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Global Trend 2040のTechnologyの章を読んで(前編)〜ますます競い合う世界

筆者は既に英国Economics誌発刊「2050年の技術」の中に使われている表題を総覧した分析で、これからはIoT、AI、Deep Learningが主要な課題になると記していた(参考資料1)。その後、米国国家情報会議(National Intelligence Council)が発表した「Global Trend 2040」(参考資料2)も同様に将来動向を見据えた文献と知った。これはバイデン大統領誕生に合わせて、政府の施政方針を固める上の参考としてまとめられたもの(参考資料3)で、全編を通して中国との覇権争い対応に絞られている。ここではSemiconportalの読者層に鑑み、政治と軍用技術に関する項目は省き、「テクノロジーの将来をどう見ているか」という観点からIT分野に限定して筆者なりに読み解き、その結果をまとめた。

技術開発は超結合の世界に

筆者が新鮮に感じた点は、次のような指摘であった。今後も加速度的な速さで技術開発が進展し、個々の要素技術と強固に結合した超結合世界(ハイパーコネクテッドワールドHyperconnected World)が形成される。そのためリソースとして人材とナレッジが重要になる。開発競争はますます激化するが、大企業、大国だけではなく、たとえ小規模であってもニッチマーケットで創業者利益を得る機会がある。AIの意思決定は途中経緯が不透明だという特徴を有するため、誤用、悪用されやすい面もあるので注意が必要である。個人情報など、従来個人に属するとされていた倫理面の考え方も、時代と共に変わっていくだろう。

参考資料2はIntroduction、Structural Forces、Emerging Dynamics、Scenario for 2040の順で構成されており、Structural Forces の4番目にTechnologyの章がある。その章の要旨はKey Takeaways(筆者注:お持ち帰りいただく認識)として、以下のように4項目にまとめられている;

・総じて次の20年間は技術発展の速度が早まり、一方では社会間、企業間、国家間にひずみと破壊をもたらしながらも、人類の高齢化問題や気候変動、そして経済の低成長率などに向き合って、変革と挑戦が続けられるだろう。
・中でも次の10年間は技術覇権のコア要素、つまり人材(Talent)、知識(Knowledge)、市場(Marketing)の面で覇権をめぐる国際競争が激化すると予測している。
・技術の覇権争いは地政学的な絡みと米中競争から逃れることはできないが、長期的計画、リソース、目標などを持つ企業(Companiesと書かれている)によって大きな進歩が達成される。
・その派生技術(spin off technologies)と応用技術はすぐ使えるものとなり、条件が満たされれば発展途上国でも(部品製造などで)世界規模のサプライチェーンに寄与できる。

以下このTechnology の章の中でIT関連に関する部分を、筆者のコメントを付記しながら抄訳形式でまとめる。下線を施した表題はその小節のタイトル(原典では緑色の字体の表題)であり、斜体で示した表題は当該小節内の強調点をタイトル(原典では黒色ブロック体の表題)にしたものである。

超結合の世界とは

原典ではまず、我々が生きる世界は、新材料、進化したコンピューティング、仮想空間、AI、IoT、ロボティックス、情報ネット、そして人間と機械のインターフェイスなどの諸要素技術と結びついた超結合世界(Hyperconnected World)になるだろうという図が、「更に競い合う世界(a more contested world)」というタイトルで掲げられている。なぜこれがHyperconnected Worldなのかは後編で筆者なりに考察した結果をまとめることとする。

図1はその様子を示したものである。原典ではきれいな図で表示されているが、ここでは判り易く簡略化した。日本語も付記しておいたが、英語の方が判り易いと思うので、本稿ではできるだけ原典に近づけるため、以下主に英語表記で議論を進める。


図1 競い合う世界(A More Contested World) 参考資料2のTechnology の章で最初に出てくる図を元に筆者が簡略化した。

図1 競い合う世界(A More Contested World) 参考資料2のTechnology の章で最初に出てくる図を元に筆者が簡略化した。Hyperconnected Worldの訳は難しいのでそのまま「ハイパー結合世界」としている。


エマージング技術のトレンド(Trends across Emerging Technologies)

