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技術者、研究者の層を更に厚くする方策を望む

以前より、半導体微細加工技術はナノテクノロジー(以下ナノテクと記す)分野の発展に貢献できるので、衰退する日本の半導体産業界の研究者や技術者の力を生かすためにも、その力が散逸する前に日本のナノテク産業の振興を急ぐように提唱してきた(参考資料1)。またその際、単に微細加工技術や製造設備技術のみでなく、計測や製造モニター技術も利用できることを指摘した(参考資料2)。半導体分野の広い裾野も活用できるはずだからである。

早いものでそれから3〜4年経過したが、2016 年1 月27 日〜29 日の3 日間、東京ビッグサイトにて開催されたnano tech 2016 第15 回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(参考資料3)を見学し、ナノテク用製造設備や製造された実物を展示するブースが多くなっているのを目の当たりにして、遅々としてではあるが、ナノテクが産業として育っていることを実感できた。まだ国富を増やす汎用製品を生み出すまでには至っていないが、それでも心強い思いを胸にしたものである。

そこでそのナノテク産業に、現時点で半導体技術がどの程度反映されているのか、日本の半導体産業の研究者や技術者の力が、散逸せずに貢献できているのだろうかということを検証してみたくなった。検索エンジンなどを使えばいろいろな調査方法もあろうが、取り敢えず個人で可能な範囲で動向だけでも把握すべく、米国電気電子学会IEEE(参考資料4)のナノテク専門誌IEEE Transactions on Nanotechnology(参考資料5) に掲載されている最近の論文の分析を試みることにした。

同誌は隔月発刊である。最新のものとして2015年1月から12月までの第14巻、全6冊と、2016年1月から6月までの第15巻3冊、合計9冊の中から、半導体技術者や研究者が活躍しそうな分野として、半導体デバイスやその製造技術を扱っている論文、半導体技術と共通分野のエマージング・リサーチ・デバイス(新探求デバイスemerging research device)やエマージング・リサーチ・マテリアル(新探求材料emerging research material)を取り扱っている論文、あるいは半導体回路技術を応用している論文などをピックアップした。見落としがあるかもしれないが、全部で65件あったので、とりあえずそれらを分析対象にすれば、傾向だけでも把握できるだろうと考えた次第である。

図1は得られた65件の文献数を各号ごとに時系列的に並べたもので、この1年半をみても、当該カテゴリー内の掲載論文数は約2〜3倍と確実に伸びていることがわかる。やはり半導体技術はナノテクの世界と融合し始めたかと、一瞬喜んだ。ここまでは「わが意を得たり」と思った。


図1. IEEE Transactions on Nanotechnology誌第14巻第1号から第15巻第3号までに掲載されたナノテクノロジー分野での半導体デバイスやその製造技術を扱っている論文、半導体技術と共通分野のエマージング・リサーチ・デバイスやエマージング・リサーチ・マテリアルを取り扱っている論文、あるいは半導体回路技術を応用している発表論文の各号別の件数推移

図1. IEEE Transactions on Nanotechnology誌第14巻第1号から第15巻第3号までに掲載されたナノテクノロジー分野での半導体デバイスやその製造技術を扱っている論文、半導体技術と共通分野のエマージング・リサーチ・デバイスやエマージング・リサーチ・マテリアルを取り扱っている論文、あるいは半導体回路技術を応用している発表論文の各号別の件数推移


図2. 図1掲載論文における各筆頭著者(First Author)所属機関の国別分類

図2. 図1掲載論文における各筆頭著者(First Author)所属機関の国別分類


ところが意外にも、半導体産業からこの分野に流れ込んでいると予想していた日本人研究者や技術者の論文が見当たらない。あるいは見受けられるとしても、極めて少ないのに気が付いて愕然とした。図2は各論文の筆頭著者(First Author)が所属している研究機関を国別に分類し、それぞれの当該カテゴリーの発表論文数をまとめたグラフである。

