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クルマ用半導体は期待ほど伸びない〜新型環境車やシェールガスが与える影響

毎年のことであるが、5月の中旬になると風光明媚で知られる日本三景の一つである松島の温泉旅館にむさくるしい男たちが続々と集まってくる。その男たちとは、国内の主要半導体メーカーのエンジニアや工場長などである。ある半導体関連の商社が主催する会合であるが、非公式に様々な情報交換ができることで参加者が増えている。単なる交流会ではなく、セミナーやパネルディスカッションも開催されるのだ。

そのセミナーの中で国内有数の半導体アナリストとして知られる南川明氏が、壇上で次のように言い切ったときに会衆(えしゅ)の中に少し動揺が広がった。「自動車向け半導体はそれほど伸びない。大きく情勢が変わってきた。過剰な期待はやめたほうがいいと思う」。

筆者は南川氏のこの驚くべきコメントを聞いていて、「ほんの少し前まであなたは、自動車向け半導体は今後、3〜4倍に膨れ上がり爆裂すると言っていたのではないか」というつぶやきの言葉を飲み込んだ。なぜなら、筆者もまたほんの少し前までは自動車向け半導体に大きな期待があるぜぇ、とことあるごとに絶叫していたからだ。もし本当にそうなら、南川氏も筆者も業界から数多くの石つぶてを浴びることになってしまう。ああこわい。おそろしい。

南川氏の主張するところは次のようなものだ。自動車向け半導体はハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、EVというロードマップで進めば、確かに現在の3~4倍まで市場は膨れ上がる。ところが、第3のエコカーともいわれるエンジン車が登場し、少しく流れが変わりつつある。マツダのスカイアクティブという技術がその代表例だ。ハイブリッド車でもないのに、リッター30km走るという超低燃費車を達成してしまったのだ。また、一体にヨーロッパはディーゼルエンジンが大好きであり、バイオディーゼルなどへ移行する向きが多いといわれており、南米ブラジルで一番走っている環境車は、バイオエタノール車である。日産なども第3のエコカーを出しており、通常エンジン車の延命が続くと見る向きが増えてきたのだ。

ハイブリッドからEVへという流れであれば膨大な半導体を必要とするが、こうした低燃費車であればその需要は増えない。ただし、ほとんどのエコカーにはアイドリングストップ機能がつくため、センサやマイコンはかなり増えるだろう、と南川氏は暗くなりつつある会衆に詫びるかのように、そう付け加えたのだ。

一方、筆者はアメリカで一大ブームを起こしつつあるシェールガスについてかなり詳しく調べている。アメリカは、シェールガスのピンポイントでの見つけ方、さらに取り出し方法を技術的に完全に確立したと宣言している。オバマ大統領は、もはや中近東に媚を売る必要はない、アメリカこそがエネルギー大国なのだと、声高に言い始めた。一説によれば、アメリカだけでも100年以上の埋蔵量があり、世界すべてをあわせればシェールガスは200年以上、いや400年以上あるともいわれている。膨大な埋蔵量があるだけでなく、CO2をあまり出さず、石油とほぼ同等のコストであるということを考えれば、世界のエネルギー事情は全く変わってくる。

こうなれば、シェールガスをはじめとする天然ガスエンジン車が増えるのではないかと思い、わが国を代表する自動車メーカーの幹部にこの質問をぶつけてみた。返ってきた答えは、やはり予想通りシェールガスエンジン車の開発が急速に進むだろう、とのことであった。しかしながら、ここ数年間はやはり環境車の本命はハイブリッド車であり、この流れはそう簡単には変わらないだろうともコメントしていた。とまれ、こうしたシェールガス登場のインパクトが、次世代環境車に与える影響は否定できない。つまりは、この理由によっても自動車向け半導体の先行きの高成長予測には疑問符がついてくる。

筆者が所属する半導体産業新聞でも、自動車向け半導体については予測を変えることにはなるな、と思いながら南川氏の発言を聞き続けた。彼は、環境車の流れは変わるものの、安全走行に関する規制はさらに厳しくなり、衝突回避の監視カメラを車の4方向につける義務が生じるかもしれない、とも指摘していた。そうなれば、世界最強のCMOSセンサメーカーであるソニーはボロもうけで、蔵が立つではないかと思ったところで、カンファレンスは終わってしまったのだ。

産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉


編集室注)
自動車用半導体の中でも今最も注目を集めている分野は、電気自動車ではなくアクティブセイフティシステムである。事故を未然に防ぐためのシステムのことを指し、ここに日本と欧州だけではなく、最近は米国の半導体メーカーもどっと押し寄せている。より強固な安全システムに変え、事故を減らすことが自動車用半導体の大きなモチベーションとなっている。モータ制御インバータ用のパワー半導体は自動車用半導体のごく一部であり、EVやPHVから天然ガスやシェールガス利用の内燃機関エンジンのクルマへ、たとえ逆戻りするとしても安全性の強化のためにさまざまな半導体(MEMSセンサ、CMOSセンサ、画像処理プロセッサ、ADC/DAC、小モータ駆動用ドライバ、フラッシュマイコン、グラフィックプロセッサ、通信用IC、パワーマネジメント等きりがない)を使う方向には間違いはない。(文責:津田建二)

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