競合相手の後塵を拝するような失敗を避けるため、特定技術に絞り、意欲的な業界標準を定めて、かつ開発期間を短縮することが肝要で、長期計画をたて迅速な意思決定をしたものが勝利する。

科学分野の収斂(Scientific Convergence )がイノベーションをスパークさせる

例えばスマートフォンは、エレクトロニクス、アンテナ、材料科学、バッテリー、通信ネットワーク、ユーザーインターフェイスの諸技術の融合で発展してきた。2040年までに例えばAI、高速通信技術、バイオテクノロジーのような技術は、技術の収斂(Technology convergences)が起き、ブレークスルーを生み出して、ユーザーのカスタマイズを可能にし、ますます大規模になる。このような技術のプラットフォームは、市場への障壁を低くしつつ、急速なイノベーションをもたらすだろうと述べられている。

ここでの技術の収斂とは何か、判りにくいが、タイトルではconvergenceがinnovationをsparkさせるとなっているので、ちょうど紙の上にレンズで(個別要素技術の)光を収斂させると、明るく発火する現象にたとえているのかと解釈した。

寡占化へ向けた競争の激化(Growing Competition for Dominance)

技術的な主導権を維持するためには、人材、基礎知識、サプライチェーンをも含めて、数十年先の長期投資と先見性のあるリーダーシップが求められる。開かれた経済(自由経済圏)では、民間企業の努力と、政府と民間企業、そして開発プログラム間のパートナーシップとの融合(mix)が可能で、(その点が)国主導の経済(圏)とは異なる。

後者では、直接的な人材集中やデータアクセス面では優れているかもしれないが、オープンで創造的な競争環境からもたらされる利点は得られないと思われる。ただし、この文章はmayで表現されており、利点の具体例も表記されていないので、主観の域を出ていない。

世界的に拡散する技術(Technologies Diffusing Globally)

そこから生まれた技術はすべての世界で即応用可能となる。従って発展途上国でも最新のコア技術を利用して、例えそれがニッチ領域ではあっても、(新しい部品や新資材などの提供で:筆者追加) 世界的な応用分野や経済を更に発展させるためのサプライチェーンに貢献できるようになる。多くの国々がこの分野の参入を加速し、支援するので、シリコンバレーに代わる地域や、バイオ技術のインキュベータが予期しないところから勃興する可能性もあり、眼をむくような新規な応用に驚くこともあろう。ここでは、米国にとっての驚きであり、これを米国のriskととらえた表現になっている。

技術サイクルの短縮(Timelines Shrinking)

開発―市場展開―成熟―退場の技術サイクルは、過去は数十年単位であったが、今後は数年単位になり、場合によっては更に短縮される。他者がスタートする前に創業者利益を享受しようと、その新技術を展開し販売促進を推進する競争になる。発展途上国はそれをなぜ選択するのかもよく理解しないままに選択を強いられ、技術的にはもう間に合わない、あるいは絶望的な後塵を拝している中での投資というリスクを冒すことになる。この部分は、日本の半導体を言われているようで耳が痛い。計画経済の国々はエマージング技術開発、あるいはその応用技術開発に、効率という局面からコスト低減に迅速に反応できる。だから、自由経済の米国は油断するなという意味だと筆者は解釈した。

技術が大変革を牽引する(Technology Driving Transformation)

技術は予測不能な進展をする。予期しない困難に遭遇したり、予想しないブレークスルーをもたらしたりするかもしれない。ある技術分野では大変革(Transformation、その意味は例えば参考資料4)を起こす可能性を秘め、それが数十年先の新技術となることを示唆する場合もある。AI、バイオ技術、新材料と製造技術に関する要素技術分野は将来のハイパーコネクテッド(超結合)世界を形作るものとなるだろう。

AIが主流になる

ここでは図2のように、「AIの軌跡(Trajectory of Artificial Intelligence)」と題して、ある特定のタスクを実行する「狭義のAI(Artificial Narrow Intelligence)(ANI)」と それに続く「人智を凌駕する汎用AI(Artificial General Intelligence)(AGI)」の進展を模式的に表した図が示されている。筆者は、Trajectory を軌道と訳すべきか軌跡とすべきか、迷ったが、後者の方が理解しやすいと判断した。誤訳であればご容赦願いたい。


