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新CEOはIntelを復興できるのか、それともTSMCの助けを借りるのか

米Intelは、業績不振で昨年12月1日に事実上解任したパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)CEOの後任としてマレ―シア生まれのリップ・ブー・タン(Lip-Bu Tan)氏が去る3月18日就任した。半導体設計自動化ツールサプライヤのCadence Design SystemsのCEOを長年務め、2022年にIntel取締役に就任したが、ゲルシンガー氏と経営戦略上の対立で24年8月に依願退任した人物である。2020年6月から2年間、孫正義氏の誘いでソフトバンクの社外取締役も務めていた。

Lip-Bu Tan, CEO, Intel / Intel Corp.

図1 IntelのCEOに就任したリップ・ブー・タン氏 出典:Intel Corp.


インテルは、世界中からCEO適任者を探すと言っていたが、収益低下、開発低迷、製造赤字、多額負債に悩まされている同社の経営を引き受けてくれる適任者は見いだせず、結局、元Intel社員だったゲルシンガー氏のCEO就任の場合と同様、経営トップとの確執で去っていった元役員を年俸6900万ドル(約100億円)、賞与最大200%という巨額の報酬を示して引き戻した。


AI分野への注力とファウンドリ事業の復興が最優先

同氏は、以前からIntelの官僚的な組織が意思決定を遅らせる主な要因になっていると考えており、過剰で非効率な中間管理職をリストラして風通しを良くする計画だという。ゲルシンガー前CEOは、昨年、世界中ですでに1万5千人を超える人材のリストラを実施しているが、これでは不十分とばかりにさらに人材削減するとなると、過去のリストラでも経験したことではあるが、技術開発がさらに遅れてしまいそうだ。

タン氏はCEO就任に当たり、ライバルのNvidiaに大きく出遅れた人工知能(AI)分野への注力とともに複数の新たな顧客を確保することで半導体製造受託事業の復興を優先事項として挙げている。

タン氏は、CEO就任にあたり社員にあてたメールに、「我々は力を合わせて、Intelを世界クラスの半導体製品サプライヤとしての地位に回復させ、世界クラスのファウンドリとしての地位を確立し、かつてないほどお客様に喜んでいただけるよう努力する」と書いている。同氏は、「設計」と「製造」の両方を同時に自力で強化することを目指すように見える。しかし、これらはすぐには簡単に実現できそうにはなく、投資家が果たして何年も辛抱強く待ってくれるだろうか。


トランプ政権がTSMCにIntel製造支援要請

一方、トランプ政権は、台湾積体電路製造(TSMC)に同社米国法人への1千億ドル規模の追加投資とともに、経営危機のインテルにも出資し、同社工場を高歩留まりで効率よく運営する合弁会社を設立するように要請しているが、買収は認めないという。日本製鉄のUSスチール投資奨励・買収不許可と同じパターンだ。そこでTSMCは、合弁会社の持ち分を50%以下にするため、密かにNvidia, AMD、Broadcomなどの米国半導体企業に共同出資を持ち掛けているとシリコンバレー界隈でうわさされている。

米国政府は米国半導体製造復権の象徴として、開発遅れと低歩留まりがうわさされるインテルの半導体工場の効率的な運営を推進しようとしているが、民間のIC設計企業はインテルの設計部門買収には興味があるにしても、製造への参画には乗り気ではなさそうだ。まるで国策ラピダスを推進する日本政府(経済産業省)と追加の高額出資を渋っている日本企業の関係に似ていると言えなくもない。

なお、トランプ大統領は、前バイデン大統領が注力してきた米国の半導体製造強化のための補助金支給のCHIPS法について、「バイデンが税金を無駄使いした最悪の法律(horrible act)」として厳しく批判し、連邦議会にCHIPS法を廃止するよう働きかけを行っている。Intelは、オハイオ工場の建設を5年遅らせており、すでに決まっている補助金が果たして支給されるかどうか微妙である(注1)(参考資料1)。

タン氏は大赤字の工場運営を自力で続行し黒字化するのか、それともTSMCにゆだねるのか、決断が迫られている。

(なお、本稿は2025年3月25日時点の最新情報に基づいているが、事態は流動的であり、その後大きく変化する可能性がある。)

注釈
1. CHIPS 法による補助金支給組織はリストラ対象
トランプ政権下で、イーロン・マスク氏の率いる政府効率化省は、CHIPS 法に基づき半導体製造補助金の管理と支給を担当する国立標準技術研究機関(NIST)のリストラを始めており、多数の解雇者の中にCHIPS法担当者42名が含まれている。このため、同機関のCHIPS for America事務局の機能はマヒしてしまい、補助金支給発表は去る1月17日のバイデン政権最終日の駆け込み発表を最後に、2カ月以上にわたり行われていない。トランプ大統領に、CHIPS法を廃止したり、すでに決まった補助金を無条件に差し止める権限はないため、連邦議会にCHIPS法廃止を働きかけるとともに、CHIPS法関連部署をリストラするよう指示している。CHIPS補助金は、工場建設や労働者雇用の進捗に応じて節目ごとに支払われるため、商務省に提出積みの計画通りに工場建設や稼働がされず、決められた雇用が創出されない場合には、契約違反として補助金支給の見直しや中止もありうる。

参考資料
1. 服部毅、「トランプ大統領がCHIPS法の廃止を主張、動揺する韓国と問題視しない台湾」、マイナビニュースTECH+、(2025/03/06)

Hattori Consulting International代表/国際技術ジャーナリスト 服部毅
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