失われた20年を勝ち抜いた日本の装置2社にエール〜Dan Hutcheson氏講演
久方ぶりにDan Hutcheson氏の講演を聞く機会に恵まれた。彼はVLSI Research社の代表であり、半導体業界の専門家および代弁者として知られている。特に製造装置やプロセスの分析は、ピカイチといわれている人だ。筆者は林一則氏(日本データクエストの元大幹部)の紹介で20年ほど前にHutcheson氏に出会い、もちろんインタビューもさせていただき、さまざまな示唆に富んだ分析で勉強もさせていただいた。
今回は日本半導体製造装置協会(SEAJ)の春季講演会に招かれる形での講演であった。講演タイトルは「失われた20年を勝ち抜いた日本企業の極意」というものであった。具体的には装置大手の東京エレクトロンおよびアドバンテストのサクセスストリーを褒め上げることに始まり、後半では装置業界が特に関心を持つ450mm導入に関連する話となった。
「日本の半導体産業はここ数年で急速にシェアを落とし、残念ながら非常に存在感が薄くなった。しかしながら装置大手のアドバンテストおよび東京エレクトロンはこうしたニッポン半導体冬の時代にあっても確実にシェアを上げてきている。顧客ニーズを先行して取り込んでいくというビジネスモデルが成功したのだ」(Hutcheson氏)。
同氏はこの2社が伸びた背景には日本企業独自の文化が存在すると分析した。欧米を中心とする外国文化は、ひたすら敵をぶっつぶす文化であり、自分さえ儲かればいいというコンセプトが強い。しかしながら日本企業は、ライバル企業の儲けも考えた共存の姿勢を貫いている。また、儲かることを第一義にせず、顧客主導型の経営方針を貫き、「すべてはお客様のために」という方向性が多くのユーザーに評価されたとも示唆する。確かに、戦国時代に上杉謙信が、憎むべき敵である武田信玄にあろうことか塩を送って飢えを助けた、という話もあり、日本人が敵対する存在とも共存していくという方向性が強いことは否定できないだろう。
「また見逃せないのは、ロングレンジでものを考えるという日本的な長期経営スタイルと、短期に決断するというウエスタン的経営の両方を取り込むという柔軟姿勢も、日本企業は備えている。ちなみに、日本の半導体メーカーが急速に衰えてくることを予見し、早期にIntel、Samsung、Hynix、TSMCなどの外国勢にフォーカスする戦略を取ったことは、見事であるといえよう。また、海外現地法人の社員に大胆な権限委譲を行った。現地情報を本社が共有化し、直ちにCEOが判断するというやり方だ。CEOは常に先頭に立ってきたし、日本人以外の従業員を全面的に信用する、という方針を貫いた。不景気に常に備えるビジネスモデルを作り上げ、できうる限りリストラしない経営を行う姿勢は世界が見習うべきだろう」(Hutcheson氏)。
講演の後半部分では今や全世界の半導体設備投資の60%は、Intel、Samsung、TSMCの3社で占められていることを指摘し、次世代の450mmウェーハプロセスを構築できるのはこの3社に絞られたと指摘した。あえていえば、東芝やHynixなど数社には450mmに行く可能性があるが、やはりこの上位3社になるだろうとのことであった。
ところが周知のように、450mmウェーハプロセス構築にもっとも積極的であったIntelが、突然にこの開発を遅らせるとアナウンスし業界を驚かせた。450mmラインはウェーハからのチップの取れ枚数が飛躍的に上がるために生産効率はよく、うまくいけば非常に儲かる。しかしながら、トータルで数兆円という膨大な開発および設備投資がかかるため、投資の回収は20年以上かかるといわれている。Intelはあえて火中の栗を拾うという作戦に出て、Samsung、TSMCに先んじて450mm構築に走ろうとした。ところが、である。
「SamsungおよびTSMCは、450mmウェーハには今のところ行く考えはない、との意思を明らかにしている。つまりは、450mmの大量生産ラインを確実に作り上げる自信がないわけであり、また投資の回収に多くの年月がかかることを気にしている。たしかに、200mmおよび300mmのウェーハプロセスの時代を見ても、一番先に行ったメーカーは開発コストが巨大化し、これを吸収できないという例が多かった」(Hutcheson氏)。
要するにこれは3社総すくみのゲームなのだ。Intelは先に行こうとしたが、SamsungとTSMCは冷たくこれを見ている。これでは装置や材料の価格も安くならない。最先行を宣言したIntelではあるが、今は450mmに行くのをストップさせ、SamsungとTSMCが追いかけてくるのを待っている、という情勢なのだ。この450mmウェーハゲームの行方はどうなるのか、というところに会場の質問は集中した。そこでHutcheson氏は次のように答えたのだ。
「300mmウェーハ移行の時には半導体プレーヤーは非常に多かった。しかし450mmウェーハで戦うプレーヤーの数はせいぜい3~5社だろう。それだけに、お互い先に行くのがいやなのだ。技術とコストの見極めがついてから行きたい、というのが本音だろう。この趨勢で行けば、本格的な450mmウェーハ移行は2020年から2025年のどこかになると思われ、かつての業界予測からははるかに遅れることになる。しかしながら、Intel、Samsung、TSMCのいずれかがまたどこかで一気移行を考えればこの時期は早まるだろう」。
なかなか奥の深い講演であり、装置メーカーを中心とする聴衆も熱心に聞き質問する良い講演会であった。しかしながら筆者は、とりわけ450mmウェーハをめぐる多くの議論の中にそれを使うアプリが本当にあるのか、という疑問が捨て切れなかった。半導体マーケットの構造変化とIT成熟化、さらには新アプリの成長予測などについてもっと活発な議論が聞きたかった。半導体はもはや爆発的成長の時期を過ぎているのだ。マーケット自体の成長が鈍化しているのに、450mmウェーハをひたすら議論してもそこに本質的な業界展望が開けるとはとても思えなかった、というのが筆者の本音である。