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スティーブ・ジョブズ氏がアドバイスを求めた日本人

ヒッピーのような姿をした一人の外国人が東京のJR市ヶ谷駅前にあるシャープ東京支社(現東京市ヶ谷ビル)へ入って行った。背広姿を見慣れている受付嬢は一瞬驚いたが、笑顔を作って要件を聞くと「ドクターササキに会いたい」という。ドクターササキとは、当時シャープの副社長で東京支社長の佐々木正博士(注1)であることはすぐにわかった。

アポイントメントを取っているかどうかを確認すると「ない」という。受付嬢としては、すぐに取り次いでよいものかどうか判断できず、佐々木氏の秘書に連絡を入れた。秘書はすぐ受付のところまで降りてきてその外国人に応対すると、スティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs)と名乗り、以前にドクターササキに会ったことがあると言う。面会の予約はなかったが、幸い佐々木氏が社内にいたこともあり、秘書が佐々木氏本人の意向を直接確認したところ、会うという返事が返ってきた。秘書はジョブズ氏を4階の応接室へ案内した。

ジョブズ氏は佐々木氏に会うためにわざわざ米国から東京まで来たのである。この正確な日を確認しようとしたが詳しいことはわからなかった。ただ、佐々木氏が東京支社長に就任したのが昭和60年 (1985年) 9月で、それから1年間は東京支社長として市ヶ谷に勤務していたので、この期間であることは確かである。

一方のジョブズ氏は、ジョブズ氏自身がペプシコーラの事業担当社長から引き抜いてアップル社の社長に据えたジョン・スカリーとの間で権力争いが起こり、昭和60年(1985年)5月にアップル社の取締役会において、会長職とアップル社での全ての仕事をはく奪されている。結果的に同年(1985年)9月にジョブズ氏は辞表をスカリーに送付してアップル社を去った。

時期としては昭和60年(1985年)9月以降であることは間違いない。しかし、ジョブズ氏がアップル社を辞職して直ぐなのか少し時間が経ってからなのかは残念ながらわからない。佐々木氏がジョブズ氏を案内した応接室へ入って行くと、場違いとも思えるジョブズ氏の姿を見ることになる。佐々木氏によると、ジョブズ氏はジーンズとTシャツ姿でビーチサンダルのようなものを履いていたという。この服装からすると、その年の冬になる前か翌昭和61年(1986年)の春以降のことと思われるが、ジョブズ氏が冬でもTシャツ姿であるならばこの推察はあまりあてにはならない。

話は佐々木氏とジョブズ氏との会談に戻る。ジョブズ氏が最初に切り出した話は、「その後の電卓はどうなっているか?」であったという。

佐々木氏はシャープで一貫して電卓の開発を主導し、電卓の父と呼ばれている。個人店主でも自由に使える「計算機 in ポケット」を目指して電子卓上計算機の開発に乗り出し、昭和39年(1964年)に世界初の全半導体電卓(「CS-10A」)を開発した。重さは25kg、価格は53万5千円であった。その当時に「計算機 in ポケット」といわれても冗談とさえ思えるほど飛び越えた発想であるが、現在から振り返ってみれば、まさにその言葉通りの製品ができている。米IEEE(電気電子技術者学会)はシャープが開発した電卓と太陽電池の2件を、世界の電子技術に貢献した歴史的業績をたたえる「IEEE マイルストーン」として認定している。国内ではシャープの2件を含めて17件が認定されている。

さてジョブズ氏であるが、自分が創業したアップル社を追い出され、これから何をすればよいのか自分でもわからない状態にいた。この失意のどん底にあってジョブズ氏は佐々木氏からアドバイスが欲しかったのであろう。そのジョブズ氏に対して佐々木氏は「これからは間違いなくネットワークの時代になるから、ポータブル性を持たせたIT機器が重要になる」と言い、『「IT in ポケット」の時代になるよ』とアドバイスした。何と、これが昭和60年(1985年)頃の話である。

この話し合いの中で、佐々木氏はソニーが昭和54年(1979年)に発売した再生機能だけのヘッドホンステレオ「ウォークマン」(注2)を紹介している。その時、ジョブズ氏は「ウォークマン」を知らなかったようなので、佐々木氏は「ウォークマン」を買って一度自分自身で試してみるように勧めたという。この時点では、ジョブズ氏の頭の中に携帯型音楽プレーヤー「iPod」のようなイメージはまだなかったものと推察される。

二人の会話の中で、佐々木氏の持論である「モノゴトづくり」の話も出たと思われる。佐々木氏がいう「モノゴトづくり」とは世間でよくいわれる「モノづくり」とは全く別の考え方である。非常に重要なので少し説明しておきたい。「モノづくり」とはハードウエアを作ることが最終目標となるが、佐々木氏の提唱する「モノゴトづくり」というのは物つまりハードウエアを作るのが目的ではなく、仕組みを作ることが重要であるとする考え方である。そこではハードウエアは仕組み作りのための単なる手段にすぎないので、両者の言葉は似ているが内容的には全く違うものである。