図2 AI技術の軌跡(Trajectory of Artificial Intelligence) 参考資料2の2枚目の図に筆者が加筆

図2 AI技術の軌跡(Trajectory of Artificial Intelligence) 縦軸の機械知能は任意スケール。横軸の年代は2020年までは等間隔、2020年以降は対数目盛になっている。◎で示した人智を超える時期と規模は不明と断ってあり、2020年以降の機械知能は2本の折れ線の間であるという模式図。 出典:参考資料2の2枚目の図に筆者が加筆


図の縦軸は任意スケールで機械知能(Machine Intelligence)の度合いを示し、横軸は年代で、ANIの場合は1970年から2020年まで等間隔で刻み、AGIに対しては2020年以降2060年まで対数目盛で刻んでいる。

ANIでは1970年代の飛行機の自動操縦システムから、1980年代のABS(アンチロックブレーキングシステム)、1990年代は電子メールのspamフィルタ、2000年代は音声認識、2010年代は顔認証、そして自動運転への軌跡が示され、続くAGIは「まだ時期と規模は不明」としながらも、大きく機械知能の向上を予想している。シンギュラリティの起きる時期や、その時に起こる事象は、現時点では不祥であろうと筆者は推測する。

2040年までにAIは他の技術と融合して(実装され)、健康問題の改善、安全で効率の良い輸送、個人に合わせた教育、日々の業務のソフトウエア改善、そして農場の収穫量増加に至るまで、ほぼすべての人々の生活に役立つものとなろう。創業者利益を享受するため、世界中で人材獲得競争が行われ、(その人材を)開発中のAIに投入し、社会、経済、そして戦争まで一新される時代になる。同時に確かな質の高いデータ量が増加し、コンピューティング容量の増加と高速通信が可能になる。一方個人のプライバシーや自由に関する悪影響を和らげる挑戦を推進する必要もあると、ここでは主張されている。

工業と労働者の変革

AIによる失業率を抑えながら、AIの利便性を追求するため、国と企業は教育と職業訓練に力を入れる必要があろう。

データが王者になる

2040年には前例のない量のデータが扱われるようになり、そこから貴重な知識や能力が生み出されるだろう。一方プライバシー、所有権、データ制御の分野で競合や軋轢も増加もするだろうと指摘している。

セキュリティーとプライバシーの再検討

現在のプライバシーの概念も進化して、個人情報をもシェアする時代になる。独裁的な政府は国民をモニターし、国民の動きを制御するためにそのデータを使おうとするだろう。更にまた、マーケティングや、(自分に都合の良い)物語を仕立てあげるため、ビデオを捻じ曲げたり、偽の情報を流したりすることを強力な手段として使うようになろう。

自主性の倫理(Ethics of Autonomy)

倫理的な義務の認識は国によって異なる。しかもAIの意思決定プロセスは判りにくく不透明であるという特徴があるので、無意識ながらも結論にバイアスがかかる可能性もある。また差別や国際問題で誤った判断をする可能性も増加する。透明で明快な意思決定プロセスのもとに、信頼性も高く、信用できるAI開発のために協力し合うことは、信頼関係の醸造に必要である。多くの国は個人情報を厳しく管理する方向に進むだろうが、そのルールがAI の能力の完全な発揮につながるような方向に向くように、議論を重ねる必要がある。

スマート材料と製造技術は新世界を構築しつつある

2040年までにスマート製造技術に使われる新規材料は、コスト削減、性能向上に寄与しつつ、新デザインで、汎用物資から軍用に至るすべての生産物を一新するだろうと予測している。これは第4次産業革命(参考資料5)とも言われている。過去の産業や職業、サプライチェーン、ビジネスモデルを新しいものに置き換えながら、人々の生活水準を向上させていくことになろう。

