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ニッポン半導体復活の日は遠いのか〜デジタル化、グローバル化の中で苦戦続く

「昨今の日本の経済状況全体を見れば、まるで70年代に戻っていくかのようだ。そのくらい日本の競争力は落ち込み、全体経済も元気がない。デジタル化、グローバル化の波を捉えきれなかった。」

2011年11月14日に開催された「半導体産業人協会シンポジウム」の中で、うなるように上記のような言葉を吐き出したのはJEITA(電子情報技術産業協会)の半導体デバイス部門を率いる山口純史氏(元ルネサスエレクトロニクス会長)である。山口氏は、80年代に全盛を極めた日本の電機産業および半導体産業の後退の主因をいくつか挙げ、みごとに検証して見せたのだ。つまりは家電、電話をはじめとするエレクトロニクス機器は、かつてアナログの時代にあった。もちろんデジタルもあったわけで、いわばアナデジ混在のカルチャーであった。こうした時代にあっては、メーカーごと、または電子機器ごとに半導体も電子部品もプリント回路もカスタム化されており、ニッポンの得意技であるすり合わせ技術がものを言った。

しかしながら、90年代から急速にはじまったデジタル化の波は、半導体をはじめとするあらゆる電子デバイスを標準化、共通化させてゆく。その流れの中にあっても、日本の電機メーカーはガラパゴスとも言うべき様相を見せ、自社技術にこだわり、日本のやり方に固執した。ガラパゴス化した日本の電機メーカーを主要得意客とする日本の半導体メーカーが、デジタル化時代の初動で遅れたのは当然のことだろう。半導体チップで言えば、日本勢が得意としていたASICが激減し、いまやASSPが80%を占めるという有様なのだ。

グローバル化の波に対しても、大きく立ち遅れた。IHSアイ・サプライジャパンの南川明副社長は、このシンポジウムにパネラーとして出席していたが、次のように鋭い発言をしている。「ITを買える新興国の中間所得層の人口は、2000年段階においてワールドワイドで6億人であった。しかし2010年には16億人に拡大し、2020年には30億人になると言われている。こうした状況下で日本の電気製品および半導体はマッチングしていない。要するに、この新興国のニーズを捉えきっていないのだ」。

この発言をもう少し噛み砕いて言えば、低所得の人たちに対するそこそこの価格、そこそこの機能を持った製品を日本は開発できていない。一方で、超高所得者層にフォーカスした高価格、最高品質のものを供給しているかといえばそうでもない。つまりは中途半端なのだ。躍進目覚ましいサムスンは、この間隙を狙って大成功した。つまり、日本製品それほど高くなく、かといって中国製品より安くはない。ある程度の品質と機能を揃え、かつデザインも素晴らしいとあっては日本勢がかなうわけもないのだ。

結果としていまや日本勢がトップシェアまたは2〜3番手のシェアを持つ製品は、えらく限られてしまった。それらはソニーが得意とする高機能CMOSセンサー、三菱電機がトップシェアを持つパワーIGBT、ルネサスが43%のシェアを持つ自動車向けマイコン、東芝が数量で世界一のNANDフラッシュメモリー、そしてエルピーダのDRAMなど、数えられるほどに少なくなってしまった。

半導体デバイスのを使うデジタル製品についても凋落は著しい。一例を挙げれば、テレビの世界シェアは2002年段階で日本勢が77%を握っていたが、2010年に至ってなんと28%まで一気に凋落する。とにもかくにもこれでは勝てない。

このシンポジウムにおいて、さまざまな意見が交換されたものの、どうやってニッポン半導体が再び抜け出すかという議論については、確たる結論が出なかった。しかしながら、ほんのり見えてくるものもあるのだ。それは、ITという成熟分野で戦う限り、日本勢が再び頂点に返り咲くことはないということだ。やはり焦点となるのは、今後の半導体の新アプリとして期待される環境エネルギー、医療産業、ロボットなどの分野で、最先行する技術と量産体制を整えることがやはり重要だろうとの指摘が多くの人からなされていた。

産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉
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