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半導体産業における「風を読む」I

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「風を読む」。この言葉を最も耳にするのは、ゴルフである。ボールをショットする前、多くのプレイヤーが狙う位置にボールが行くことを求めて(あるいは期待して)、「風そのものは見えないが、周辺環境の変化から風の吹く方向と強さを想定する」。

半導体、半導体製造装置などに関連する業界で生きる私達も日々、市場動向においてどのような風がどのように吹いているのかを、少しでも早くかつ的確に把握することが求められている。

現在、半導体産業の市場動向に関する情報はいろいろな調査会社・メディア等から発行され、溢れるほどある。これらの情報を参照し、自分自身で半導体産業の風を読もうとしても、「風の読み方」そのものは公開されていないため、自分自身で感じることにどうしても疎くなりがちなのではないだろうか。しかしながらゴルフにおいて「周辺環境の変化から風を読む」のと同様、半導体産業においても意外と身近なデータを使用し、目で見える形として「風の流れ」を感じることができる。具体例の一つとして半導体と同じく、「産業のコメ」と呼ばれていた鉄鋼ビジネスとの相関関係を紹介しよう。


粗鋼生産と半導体生産の比較

図1 粗鋼生産と半導体生産の比較


図1は、鉄鋼業における国際的な業界団体である世界鉄鋼協会(World Steel Association-WSA)が公表している、粗鋼生産量と半導体市場(WSTSデータ)を2000〜2010年間に渡り図示化したもの。主要地域における粗鋼生産量を棒グラフ、半導体市場を折れ線グラフで表している。お互いに 「産業のコメ」と比喩されるように、ほぼ同様な市場動向にあることが理解できる。

粗鋼生産市場は実態に近いと仮定し、市場動向の基準におくと、2000年の半導体市場は供給過剰気味であったと想定され、2001〜2002年はその反動として、実態に対し過剰にマイナス方向になっていたと理解できる。このように考えると、今年2010年は2009年の反動から、若干供給過剰気味となっている可能性があるともいえる。加えて、図1の着目すべき点は、粗鋼生産市場の成長がほぼ中国の成長によって実現されていることであり、世界の産業における現在の中国のポジションや影響力を象徴しているともいえる。図2は 図1と同じデータを四半期ベースで示したものであり、半導体市場のボトムは2009年第1四半期だったが、実態に対し過剰にマイナス方向にあったと理解している。図3も四半期ベースだが、前年同期比の形で示した。前年同期比で示すことにより、半導体産業と粗鋼生産産業が伴に “産業のコメ”と呼ばれている仲間であることをより一層理解しやすく見える。


四半期ごとの比較

図2 四半期ごとの比較

成長率の比較

図3 成長率の比較

図4は、年ベースの図1と四半期ベースの図2と同じデータを月ベースで直近の状況を示したもの。粗鋼生産市場では、本年5月をピークとして欧州・中国市場を中心として減少傾向を見せている。欧州市場は欧洲と米国の両方の景気が減速している懸念があり、中国は中国内での上半期における供給過剰に対する粗鋼減産が背景となっており、この中国における粗鋼減産が、粗鋼生産市場では半導体市場より一歩先に影を見せている要因となっている。


月ごとの比較

図4 月ごとの比較


図5は、半導体および粗鋼生産における稼働率を示している。粗鋼生産の稼働率は図4に示す生産量のピークよりさらに1ヵ月早い4月にピークを示している。半導体市場における稼働率を示すデータとしてSICAS(Semiconductor International Capacity Statistics)が主に参照されるが、SICAS は四半期ベースでしか公表されないためデータが公表された時には既に、次の変化の中にいたというようなジレンマに悩まされているのではないだろうか。

図稼働率の比較

図5 稼働率の比較


粗鋼生産市場が半導体市場よりも一歩先に読めると述べたのは次のような理由による。一つは、SICASの四半期ベースに対し、粗鋼生産における稼働率データは月ベースで公表されることであり、もう一つはSICASでは対象実績期間の2ヵ月後に実績値が公表されるのに対し、WSAでは対象実績月の翌月に実績値が発表されるためである。具体的にはSICASの場合、7-9月の実績値は11月に公表されるのに対し、WSAでは10月の実績値が11月に公表されデータの鮮度が大きく異なっている。さらに、半導体産業は2000年のバブル景気状態を経過した後、市場の変化に対しある意味過敏に反応しながら、かつ短納期で成長してきた。

一方の粗鋼産業は重厚長大と比喩されるが、これは最終需要先が建設、自動車、船舶と、半導体産業の最終需要先であるパソコン、携帯電話などと比較し、計画から出荷までの期間が長いものを対象としているため市場に対しより早く舵を切らなければならず、このことが産業の変化に対する「風の流れ」を一歩先に表してくれているのではないだろうか。

先に述べたように、半導体と鉄鋼ビジネスが同じ「産業のコメ」として同様な市場動向の中で動いていると考えれば、粗鋼生産の稼働率データは、半導体産業の一歩先の「風を読む」という有益な参照データになりえるだろう。

次回以降も、半導体産業におけるさまざまな形をした「風を読む」手法を「Inoue Formula」として紹介してゆきたいと考えている。フランス発祥の洋菓子の一つにミルフィーユ(千枚の葉、mille;千、feuille;葉)がある。このミルフィーユのおいしさは、パリパリとした食感であり、このおいしさを作るために小麦粉から作った生地を幾重にも重ねることが重要な要素となっている。市場分析においても精度の高い市場分析を求めるためには、思考を幾重にも重ね、種々のデータを比較、検証することにより思わぬミスや勘違いを防ぐことができ、おいしい(有益な)結果が得られる点で共通している。 

次に、「2011年半導体・半導体製造装置に対する風の読みは?」という関心を当然持たれると思うが、 この点についても触れていく予定をしており、いくつかの「風を読む」「Inoue Formula」を紹介した後、2011年の市場見通しを述べてゆく。

世界鉄鋼協会(World Steel Association) ホームページ
http://www.worldsteel.org

井上 文雄 アナリスト

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