図2から次の二つの問題が浮かび上がる;
1.ナノテクが次世代技術なのに日本からの論文数が少ないという現実
2.日本の半導体技術者、研究者がその後活用されていないのではないか、

すなわち図2を一目して、まず世界中で半導体技術を応用した、あるいは半導体技術と関連するナノテク分野での研究が進んでいることがわかる。そしてその内訳は米国が約29%を占め、続いて中国、台湾、インドが同数でそれぞれ12%ずつを占めており、次いで英国、ドイツがそれぞれ8%、そして韓国、フランスがそれぞれ5%、3%と続き、更にフィンランド、オランダ、イタリア、サウジアラビア、エジプト、イスラエル、日本が同列で残りを構成している。過去の電子立国日本、そしてこれからのナノ技術立国日本としては、あまりにも論文数が少ない。これでは残念ながら、このデータを見る限り、崩壊した日本の半導体産業の代わりにナノテク産業が、学問に裏付けられつつ振興しているとはとても言えない。nano tech 2016 第15 回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議などで見られる勢いが、そのバックボーンであるはずの学術誌では目に見えてこないのである。いまだ「勘と経験」の世界なのだろうか。

半導体企業の研究者、技術者がこの分野に移って貢献するのが、ナノテク産業の振興を促すためには最も効率的だと思うが、その痕跡も見られない。では日本の半導体技産業界にいた研究者や技術者は一体どこに行ってしまったのだろうか。なぜこのように当該カテゴリーの日本からの投稿論文が少ないのだろうか。

まず調べた学術誌が不適切だったのかと疑い、その点から再度検証してみた。IEEE Transactions on Nanotechnology誌は2014/2015年のインパクト・ファクタ(参考資料6)をネットで調べると1.825(参考資料7)である。同系のIEEE Transactions on Electron Devices誌の2.472(参考資料8)には及ばないが、半導体製造技術者がよく参照するIEEE Transactions on Semiconductor Manufacturing誌が1.000(参考資料9)であり、また日本の応用物理学会英文誌Japanese J. Applied Physicsが1.127(参考資料10)、電子情報通信学会電子工学分野の英文論文誌IEICE Transactions on Electronicsが0.281(参考資料11)なので、それらと比較すれば十分調査に値する学術誌と考えられる。もちろんインパクト・ファクタが全てではない。他の研究者がやっていない最先端の研究論文は、多くの研究者に引用され始めるまでにタイムラグがある。しかし少なくともインパクト・ファクタを見る限り、ここで検討対象としたIEEE Transactions on Nanotechnology誌は、それなりに評価されている学術誌であり、調査対象として的外れではないことはわかる。

図1、図2で示した最近1年半の間にIEEE Transactions on Nanotechnology誌に掲載された当該カテゴリー65件の半導体関連論文の中には、大学院生のドクター論文と思われるものも少なくない。またこの内容なら他の専門誌では新規性の点で問題があり、通らないのではないかと思われるものがあるのも事実である。

しかし一方、次のような優れた論文もあった;
(1) 韓国KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)からはDNAの中の電荷の挙動を調べるため、ゲート電極の下のゲート絶縁物(SiO2)を一部エッチングした後、再酸化して薄いトンネル酸化膜を基板上に形成し、その薄いトンネル酸化膜とゲート電極との間にDNAを挿入して、Fowler-Nordheim(F-N)トンネル電流(参考資料12)を測定するというユニークな論文が発表されている(参考資料13)。そこでは核酸を構成する塩基の一つ、グアニン(guanine)が採り上げられており、グアニンは浅いエネルギーレベルの正孔トラップを有することなどが説明されている。

(2) 米国ルイジアナ州立大学と米国空軍研究所からはグラフェンを用いたトンネルFETの報告もなされている(参考資料14)。トンネルFETは高速、低消費電力のトランジスタとして既に半導体材料やエマージング・リサーチ材料を用いて活発に研究されているが、この論文では新たにアームチェア型のグラフェン・ナノリボンを用いたトンネルFETの電荷輸送モデルが検討されている。

