ハイヒール
   −アメリカ製の大きなキャデラック
   −英語がうまい人もたくさん
 →アフガニスタンもまだ平和、イスラミズムの影も形もなし
・それがいまや、まったく様変わりした世界に
 →イスラム過激派によるテロが多発する社会よりは、当時のほうがはるかに平和だった
・中東にかぎらず、当時のヨーロッパの人びとの生活も、イギリスを除いてみな安定
・ロシア人のなかには、旧ソ連時代を懐かしむ声
 →あの頃の安定した生活を望むロシア人は増えている
・1980年代半ばに世界にどんどん広がっていったグローバル・エコノミー
 →功罪の「功」の部分もたくさん
  →途上国の経済成長も、その1つ …バングラデシュの発展の例
 →だが、いまや日本人にも甚大な犠牲者を出した大規模テロが起きていることも確か

◆ドイツを羽交い締めにするための逆張り
・イギリスのEU離脱を考えるときは、巨視的な視点を持つ必要
 →ポリス・ジョンソン(Alexander Boris de Pfeffel Johnson)(現英国外相)はじめ離脱派の主導者たち
  →2016年春から、2階建ての大きなバスを仕立て、イギリス中をキャンペーン回り
 →EUを主導するドイツのメルケル首相は、2015年9月以降、難民をいくらでも受け入れると発表
  →その裏には、ドイツの圧倒的な労働力不足、イスラム教徒はドイツに定着しないという読み
・我々が忘れてはならないのは、EU設立の大きな目的の1つは、明確にドイツの監視だったということ
 →東西ドイツの統一(1990年)によって生まれた強大なドイツ
・ヨーロッパの国は、お互いに強いジェラシー(嫉妬心)を持ち合い、それをダブルトーク(裏表ある言動)でごまかし合って生きている
 →冷戦後のヨーロッパ統合の動機は、恐怖
・ドイツを羽交い締めにするため、「より深い統合、より緊密な統合」という逆張りを行った
 →その動機がここへきて露わになり、「イギリスの離脱」というショックによって、統合力の破綻という結果につながった
・あれこれ雁字搦めにされ、挙句に移民が殺到
 →「もはや何1ついいことがない」というのが、多くのイギリス国民の共通認識

◆サッチャーが直面した矛盾
・「ヨーロッパに貿易障壁のない単一市場をつくるのは、よいこと」と認めていたサッチャー
 →彼女がこれ以上の統合に強硬に反対したのは、国家の主権を奪われることを危惧したから
・新自由主義の立場から構造改革を進めたサッチャーは、グローバリズムの先駆者でありながら、ヨーロッパ統合に没入はしない
 →我々が直面している矛盾でも
・世界が1つのマーケットになることで、みなが繁栄していく。一方で、格差、緊縮財政の悲劇、移民の急増、宗教紛争、民族対立、階級対立など、あらゆる矛盾が噴出
 →解決するのは、結局は各国家の主権、あるいは政府の政策しかない
・国家主権が崩壊の淵に立たされ、国家が成り立たなくなったときには、国家というものは必ずグローバル・エコノミーの発展を抑制する方向に動かざるを得ない

◆いわれるほどの「EU依存」はない
・イギリス国民が下した結論は、「経済だけでは決めない」というもの
 →移民の流入を抑制するためには、イギリスがEUを抜けることで少しぐらい経済的に不利になっても仕方がない、という強い気持ち
・最近20年の大陸ヨーロッパは、経済はドイツを除き、多くの国が低迷
 →一方、イギリスだけは非常に繁栄し、1人当たり国民所得もすでにずっと前に日本を抜いた
・イギリスの繁栄は、アメリカ、日本などの企業進出によるところが大きく、近年では中国経済の影響も
 →輸出の多くはモノではなく、いまや金融を中心とするサービスであり、関係が深いのはEUと少し距離を置いた国々
・サッチャーの抱えた「反欧州」という問題意識
 →例えばイギリス紙幣から女王の肖像画がなくなるような事態を、イギリス人は認めたくないだろう
  →これまでもずっとユーロの導入は見送ってきた
・大陸EUの通貨、ユーロに使われているのは、各時代の建築様式をイメージさせる架空の建築物を採用
 →「ヨーロッパ・アイデンティティ」なるものには限界

