ベンチャー企業が利益を生むまでの期間短縮支援のための公立のプラットフォーム設立を提案
第46回ITE国際画像機器展2024(パシフィコ横浜 12月4-6日)に久しぶりで実際に見学をしてきた。筆者の印象は、1)目的に合わせた範囲で精度を向上させたAIの実装化が進んだことと、2)フォトンの飛行時間測定技術(Time of Flight;以下ToFと略記)の開発実用化が進展してきたことであった。既に発表されている本機器展のベスト出展社アワードにダイトロン社が選ばれており(参考資料1)、同社に心より御祝詞を申し上げたい。これはその選定基準である「説明員の知識・情報・提案力」への評価等の観点で選ばれている。しかし本稿はそうではなく、飽くまでも筆者の個人的な技術的見解であることを予めお断りしておく。
以下上記2点に関して、見学以降調査したことをまとめ、日本でベンチャー企業を起業し、世界相手の大競争に乗り出す場合、しっかりした組織を作って支援する必要があるということを述べたい。ちょうど、いよいよ港から出港するとき、どのような船でもタグボートの案内が必要なように、タグボートの役割を果たす組織に些少なりとも国の支援が必要と思うからである。特にその組織ではそのタグボートで水先案内をされたベンチャー企業間の交流ができるプラットフォームなどを夢見ている。
その場に適したAIソフトで機械学習を重ねて精度向上を狙う傾向
先ずAI実装化進展であるが、もともとAIは囲碁将棋のソフト開発の世界で画像解析から進展したので、この展示会を見ておくことはAIの進展を見ることにもつながり、意味がある。筆者も自宅から近いこともあり、この展示会は以前からよく見学してきた。
最近、たとえば不良品仕分け等を見ても、各メーカーともその精度と仕分け速度向上に力を入れている。汎用AIなどを使うより、使用範囲のスペクトル幅を狭めて、その場に適したソフトを使いコスト競争に打ち勝つためであろう。各社とも機械学習を重ね、ますます精度が向上していることが見て取れた。個々に例示してもよいが、今回の本稿で言いたいこととは少々外れるので、この辺で先に進めたい。
若い起業家を奨励する武田計測先端知財団ヤング武田賞を想起
少し古くなるが、以前、武田計測先端知財団では、ヤング武田賞を創設して、若い起業家を奨励する事業を行っていた。応募者数では残念ながら日本からの応募は少なかったが、世界中から応募者が集まり、その申込書から応募者の熱気が伝わる素晴らしい事業であった。
財団のプログラムオフィサーが手分けして、応募用紙の内容を精査し、必要があれば応募者とメールでやり取りして不明点を質し、具体的に応募者が実施している内容を確認して、予備審査報告書をまとめる。応募用紙の上では、その内容の文法は滅茶滅茶だが、やりたいことは伝わってくる場合が多いので、ブロークンイングリッシュの中からも応募者の意図を見出す作業でもあった。
この作業はプログラムオフィサーにとっては、というと英語の達者なプログラムオフィサーも多数居られたので語弊もあるが、少なくても論文やその審査で正確な文章に慣れた筆者にとっては地獄の苦しみであった。しかしお陰で生きた英語を学んだ。調査結果を他のプログラムオフィサーや財団理事の前で読み合わせ、合意の下で最終選考会に送り込む候補を絞り込んでいった。最終選考会は現在東京大学名誉教授浅田邦博先生を選考委員長として有識者を集めて行われた。選考委員会ではプログラムオフィサーには投票権は無いが、選考委員から質問があればお答えしなければならない。
その第2回2014年度優秀賞受賞者の中に静岡大学安富啓太博士が居られる。応募内容は、武田計測先端知財団ホームページに記載されている通りであるが、一部引用させて頂くと、安富博士は「TOF法を用いた三次元スキャナ用高分解能イメージャの開発」で「損失無く繰り返し電荷を溜められる新しい画素構造を開発し、高速動作を可能にした」というものであった。この時にも既にToF技術が取り上げられていた。
「制御クロックの遅延時間差の影響を解消する補正回路を考案して、世界最高の距離分解能0.3mm を実現し(中略)、国際学会(ISSCC)で発表している。また特許も出願しており、ブルックマンテクノロジ社とライセンス契約を結び、この高分解能TOFイメージャ・チップを製造し、三次元スキャナメーカーなどに販売する計画を立案し起業に臨む高い意識が評価された」。この技術は「ゲームや工業用の用途も期待できる。」というものであった。2014年はちょうど10年前である。冒頭記述のように隔世の感がある。
萬代新悟博士の起業に向けての苦節に基づく実感
更にその前年に萬代新悟 (デルフト工科大学、オランダ)博士が「新しい構造の半導体単光子検出器の開発」で2013年度ヤング武田賞最優秀賞を受賞している。単光子検出技術はもちろん先の安富博士のToF技術でも重要である。萬代新悟博士はそれとは少し異なって「幅広い波長領域の光を検出できる新規構造の高性能素子を考案し、更に汎用性を持たせて低価格を実現する技術を提案し(中略)、実現すれば医療現場では低放射線被爆量の下で、少量造影剤での診断が可能になり、多くの患者が低価格で高度医療の恩恵を受けられる。また磁場の影響が少ないためPETとMRIを組み合わせた新装置への可能性も拡がる。バイオ研究では細胞の動的な観察が可能になり、がん研究にも貢献する。」というメリットがある。
つまり「新規高性能デバイスの事業化提案であり、単に医療分野だけではなく、人工衛星搭載カメラや高エネルギー検出器など多分野に適用可能である」ので、生活者に多大な貢献が期待できる。「応募者は有力なビジネスパートナーを自ら探す努力を重ねており、実用化の可能性も高い。」と認められ最優秀賞に選考された。
