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半導体とソフトウエアの進化が電子技術のカギを握る(1) アップルのPDA

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半導体技術とソフトウエア技術の双方の進化が、エレクトロニクス・ITの新製品・新技術を生み出すようになってきた。半導体の進歩だけでも、ソフトウエアの進歩だけでも新製品を実現することは難しい。このシリーズは両者の進歩がもたらした結果、社会を変えてきた様子について考察してみる。

PDA(パーソナル・ディジタル・アシスタント)というデバイスをご存じだろうか。iPhoneの先駆けとなった20年前のデバイスのことである。アップルのジョン・スカリーCEOがPDAという名称を作ったと言われている。その製品名はニュートン(Newton)。誰が命名したか筆者は知らないが、アップルコンピュータ社の最初のロゴマークは、りんごの樹の下で本を読んでいるニュートンの絵柄だった(参考資料1)。広告業界で名を馳せ、スティーブ・ジョブズにスカウトされたスカリーには自然なネーミングだったのかもしれない。

PDAとは、手のひらの中にあるデバイスが、個人的な秘書のように知的な手助けをしてくれる人という意味である。ニュートンは1992年に発表された。アップルのiPhoneの20年ほど前の製品だ。ニュートンは赤外線通信機能を備えていたが、携帯電話機能はなかった。手のひらにすっぽり入るiPhoneは日本では2009年に発売された。携帯電話とインターネットの機能が装備され、iPhone 4SからはSiriという音声入力アシスタントが秘書のようにサポートしてくれる。まさにPDAの鮮やかな再デビューだった。今ではPDAという言葉は使われず、「スマートフォン」の方が広く知られている。


iPad、ニュートン、iPhone


ニュートンをご存じない方は、写真1の3つの機器のサイズを見ていただきたい。ニュートンはレンガブロックと呼ばれていた。縦横サイズはiPhoneの4倍もあった。ビジネス的に成功したものではなく、アップル社のマッキントッシュパソコンの利益を食いつくしたとも言われている。

今から振り返ると、ニュートンにはiPhoneにつながるアップル社の素晴らしい半導体技術とソフトウエア技術が組み込まれていた。ニュートンのCPUはRISCアーキテクチャを採用したARM6だった。これは、当時のアップルコンピュータ社がエイコーン・コンピュータ社(アーム社の前身)と共同で開発した新しいARMコアだった。動作周波数は20MHzと今より1桁以上も低く、日本製RAMの容量は500KBしかなかった。

iPhoneでは、ARMアーキテクチャに基づいた、後継のCortex-A9が使われている。800MHzで動作し、DRAM容量は512MBと3桁増えた。

ここで特筆すべきは、スピードやメモリ容量に関するムーアの法則ではなく、アップルがモバイルデバイスのためにCPUを自ら設計して作ったところにある。現在、ARMアーキテクチャは、ほとんど全ての携帯電話機に使われ、Androidスマートフォンなどでも多く使われている。

ニュートンに組み込まれたソフトウエアは「Newton」と呼ばれたオブジェクト指向オペレイティングシステム(OS)である。オブジェクト指向のプログラミングは、それまでスピードの遅いCPUと容量の少ないメモリしか入手できないため、プログラマーが効率的にメモリをできるだけ増やさないように苦労して作っていたソフトウエア作成手法とは180度違っていた。ハードウエアの制約から開放されて、拡張性があり自然なプログラミングスタイルを実現できた。90年代初頭にはまだ珍しかったオブジェクト指向OSを自ら作成し、製品化したことは野心的であり、素晴らしいことだと筆者は思う。

現在はJavaを始めとした、オブジェクト指向の言語がモバイル機器に使われている。(Javaについては別の回で述べる予定)。iPodには、MacOSではなく、ニュートンOSの技術者二人が設立したPixo社によって開発されたオブジェクト指向OSが搭載されている。iPhoneには更に進化したオブジェクト指向OSであるiOSが搭載されている。この秋にはiOS 6がリリースされるようでさまざまな憶測が飛び交い、アップルの株価が上昇する騒ぎにまでなってきた。 

以上に述べてきたように、ニュートンで採用された野心的な半導体技術、ソフトウエア技術はアップルが自ら作り出したもので、それが現在の機器・サービスまでを貫いているのは素晴らしいと思う。コンピュータ産業における偉大な成果だといえる。次回は、新しく創りだしたサービスの革新性について述べる。

参考資料
1. アップル社のリンゴマークについて

U'eyes Design取締役 河田 勉
(2012/09/18)

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