あるドライバーが他のドライバーを相互に牽引するという良循環を長く続かせるには、材料と製造技術を分離して考えることはできない。この指摘は、長く製造技術を担当してきた筆者にはよく理解できる。材料と製造技術のドライバーが高性能コンピューティング技術や材料モデル、AI、バイオ材料など他のドライバーとの融合で、この良循環サイクルが継続発展されることが望ましい。ここでは、バイオ材料とAIや他のドライバーがどのように結合するのか、その結果何が生まれるのか、AIを使って何か新規性のある材料を生み出すことを想定しているのだろうが、具体例が欲しかった。

デザインオプションの増加

三次元プリンティング技術で知られている積層造形技術(Additive Manufacturing、略してAM)(参考資料6)では、使用可能な材料の種類も、チタンから爆薬材料に至るまで著しく増加している。しかもAMによって、世界中どこの小規模企業であっても、また熟練経験がなくても、高度な製造能力を持てるようになった。信頼性に関しては技術的なハードルがあるが、それでもAMを使って、プロトタイプを短期間で作ることができ、また高度にカスタマイズ対応することもでき、更には顧客工場にてオンサイトで(部品を作って)提供できる。しかも他の方法では不可能な三次元形状も可能なので、今後製造技術分野を牽引するようになる。

その場で臨機応変に使う(On the Flyの採用)

情報技術の進歩と、コンピュータによるモデリング技術、および機械学習技術が先進的なシステム、例えばロバスト技術、IoT、ロボティクスなどと融合して、リアルタイムで(市場要求に)反応し、条件変更に応じることができるようになる。ネットや顧客と一貫した共同生産システムの構築が可能となる。

必要なもののデザイン

「現在の材料技術ではまだ棚の上にない材料」や、「顧客の要求する製品のために最適化された材料」を得るための革新的な変革が進行中である。強固で軽量で安価な材料が、航空機から携帯電話まで広範囲な設計分野に進出していく。

必要なものの実装組み立て

来るべき数十年の間に、過去には得ることができなかった性能を有する多くの製品が、材料の進展で製造できるようになる。二次元材料、メタマテリアル、プログラマブル材料などが、普通では得られない強度と柔軟性、導電率、その他の性能向上をもたらすだろうと述べられている。

以下バイオ技術のイノベーションが記述されており、それも非常に重要である。長短が論じられているので、興味がある方は原典を当たられたい。ここでは紙面の関係もあり、省略させていただく。

まとめ
以上要するに「技術発展の速度が速まりつつある時代に、覇権を握るためには人材、ナレッジ、マーケティングが重要な鍵となる。そして大国、大企業だけでなく、中小規模でも、生まれてくる技術をいち早くモノにできれば、サプライチェーンの一端を握り、世界に貢献できる可能性がある」ということが骨子であろう。筆者が参考資料1で先に見通したIoT、AI、Deep learningが重要という観点は維持できよう。

後編ではハイパー結合世界のもつ意味を、筆者なりにもう少し深く掘り下げて記述する。図1と図2だけからでは見えなかった(あるいは 見えにくかった)ハイパー世界の意味が浮き上がるからである。その結果、例えばプラットフォーム構築業のベンチャー企業が参考になる指摘(案)も導き出される。

(後編に続く)

技術コンサルタント 鴨志田元孝

参考資料
1. 鴨志田元孝、「2050年の技術予測―課題はやはりIoT、人工知能(AI)、深層学習関連か」、 セミコンポータル (2020/06/02)
2. National Intelligence Council, "Global Trend 2040", Office of the Director of National Intelligence (2021/03)
3. 例えば「2040年の世界情勢を米国家情報会議が大予測 『グローバルトレンド 2040』のシナリオを詳解(1/11)」、JBpress (2021/04/26)
4. Transformationの意味は例えば鴨志田元孝、「AI搭載デジタル化は成功実績を重ねて邁進あるのみ」、セミコンポータル (2021/09/24)
5. 例えば「第1節 第4次産業革命のインパクト」、 内閣府
6. 積層造形技術(Additive Manufacturing)(AM)とは3Dモデルデータを基に材料を結合して造形物を実態化する積層造形(JIS). 例えば「積層造形法 (AM 技術) とは」、Autodesk

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