このたびその後の経緯を記述した萬代新悟博士の手記(参考資料2)を見出したので紹介したい。彼はその中で「ヤング武田賞に選ばれた時嬉しかった」と記している。退路を断つ意味で東大からの休学の申し出を断り、デルフト大学に移り、実用化を目指して色々な企業に当たったが、結局試みてくれる企業が見つからず、苦労の末「アカデミアに籍を置いたまま起業するのが良いかもしれない」と述べているのは実感がこもっている。筆者は大企業のみでなく、もっと中小で小回りの利く企業に話を持って行った方が良かったのではないかとも個人的には思ったが、そこまで口出しはできなかった。
確かに日本のように失敗した後の再出発が困難な国では、この方法が良いと筆者も思う。大学に籍を置いておけば、日本ではそれがキャリアパスになる。従って再出発しやすいからである。
大学発ベンチャーとして成功している例は枚挙にいとまがない。先のブルックマンテクノロジ社は静岡大学川人祥二教授が、またフォトニックラティス社は東北大学川上彰二郎名誉教授がファウンダーになられ創立された。卓上の小型エリプソメータで有名であり、現在はそのほかにも製品棚揃えを拡大している。MEMSで有名な(株)MEMSコアも東北大学名誉教授 江刺正義教授が側面から応援している。
一方、このアカデミアに籍を置いたまま起業する方法は世界のスピードに乗り遅れる危険性もある。一般に大学発のベンチャー企業のスピードは実業界に身を置いた筆者からみると、利益が出始めるまでの期間が信じられないくらい長い例もある。一般には利益を出すまで5年とは言われている(参考資料3)が、しかし5年で利益を出すのは、AI企業のようなソフト会社は別として、ハード開発を伴うベンチャー企業や成果物の審査期間が長い薬品の場合では、実業界に身を置いた筆者でもかなり難しいと思う。それでも世界中で競争しているので、利益が出たらすぐ次世代製品の開発ができる態勢にすることが企業としては必須であることに違いはない。
確固としたベンチャー企業支援プラットフォーム設立を願う
そこで筆者は大海に乗り出す船が、港の中ではタグボートに案内されて出港していくように、ある程度起業準備ができたら、経理や企画、営業のプロによる組織が、タグボート役を果たしてベンチャー企業を送り出す組織、あるいは容易に使える、可能なら公立のプラットフォームを提案したい。
その組織やプラットフォームは、単に一つや二つのベンチャー企業だけではなく、多くのベンチャー企業を送り出すような機構にしておけば、機構自体の利益も出るであろう。タグボートがタンカーや小さな客船まで水先案内するように、小規模、多種類の企業を送り出して頂ければと願う。そのような機構のスタートアップに国も補助金が出せるならば、一段と弾みもつくであろうと愚考している。
なおそこのプラットフォームで、スタートアップ企業同士の交流もできれば、さらに良いと思う。筆者はいわゆるテクノサービスを業とする会社の経営を担当したことがある。もともと親会社の知的財産部門が担当していた仕事であるが、市場調査や技術動向調査に関しては社外からの調査依頼も多い。特に技術力にも限りがある地方の小企業には切実な問題である。
それに応えるには親会社の定款にはない事業なので、親会社から切り離してそこで社内外の要求にこたえようとテクノサービスとして分社化される場合が多い。その業界では技術情報サービス協会(Association of Technical Information Services略してATIS)が組織され、筆者が在籍していたころは定期的に卓話会が学士会館で開催されていた。競合会社間なので支障がある内容は話せないこともあるが、それでも質疑応答などを通して得られる知見は、経営者にとって貴重なものであり、大変有難かった記憶がある。
既に経済産業省も2022年に懇切丁寧な戦略や戦術を示している(参考資料4)。実際に東京大学発のベンチャー企業スタートアップ事業に関っておられる元アーヘン工科大学研究生でNECでもCAD開発を担当された、元NEC同僚の田辺記生氏(参考資料5)から、国や各方面からの厚い支援を受けている日本の具体例も示して頂いた。本稿では少し異なる側面から、上記ATISの機能のように、競合相手ながらお互いにベンチャー企業の経営者が交流できる機能も併せ持たせたプラットフォームを提案している。もちろん既に在るプラットフォームにその機能が加えられてもよい。
経験豊富な経理、企画、営業のプロは、現在では年齢さえ問わなければ、国内には多数居られる。高齢者にそのようなプラットフォームの支援を在宅勤務でできるような仕組みにしておけば、まだまだ世の中のお役に立ちたいと願う高齢者も多いと思う。可能なら公立の組織が大学拠点にできないだろうか。ぜひご一考頂きたいと願う。
謝辞 この度も津田建二編集長に査読を行ってもらった。また実際に東京大学発ベンチャー企業のスタートアップに携わっておられる元NEC同僚の田辺記生氏に査読コメントを頂いたことを記し、厚く御礼申し上げる。今回は私事であるが肺炎で入院していたこともあり、起稿が遅れ、時期を失した感もある。ご容赦頂きたい。
参考資料
1. 国際画像機器展2024ベスト出展社アワード
2. 萬代新悟、「アップルに就職するまで」、通信ソサイエティマガジンNo16 秋号(2018)、pp150-153
3. 「新規事業の黒字化は何年必要?黒字を出すために必要なことをご紹介!」、アイディオットホームページ
4. 例えば、「METI Startup Policies 経済産業省スタートアップ支援策一覧」、経済産業省スタートアップ創出推進室
5. 田辺記生私信 2025年2月26日