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MEMS産業の発展を願って

この度、東北大学原子分子材料科学高等研究機構、兼マイクロシステム融合研究開発センター長である江刺正喜教授のご厚意で、平成26年1月9日、10日の両日にわたって開催された二つの研究会(参考資料1,2)に出席する機会を与えていただいた。

お話をいただいたのが昨年末だったが、研究会の趣旨などを伺っている内に、筆者の所だけ講演題名を空欄にして名前だけ入ったプログラム案が送られてきてしまった。現役を離れて久しいので最先端の研究もしていないし、さて何を話そうかと迷ったが、後半にアドバンテストコンポーネントから同社のMEMS生産技術に関する講演(参考資料3)があるのに気づいた。筆者は退職以降、先輩から受け継いだ技術蓄積を後進に伝承する製造中核人材育成関連の仕事(参考資料4、5)を続けてきたので、アドバンテストコンポーネント社の発表の前座という形で、MEMS製造中核人材への期待(参考資料6)をまとめることにして臨んだ。

ところが実際に研究会が始まると、現場の製造技術ではなく、正に通常の学会の全国大会と同じような高度な技術発表が続き、これは場違いな所に来てしまったと後悔したが、もう遅い。アドバンテストコンポーネント社の発表も、生産技術と言うより、むしろ最先端の研削、微細加工技術の話であった。したがって筆者の話は参加者にはお耳汚しでご迷惑をお掛けしたが、しかし私にとってそこで伺う発表内容は新鮮で、大変勉強になったので、以下に感想をまとめたい。

研究会に参加する前に付け焼き刃の勉強を恥じながらMEMS産業の現状を調べると、2013-14年は世界ベースで売上高は約130億ドル/年で、年率13%で伸長している(参考資料7、8)ということがわかった。利益が出ない産業構造だというご指摘(参考資料9)もあり、将来予測に関する即断はできないが、個人的にはこの産業が、今後大いに期待できる段階に至っているのではないかと改めて思った次第である。一昔前まではプリンターヘッドぐらいしか大量生産品として利益を稼ぎ出す製品がなかったのに、ここまで来たかという思いがよぎったからかもしれない。

10日の研究会は非公式なので記述は差し控えるが、公開されている9日の発表だけでも、トランスデューサや光スキャナ、磁気センサ、SAWフィルタなど微細加工技術を駆使して性能を向上させた電子部品の研究開発に関する講演が並んだ。そして通信機、センサネットなどの応用分野の話、さらに、新しいデバイスとしてバイオセンサや高分子アクチュエータ、マイクロミラーの発表があり、更にまた300mmウェーハの全チップに一度に探針を当てられるプローブカードの講演があった。また材料技術として貼り合せSiC基板技術や、さらには実装技術としてのウェーハレベルパッケージングの話と、まさに研究会の名の示す通り、諸技術の融合をはっきりと認識させる内容が続いた。

 MEMS技術は微細加工技術の塊である。それを使って受動素子電子部品の性能を上げることもできるが、他の受動部品と異なり、このようなMEMS産業は現時点の最先端LSIと結合して、性能の良い、現代の技術レベルに合ったシステムとしての新しい能動電子部品を創り出すことができるという利点がある。つまり(MEMS)1+(LSI)1が2ではなく、5にも10にもなるということである。それにより現在最先端のLSIの応用分野も広がるし、MEMS産業の新分野の発展も期待できる。

 そのような産業の製造中核人材にはどのようなスキルが要求されるのであろうか。下図はLSI製造中核人材向けにまとめた製造生産技術者の役割(参考資料10)である。MEMSも同じと思うので、これで話を進めよう。ここではMEMSの大量生産ラインを念頭に置いている。

半導体デバイス産業の特徴は歩留まりという概念が支配することにある。装置産業は100%歩留まりである。そのような分野の製造中核人材はどのような能力を身に付けておかねばならないだろうか。製造中核人材には何を期待しなければならないか。


図1 LSI製造における生産技術者の役割

図1 LSI製造における生産技術者の役割


図1の右下のようにプロセスや製品技術者にとって歩留まり向上がまず重要になる。そのためには不良解析技術や統計的な管理技術の習得が必要である。また新しい技術の導入に当たってはそれが本流になるか否かの見極めや、必要に応じてFMEA(Failure Mode and Effects Analysis)(参考資料11)と呼ばれる手法を使いこなせなければならない。そしてラインはコンピュータ制御されているので、コンピュータ技術も知っていなければならないし、またいろいろなプロセスやデバイスのシミュレーション技術も知らなければならない。そして現場で正しく作業してもらうためには誤解を生む余地のない、曖昧さを徹底的に排除した仕様書が書けなければならない。また言うまでもなく、品質管理も重要である。

 また図1の右上のように、設備技術に関しても、高額な設備なので、購入前に本当に適切な設備なのかを見究める必要があり、場合によってはここでもFMEAが必要になる。購入後も装置メーカーとの協業や調整が求められることもある。いったん購入したら装置稼働率を上げることが重要になり、故障解析や統計手法が必要になる。そして正確な取扱説明書を現場技術者、作業者におろさなければならない。

