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ITF World 2025:AIが主導するDXの基盤を半導体が築く

ベルギーの独立系最先端半導体・デジタル技術研究機関であるimecは、去る5月下旬にベルギー・アントワープで年次イベント「imec Technology Forum (ITF) World 2025」 を開催し、世界中から2000人を超える人々が参集した。今年のテーマは「Setting the stage for AI-driven digital transformation(AIが主導するデジタルトランスフォーメーション(DX)の基盤を築く)だった。今回のフォーラムでは、世界中の主要半導体・IT企業の幹部が次々登壇し、AIに関する各社の展望を披露した。

AIの発展に半導体技術が追い付かない
フォーラムの冒頭でimec社長兼CEOのLuc Van den hoe氏が「It’s time to future-proof our prosperity by superfueling innovation, enabling next-gen AI(イノベーションを加速し、次世代 AI を可能にすることで、私たちの繁栄を未来につなげるときが来た)」と題して講演した(図1)。


It’s time to future-proof our prosperity by superfueling innovation, enabling next-gen AI / ITF World 2025

図1 基調講演するimec CEO兼社長のLuc Van den hove氏 筆者撮影


同氏はまずAIの進展に関して、「AIは驚異的なスピードで進化しており、ほぼ毎月のように主要なモデルとそのアップデートがリリースされている。これらのモデルが大規模言語モデルから高度な推論機能を備えた次世代AIへと進化するにつれ、コンピューティングシステムは異種ワークロードを高性能かつ持続可能な方法で処理することに苦戦している。AIに最適化された新しいコンピューティングアーキテクチャとそれを支える半導体技術の開発には、アルゴリズムの開発よりもはるかに多くの時間がかかる」と述べ、AIの進歩を阻害するボトルネックを防ぐためには、コンピューティングアーキテクチャと半導体技術プラットフォームを刷新する必要があることを強調した。

Van den hove氏は、「トランジスタ密度、消費電力、メモリ容量といった先端ロジックの課題の増大に対応するとともに、柔軟で汎用性の高いテクノロジープラットフォームに実装された、柔軟で汎用性の高いコンピューティングアーキテクチャが必要である」ことを実例を挙げながら強調した。最後に、同氏は「人類を変革するイノベーションは、半導体産業のイノベーションのスピードにかかっている。今こそ、イノベーションのエンジンを強化し、未来を見据えた繁栄を築く時である」と話を結んだ。


いよいよAIエージェントの夜明け
以前は米Nvidia のインフラストラクチャ担当副社長として同社の自動運転AI開発プラットフォームであるMaglevを開発し、現在は英Google DeepMind(米AlphabetのAI開発子会社)の研究開発副社長としてAIプラットフォーム開発を陣頭指揮するClement Farabet氏が、「AI エージェントの夜明け」と題して講演した(図2)。AIエ−ジェントとは、人間の介入なしに特定のタスクを実行する自立型インテリジェント・システムを指す。


The Dawn of AI Agents / ITF World 2025

図2 Clement Farabet氏の講演タイトル 出典:ITF World 2025資料


まず、Farabet氏は、「AIは歴史上最も優れた発明のひとつである」とし、生成AI(ChatGPT)は一般的な大人と同等以上の能力を持っており、今後2〜3年以内に高度人材の半分程度の能力を備えたAIが登場する」との見通しを述べた。

今後のAIには、環境適応性・創造性・有用性・具現性(embodied=デジタル空間ではなく現実社会の人間や環境と直接やり取りできること)・自律性が重要になるという。次世代AIは、環境への適応を大きな特長として、周囲の状況を視覚・聴覚的にリアルタイムに認識しつつ人間と対話したり、物理的な作業を支援したりするような身体性を持つエージェントベースのAI になると指摘した。