(3) 米国IBMトーマス・J・ワトソン・リサーチセンターからはそれぞれIEEEのフェローとシニア・メンバーの資格を有する二人の著者が連名で、単分子トランジスタの論文を発表している(参考資料15)。そこでは3つの足を持つスピロフルオレン・ベースの分子(spirofluorene-based molecule)が用いられ、トランジスタ動作をすることが確認されている。

このような論文が将来的にどのような意味を持つか、どのような先端技術を意味しているかは専門家ならすぐおわかりだろう。掲載論文の内容面や質を見ても、検討した同誌のレベルが低いとはとても思えないし、同誌を調査対象にしたのが間違っていたとは思えない。そのような学術誌へ日本の半導体関連ナノテク論文投稿数が少なく、また日本の半導体関連技術者、研究者がナノテク分野に移って貢献しているとも思えないという結果は何を物語っているのだろうか。

NatureやScienceなどインパクト・ファクタが格段に高い学術誌に投稿されている日本の大学教授も多数おられるが、そこは一般の半導体産業界にいた研究者や技術者にとっては壁も高く、日本の半導体技術者、研究者が全員そちらに流れたとは考えにくい。半導体産業勃興期には先に上げたIEEE Transactions on Electron Devices誌に日本からも競って投稿された。日本でナノテクノロジーの産業化を進めるには、半導体産業で長年培った技術蓄積を活用する方が最も効率的である。その歯車が回っていれば、当然このような学術誌にもこのたび調査した半導体産業と共通するカテゴリーへ、日本からも多数の成果報告論文の投稿があってよいはずである。ということは日本のナノテク産業は展示会(参考資料3)などでもみられる通り、確かに振興して来てはいるが、日本の半導体技術者を吸収してくれるまでには至らなかったということになる。そして投稿論文の少なさは研究者層の薄さを物語ることになる。

図2の状態が続けば、せっかく築き上げた日本の半導体技術蓄積は活用されずに霧散し、ひいては次世代を担うはずのナノテク分野での実用化技術の進展に関しては、確実に他国の後塵を拝するようになるのではないかと危惧している。

MRAMの研究者は磁性の専門誌へ、またエマージング・リサーチ材料の研究者は材料の専門誌へ、LEDの研究者はレーザーやオプトエレクトロニクスの専門誌へと、半導体技術者は散逸せずに、単に投稿先がそれぞれの専門誌に分散しているとも考えられるので、この結果だけで拙速な結論を導き出すのは無理があるかもしれない。しかしそれにしても、これでは・・・と思う筆者の心配が、老人の杞憂であることを願う。

今からでも遅くはない。備えあれば憂いなしでもある。まずナノテク研究者の層を厚くしよう。そうでなくても日本は将来の人口減少で、それに伴い研究者数も今後少なくなることが予測される。ナノテク産業に限らず、どのような産業であれ技術立国を目指すなら、まずは研究者数、技術者数の増加、即ち層の厚さを増さねばならない。図2のみならずいろいろな分野で先端を行く米国では、大学に定年制はない。企業の研究所にもステップダウンと称するシステムがあって、希望すれば企業研究機関に在籍して研究を続けることができるようになっている。筆者の留学中の恩師J. W.メイヤー教授(参考資料16)はお亡くなりになるまで、晩年は居住されたハワイからインターネットを通じてアリゾナ州立大学の講義を行っていた。そろそろ日本も米国の良い制度を見習い、大学教官や民間企業研究機関の研究者の定年制を廃して、研究者数の増加、あるいは維持、そして層の厚さを確保する方策を検討し、かつ実用化研究も含めた幅広い研究レベルの底上げを考えねばならない時期ではないだろうか。