更にまた効率よく工場を運営するにはこのような設備の最適なレイアウトが必要で、そのためには図1の左上のようにプラントの知識も必要になってくる。純水、圧縮空気、バルクガス、特殊ガス、薬品などの供給インフラについても詳しく知らなければならないし、このようなインフラ設備の故障対策、非常時対策も会得する必要がある。特に停電や火災などの災害危機管理は重要である。有毒ガスが逆流するのも防がねばならないし、露光機のように厳しい温度制御管理を要する機器も多い。

 また図1の下の中央のように、現場を動かすのは人であり、その労働環境を整えることや、教育トレーニングも必要である。また現場改善運動も指導しなければならない。現場を知らずして製造中核人材とは言えない。取得するかは別としても、ISO9000sやISO14001の精神の勉強は必須である。

 これだけでは不十分で、図1の左下のように市場調査や技術動向をウォッチし、開発計画を立てる一方で、コストを削減し、ラインの棚卸を削減して財務体質を改善し、その開発費を捻出する必要がある。以上のような要求事項はMEMS現場の技術者に要求される事項と共通することだと思う。そしてここには単に要素技術のみでなく、多くの管理技術が含まれることも一目瞭然であろう。また材料に関しても技術、人材、計画立案が必要であることは言うまでもない。

 現在日本ではこのように訓練された多くの半導体生産技術者、製造技術者が、企業の相次ぐリストラや縮小に直面している。そして成熟産業から成長産業への技術者の流動(参考資料12)や、半導体技術者の他産業への越境(参考資料13)が話題になっている。能力があり余る技術者が新天地で大きく羽ばたく姿も、それはそれで産業活性化につながる。しかし誰もが能力があり余るとは限らず、今までコツコツと築き上げてきた自分の実績、経験、力量を基に半導体に関係する分野で更に励みたいと思う技術者も多いだろう。MEMSは、確かに今は半導体の大河ほどの流れはないだろうが、たとえ川幅が狭くても、また多岐にわたっても、それぞれが奔流となって流れれば産業界も活性化する。そうなって産業界を牽引していくようになれば、日本の半導体技術者も経験を活かして、そのような分野でまだまだ活躍できる上、MEMSの発展にも貢献できると思った次第である。

(謝辞)冒頭記載の研究会にお誘い頂いた江刺正喜教授に感謝する。またこの原稿段階で江刺教授と、セミコンポータル津田建二編集長に査読をしていただいた。合わせ厚く御礼申し上げる。

技術コンサルタント 鴨志田 元孝 2014年1月14日

参考資料
1. 第11回マイクロシステム融合研究会―モバイル、センサネット、材料、産業化―、(2014
年1月9日)、東北大学西澤潤一記念研究センター
http://www.memspc.jp/openseminar/opense56.html
2. 第22回最先端研究会(非公開)、(2014年1月10日)、東北大学工学部機械・知能系共同棟
3. 安海貞二、“アドバンテストコンポーネント(ACI)のMEMS生産技術”、第11回マイクロシステム融合研究会―モバイル、センサネット、材料、産業化―(2014)
4. 例えば鴨志田元孝、“LSI工学”、「第1回TIAナノエレクトロニクス・サマースクール」(2013年8月28日―9月3日)、産業技術総合研究所つくばイノベーションアリーナ推進本部、筑波大学大学院数理物質科学研究科主催、日本工学会後援http://tia-edu.jp/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%80828-93/
5. 中核人材養成としては、例えば鴨志田元孝、“デバイス・プロセス技術総論”、「ナノテク製造中核人材の養成プログラム」(2012年8月30日―9月3日)、産業技術相互研究所ナノエレクトロニクス研究部門主催、つくばコンソーシアム協賛、日本工学会共催
http://www.seed-nt.jp/h22/NE.php
6.鴨志田元孝、“MEMS製造中核人材への期待―半導体生産技術者の経験から”、第11回マイクロシステム融合研究会―モバイル、センサネット、材料、産業化―(2014)
7.J.-C. Eloy, “MEMS市場が2017年に倍増、210億米ドルに“、日経BP Tech-On (2012
年5月30日)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120608/222137/
8.P. Clarke(翻訳田中留美) “2010年のMEMSファウンドリ、トップ20社が明らかに”、EE times (2011年5月27日) http://eetimes.jp/ee/articles/1105/27/news010.html
9.泉谷渉、「期待のMEMSは半導体の1/40の市場規模〜ファンドリ30社がひしめき利益
が出ない」、Semiconportal、2009年6月26日https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/izumiya/090625-mems.html
10.本図は2005年に九州地域産業活性化センターが受託した半導体製造中核人材育成事業
のカリキュラムを討議する会議用に、鴨志田元孝が半導体製造技術者とは何かという
観点でまとめて発表した資料である。その後、見直しを繰り返して、注4、5や、電子
ジャーナル テクニカルセミナなどで使用してきた。
例えばhttp://www.electronicjournal.co.jp/t_seminar/1940.html
11.例えば鴨志田元孝、「改訂版ナノスケール半導体実践工学」(丸善出版センター刊)(2012)
  pp.301-306
12.NHKクローズアップ現代、「実現するか‘失業なき労働移動’”、2013年12月3日放送 http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3441.html
13.「半導体技術者越境のとき」、日経エレクトロニクス 2013年11月11日号 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NED/20130805/296005/


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