AIがアクセラレーティド・コンピューティングと融合
次に、米Nvidia先端技術担当副社長のVivek Singh氏が「コンピューティングの未来は加速している」と題して講演した(図3)。同氏は、まず「AIとアクセラレーティド・コンピュ―ティング(専用のハードウエアを用いて特定の演算を高速化すること)の融合は、未来を再定義することになる」というNvidia 創業者兼CEOの言葉を引用し、未来は大きく変わることを示唆した(図4)。

The Future of Computing is Accelerated / ITF World 2025

図3 「コンピューティングの未来は加速する」と題して講演するNvidiaのVivek Singh氏 著者撮影


The Future of Computing is Accelerated - Jensen Huang / ITF World 2025

図4 Nvidia創業者兼CEOの言葉 出典:ITF World 2025資料


同氏は、半導体プロセッサ1個に搭載されるトランジスタ数の過去50年余りの推移を示し、トランジスタ数が指数関数的に増加していると述べた。CPUのコンピューティング性能は、2010年ごろから飽和傾向にある。GPUを採用することによりコンピューティング性能は、従来の毎年5割増加のペースを取り戻し、2030年にはGPUによるコンピューティング性能はCPUに比べて1000倍になる見込みであるとした。同氏はGPUによりAI開発が著しく加速することを強調した。


Billions of transistors on a chip / ITF World 2025

図5 半導体チップ1個に搭載されるトランジスタ数の推移:緑丸はNvidiaのGPU 製品を示す 出典:ITF World 2025資料


Accelerated computing is taking over / ITF World 2025

図6 GPUによりコンピューティング性能は急加速 出典:ITF World 2025資料


同氏は、アクセラレーティドコンピューティング(AC)が最先端半導体製造に大いに寄与しようとしていることをTSMCとのプロセス開発協業の実例を示して説明した。

半導体チップ製造は年々複雑化しており、継続的なスケーリングへの強い熱意を弱めており、この問題の解決策には、多くの場合、半導体ファブ内の複数のモジュールにわたる、より正確なモデリングと複雑な最適化戦略が必要となっている。ACは、これらの計算に必要なコストとエネルギーを大幅に削減することで、この問題の解決を支援し、これまでは法外だった手法と精度を可能にする。さらに、物理世界を記述する能力が劇的に向上したAI手法は、半導体ファブにおける長年の問題に新しいツールボックスで取り組むための扉を開く。ACとAIが最先端のファブで生産の効率アップに活用されつつあるという。


メモリとストレージがAI革命を解き放つ
米Micron TechnologyのEVP兼CTOのスコット・デボア氏は「メモリとストレージがAI革命を解き放つ」と題して講演した。

AIは急速に普及し、様々な業界で広く採用され、複雑な問題へのアプローチ方法に革命をもたらしている。AIアプリケーションがより高度化するにつれ、高性能コンピューティング(HPC)におけるメモリとストレージの役割はますます重要になってきていることを同氏は強調した。データセンターからインテリジェントエッジに至るまで、メモリはAIの潜在能力を解き放つ上で重要な役割を果たしている。

AIワークロードは効率的なデータ処理を必要としており、導入を加速しユーザーエクスペリエンスを向上させるために、メモリ階層の再構築と最適化が不可欠である。DRAMはリアルタイム処理に必要な速度を提供し、NANDは大容量で電力効率の高いストレージソリューションを提供する。高帯域幅メモリ(HBM)は、処理速度とデータ転送速度のギャップを埋め、シームレスなパフォーマンスを実現している。ソリッドステートドライブ(SSD)は、ビット単価を低く抑えながら高性能なストレージ層を提供し、総所有コスト(TCO)を抑えながら大容量を実現している。これらのメモリ製品を組み合わせることで、大規模言語モデル(LLM)の大規模な導入が可能になる。

同氏は「AIの潜在能力を最大限に引き出すには、メモリ性能、帯域幅、そして電力効率における更なるイノベーションが不可欠である。高度なメモリソリューションを最適化することで、AIアプリケーションに必要な高性能を実現し、この分野における画期的な開発への道を切り開くことができる」と結論付けた。

国際技術ジャーナリスト 服部 毅
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