またシニアの枠を拡げるだけでなく、若い現役世代も活用しよう。例えば以前は世界に冠たる地位を占めたが、経済事情で今は不幸にして衰退した産業界から、余剰になった技術者や研究者が一時大学や国研、公設試に戻って、それまで培った技術力を温存し、あるいはそこで最新の研究に触れて更に磨きをかけ、再度次世代の産業勃興時に活用できるような道筋を作ることも必要ではないだろうか。衰退した産業界では開発投資もできないし、まだ利益も上げていない新興産業の民間企業は十分な開発投資ができる状態でもない。そうだとすると、国としても上記のような技術者、研究者層を温存し、再び活躍できる産業が成長するまでの開発投資時間差をいかに切り抜けるかという方策が重要と思う。半導体産業に関してはもう手遅れかもしれないが、今後の他の産業に関して技術者や研究者層の厚さを維持し、せっかく培った技術蓄積をいたずらに散逸させないためにも、政策立案や企画に携わる方々に是非ご一考頂きたいと考える。


(謝辞) 日頃切磋琢磨させて頂く武田計測先端知財団の関係者に感謝します。またここで対象とした論文の検索は今年度の講義の準備もあり、東京大学附属図書館を使わせて頂きました。便宜を図って頂いた先生方や関係者に合わせ御礼申し上げます。更にまたご多忙にも拘わらず元NECの方々などに、快く本稿の査読をして頂きました上、適切なコメントを賜りました。厚く御礼申し上げます。

参考資料
1. 鴨志田元孝、「ナノテクノロジーの産業振興を急ごう」、semiconportal 2012年2月28日。
2. 鴨志田元孝、「ナノテクの工業化には計測、製造モニター技術も重要」、semiconportal 2013年2月14日。
3. nanotech2016に関してはnanotech2017 募集のwebに前年度の開催報告として紹介されている。
4. IEEEの公式な日本語訳は無いが、ここではウィキペディアに従った。
5. IEEE Transactions on Nanotechnologyに関してはhttp://ieeexplore.ieee.org/xpl/RecentIssue.jsp?punumber=7729
6. インパクト・ファクタ(文献引用影響率)についてはトムソン・ロイターのweb
7. IEEE Transactions on Nanotechnology誌のインパクト・ファクタに関してはJournal Database-IF2016
8. IEEE Transactions on Electron Devices誌のインパクト・ファクタに関してはJournal Database-IF2016
9. IEEE Transactions on Semiconductor Manufacturing誌のインパクト・ファクタに関してはJournal Database-IF2016
10. Japanese J. Applied Physics誌のインパクト・ファクタに関してはResearchGate.netから
11. IEICE Transactions on Electronics誌のインパクト・ファクタに関してはJournal Database-IF2016
12. Fowler-Nordheimトンネル電流に関しては例えば山部紀久夫、“5. 絶縁膜技術”、西澤潤一監修、丹呉浩侑編著「半導体プロセス技術」培風館刊(1998)pp.149-150。
13. Chang-Hoon Kim, Jee-Yeon Kim, Dong-Il Moon, Ji-Min Choi, and Yang-Kyu Choi, “Nanogap Embedded Transistor for Investigation of Charge Properties in DNA,” IEEE Trans. Nanotechnol. 15, 188 (2016)。
14. Md Shamiul Fahad, Ashok Srivastava, Ashwani K. Sharma, and Clay Mayberry, “Analytical Current Transport Modeling of Graphene Nanoribbon Tunnel Field-Effect Transistors for Digital Circuit Design,” IEEE Trans. Nanotechnol. 15, 39 (2016)。
15. Norton D. Lang, and Paul M. Solomon,” Beyond the Electrostatic Gate in a
Single-Molecule Transistor,” IEEE Trans. Nanotechnol. 14, 918 (2015)。
16. J. W. Mayer教授はイオン注入技術やラザフォード後方散乱スペクトル法の草分けとして有名である。カリフォルニア工科大学からコーネル大学に移られ、晩年はアリゾナ州立大学で教鞭をとられた。

武田計測先端知財団プログラムオフィサー
東京大学大規模集積システム教育研究センター客員研究員
東京大学大学院工学系研究科非常勤講師
鴨志田 元孝
(2016/06/14)

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