◆「アメリカを動かせるイギリス」は安定の要
・イギリスがヨーロッパで占める位置は、昔もいまもヨーロッパ安定の「要」
 →イギリスがいなければヨーロッパは「まとまらない」
・断トツに強大になった統一ドイツに加え、ドイツに従属しがちな東ヨーロッパがEU加盟国に
 →西ヨーロッパにとっても、いま安全保障上の最大の脅威はイスラムテロと同時に、プーチンのロシア
 →そうしたなかで、大きいイギリスの存在
 →「アメリカを動かす力」という1点でも、フランスやドイツは真似できない

◆ドイツはロシアとの「相互理解」に向かう
・注視すべきが、ドイツの動き
 →ドイツはロシアとの「相互理解」に向かう可能性は高い
・フランスがイギリスの離脱に反対するのは、フランスだけでドイツは抑えられず、また、離脱の動きがオランダやデンマークまで広がるのを恐れるからでも
・冷戦終焉以後、つねに生まれたり消えたりしている「ヨーロッパ統合軍」構想
 →アメリカ、さらにアメリカの意を受けたイギリスがいつも反対
 →「ヨーロッパには十分に強力なNATOがある」

◆英米の「血の同盟」から見た世界
・イギリスのEU離脱で、最大の問題は、NATOに与える影響
 →NATOは、徹頭徹尾アメリカが中心の同盟体制
 →本質は米英二国間同盟を核とし、その周りに仏独など大陸諸国を引きつけてアメリカにつないでいる
・「Five Eyes(五つの眼)同盟」
 →アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドという5つのアングロサクソン国による「血の紐帯」
  …形のない、文字に書かれない米英同盟あるいはFive Eyes同盟の強固さ
 →日米同盟といえども、米英同盟の強固さに比べたら、アメリカにとっては"二流の同盟"

◆「NATOの東方拡大」という裏切り
・冷戦が終わってどんどんEUに加盟していく東ヨーロッパ諸国
 →加盟させたのはアメリカの対露戦略
・本来、ドイツ統一は「NATOを東方に拡大しない」という約束のもと、ゴルバチョフのソ連が認めたもの
 →代わりに、「NATOを東ヨーロッパにまで拡大させない」とブッシュ大統領(父親)が約束
・EUとNATOはほぼワンセットで、どちらもパックス・アメリカーナを支えるためのヨーロッパ政策の支柱
 →ウクライナ紛争が起きた最大の理由は、豊かさを求めたウクライナ国民がEUへの加盟を望んだことに
 →NATO拡大を阻みたいロシアとしては、これを認めるわけにはいかなかった

◆ヨーロッパが再び「動乱の巷」と化す日
・イギリスはNATOにはしっかりとどまる一方、ドイツについては、「ドイツの拘束服」としてのNATOに今後、どう反応するか不明
 →ドイツ国民の意志が、徐々にロシアとの接近に傾いていることは間違いない
・東ヨーロッパの国々は、豊かな経済大国、ドイツから、投資や支援は欲しいが、政治的にドイツに支配される存在にはなりたくない
 →いまのようなトランプ外交の方向性がもし実行されたら、ヨーロッパは再び、歴史上たびたび経験してきた「動乱の巷」と化すだろう
・イギリスのEU離脱の趨勢が明らかになった翌月、ワルシャワでNATO首脳会議開催
 →ロシアと国境を接するバルト三国(リトアニア・ラトビア・エストニア)とポーランドに4000人規模のNATO軍兵力を新たに配備する、と発表
 →背景にあるのは、水面下で始まった「東欧諸国の対ロシア傾斜」
  …ヨーロッパ主要国の弱体化を見てとった非力な東欧諸国
・現在のNATO(実態としてはアメリカ)の最大の懸念は、プーチンのロシアによる周辺諸国への膨張政策
 →たとえトランプ政権が対露接近外交に努めても、現在の米露間の新冷戦構造は決して解消することはない
 →21世紀の国際秩序という点から見ても、いま世界で極めて大きな地殻変動が起きている、ということ

◆EUの立ち枯れと形骸化
・EU諸国の綻びは、ロシアにとって大いに歓迎すべき出来事
 →好都合なイギリスのEU離脱劇に「沈黙は金」とばかり、みな、貝のように口を閉ざした
・EU自体が今後、どのような動きを見せるか
 →長期的に見ればEUという枠組みは立ち枯れになり、あってもなくてもいい存在になることは確実
 →ただし、関税同盟としてのEUということであれば、形骸だけは残る可能性は高い
  →シェンゲン協定など、もとに戻すのは実務上、あまりに非合理的

月別アーカイブ