ジョブズ氏が開発した商品系列を眺めてみると、佐々木氏の「モノゴトづくり」の考え方がジョブズ氏に影響を与えていることが読み取れる。ジョブズ氏が佐々木氏に会った昭和60年(1985年)頃までは「Apple II」や「Macintosh」を、アップル社がNeXT社を買収してジョブズ氏がアップル社に復帰した後の1998年に「iMac」を、それぞれ発表している。ジョブズ氏といえども、「Apple II」、「Macintosh」や「iMac」といったハードウエアを最終商品と位置付けた商品開発を行っていた。つまり「モノづくり」に徹していたわけである。

しかし、ジョブズ氏が2000年に正式にCEOに就任すると、それまで温めていた構想が溢れ出るように「iPod」、「iTunes Music Store」、「iPhone」、「iPad」を次々と世に送り出している。これら「iPod」、「iPhone」、「iPad」の製造はアップル社の自社工場ではなく全て外注して行われていることをみても、サービスや仕組みの提供に力点が置かれていることは明らかである。特に「iPod」と「iTunes Music Store」にその特徴を顕著に見ることができる。「iTunes Music Store」は、99セントで著作権のある音楽の購入を可能にしたのである。まさに仕組みを作ったのである。したがって使用するパソコンはアップル社製品だけではなくウインドウズ搭載機であっても問題はなかった。ハードウエアは単なる手段なのだから。


佐々木正氏

佐々木正氏


今回、テーマとして取り上げた昭和60年(1985年)頃の佐々木氏とジョブズ氏の対談は、期せずして佐々木氏が提唱する「共創の理念」と「共創の場(ば)」の特徴をよく表わしている。佐々木氏は2011年8月に96歳にしてNPO法人「新共創産業技術支援機構(注4)」を設立した。その設立趣旨の文書の中で、佐々木氏は次のように述べている。「独創的な人物が一人だけで大きな成果を出すことが難しい時代に入っています。特長のある人物、異なった価値観を持つ者同士が確かな信頼関係の上で共鳴し合わない限り、新しい物・事を生み出すことなどできないと思います。安心してお互いの個性をぶっつけ合うことができるプラットフォームが『共創の基盤』となることは言うまでもありません。」

光和技術研究所 代表取締役社長 禿 節史(かむろ せつふみ)



注1 佐々木正:元シャープ副社長・工学博士。大正4年(1915年)島根県生まれ。昭和13年(1938年)京都帝国大学工学部電気工学科卒業後、川西機械製作所(後神戸工業、現富士通テン)入社。取締役を最後に神戸工業を退社。昭和39年(1964年)早川電気工業(現シャープ)に転籍し、副社長・顧問を歴任。電卓や液晶ディスプレイなど多くの研究技術開発を指導しシャープを日本有数の電子機器メーカーに育てあげた。昭和46年(1971年)機械振興協会賞、アポロ功績賞。昭和48年(1973年)藍綬褒章、昭和55年(1980年)通商産業大臣賞、昭和60年(1985年)勲三等旭日中綬章、平成7年(1995年)経営者特別賞。平成15年(2003年)米IEEEから日本人として5人目となる名誉会員(Honorary Membership)の称号を授与された。ソフトバンク(株)相談役、(株)国際基盤材料研究所代表取締役、郵政省電波技術審議会委員、新エネルギー財団・太陽光エネルギー委員会委員長、(財)国際メディア研究財団理事長、(財)未踏科学技術協会理事など多くの要職を歴任。平成23年(2011年)8月NPO法人「新共創産業技術支援機構」を設立し理事長に就任。

注2 ウォークマン(WALKMAN):ソニーが昭和54年(1979年)7月に発売した携帯型カセットテープ・ヘッドホンステレオプレーヤー。

注3 共創:佐々木氏が昭和63年(1988年)頃から積極的に提唱し始めた考え方で、異なった価値観を持つ者たちがお互いの信頼関係に基づき、同じ「場(ば)」において情報交換等を通して共感・共鳴し合って同じ目標に向かい新しい価値を創造していくという考え方。平成5年(1993年)からは「共創」の精神に賛同する企業を集めて自ら「共創クラブ」という会を主宰して直接の指導も行っていた。

注4 NPO法人「新共創産業技術支援機構」:平成23年(2011年)8月、佐々木正氏が96歳で設立し理事長に就任。佐々木氏が提唱する「共創の理念」の普及促進と「共創の場(ば)」を提供し、産業技術を総合的に支援して、新産業の創出・育成の発展を図ることを目的としている。
http://itactechno.org/

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