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TSMC、Intel、Micronの日本工場新設の真相〜地政学的には米国より我国が優位

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いまや怒り狂っており、目もうつろな米国のトランプ大統領は、民主党のバイデン元副大統領に追撃されている大統領選の状況もあって、中国叩きの路線をさらに強めている。いよいよというか、とうとうというか、5月15日は米国製の製造装置を使った半導体について中国ファーウェイ(華為科技)向けの輸出禁止を発表した。これに促されるようにして、台湾TSMCはファーウェイからの新規受注を停止したのだ。これはある種、大変なことである。

ファーウェイにとってTSMCはもっとも重要な存在である。確かにファーウェイ傘下の設計開発カンパニーであるHiSiliconは、スマートフォンのCPUや5Gの基地局向け半導体などの分野で世界トップクラスの技術を確立しているが、製造委託はTSMCにどっぷり依存してきた。この状況をとらえて、多くのアナリストや評論家は、ファーウェイはスマホおよび5Gの通信基地局向けの生産において大打撃を受ける、と分析している。

しかし、筆者はそう思わない。中国政府自体はSMICに2475億円を出資し、14nmプロセスの生産能力を月産6000枚から同3万4000枚に増産する体制を整えている。また、常に話題になる北京紫光集団の傘下にあるファブレスのUNISOCにも600億円出資を決めている。いずれも米国政府の規制に対応するための措置だ。しかしSMICのプロセスは周回遅れ以上であり、最先端のスマホや5G基地局向けのロジック半導体をTSMC並みに作ることはできない。ただ、多くの人たちが見逃しているのは、Samsungの最先端ロジックプロセスの存在である。

韓国の国策として、SamsungとSK Hynixは超巨大投資を断行することを決めている。いろいろなことが言われているが、ここ数年間で両者ともに10兆円クラスの超大型設備投資を断行する姿勢を固めているのだ。多くは最先端のDRAMやNANDフラッシュメモリーなどを量産するためであるが、Samsungはとりわけ脱メモリの路線から最先端ロジックファンドリの受注拡大を狙っている。

Samsungにとって、台湾TSMCは天敵である。TSMCが中国のファーウェイなどスマホ大手からの受注を止めるのであれば、そこは空席となるわけであり、Samsungが取りに行くのは当たり前のことだ。そしてまたファーウェイは、台湾のMediaTekを使って5G対応のスマホ向け半導体の設計も進めており、着々と脱米国の作戦は走り始めている。

ところで、台湾TSMCは、こうした動きとは別に(編集室注1)、米国のアリゾナ州に1兆3000億円を投じる巨大工場建設をアナウンスした。これは米国の軍需・防衛用半導体の中国流出をブロックするためのものであり、米国政府の要請にTSMCが応じた形になっている。そしてまた、日本の有力なビジネス週刊誌がすっぱ抜いているように、日本国内に巨大工場建設を企図し、用地物色および物件の手当てを検討しているという。何ゆえにそうした動きに出るのか。それはすなわち、米中貿易戦争の激化と合わせて英国、フランス、ドイツの欧州連合が中国製品ボイコットの方向性を強めていることもあり、TSMCの中国にある生産施設拡大が難しい情勢になっているからだろう。

この代替としては、日本工場が一番条件に合うのだ。日本国内の労働者の平均賃金は 全く上がっていない。物価も落ち着いており、土地も安くなっている。十分に日本で作って採算に合うという読みがそこにはある(編集室注2)。一方で、TSMCは東京大学と提携して最先端半導体を開発することに注力し始めた。日本国内発のファブレスが東京大学を中心に広がってくれば、TSMCが日本に工場を作る意味はさらに出てくるのだ。

5G基地局のサーバー向け、およびノートPC向けのCPUが活況を極め、絶好調で業績を拡大しているIntelもまた、日本工場建設の可能性が出てきた(編集室注3)。これまた米国政府の中国に対する規制強化が要因となる。Intelの中国における主力量産工場は大連にあるが、これを拡大することは少し難しい情勢になっている。

そうなれば、代替地はやはり中国に近い日本ということになる。そしてまた見逃せないのは、IntelとMicronは共同して3D-XPointという新型メモリの開発・出荷を拡大する方向にある。この量産地としては、日本国内が適切になるのかもしれない。すでにMicronは、東広島でDRAM量産を進めており、新たに土地を取得し1兆円クラスの投資を行い工場を建設するという噂も出ている(編集室注4)。

とまれこうまれ、米中貿易戦争は米・仏・独・英対中国という図式に拡大する可能性もあるわけであり、皮肉なことではあるが、新型コロナウイルスの大騒動は地政学上有利なポジションにある我が国日本に大いなる利得をもたらす、という可能性も見逃せないところであるのだ。

産業タイムズ 代表取締役社長 泉谷 渉

編集室注1)TSMCは地震などの自然災害やテロ、戦争などのリスクに対して、工場を分散してきた。新竹だけではなく、台中、台南、シンガポール、中国にも工場を稼働してきた。新しい5nmプロセスの工場は、米国政府からの要望が強かったこと、台湾内のファウンドリで米国製製造装置を使う以上、HiSiliconのチップはもはや台湾で作れないこと、の理由で米国進出を決めた。華為の動きと別ではなく、ぴったりとリンクしている。また、MediaTekのチップを製造しても、MediaTekは中国へ輸出される全半導体の内の25%しか輸出できないため、MediaTekの華為向けの製品は限られる。
編集室注2) 半導体製造のコスト分析では、原価に対する人件費比率はわずか5~8%しかない。つまり半導体製造は、人件費の高い国で作ってもさほど差のないビジネスである。
編集室注3) かつてIntelは本気で日本に工場を作ろうと検討した時期があった。2000年前後のことだ。しかし日本政府からは何のインセンティブも提案がなかった。つまり来てほしくなかったのである。Intelはそれ以降、工場に関してはアイルランドの拠点を拡張し続けている。日本の経済産業省は、インセンティブは財務省の管轄だからアンタッチャブルだと語っていた。この縦割り行政でどうやってインセンティブを確保するのか、経産省がよく言っていた「1社のために我々は働かない」という言葉から、外資誘致をどう進めるのか、見守りたい。
編集室注4) セミコンポータルでは昨秋、Micronの広島DRAM工場、シンガポールNAND工場、サンノゼイベントなど取材を続けてきたが、日本に1兆円を投資する考えは全くないと語っていた。また、リスク分散の考え方から、米国や台湾など海外の半導体メーカーは1カ所に多額の投資はしない。Micronは2020年3月21日に中国の西安に、NANDフラッシュとCMOSイメージセンサのための新工場を竣工したばかりである。

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