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米中両国の半導体工業会が米政府の対中輸出規制品目追加に事実上反対の声明

前回、日米蘭各国の半導体製造装置の対中輸出規制についてとりあげたので(参考資料1)、今回は半導体デバイスの輸出規制についての話題を紹介しよう。

米IntelのCEOであるゲルシンガー氏は、7月10日の週にひそかに中国を訪問し、自社のCPUの中国本土への拡販や現地企業とのシステム開発協業の打ち合わせを行った(参考資料2)。そして、米国帰国直後の7月17日(米国時間)にQualcommやNvidiaのCEOとともにワシントンD.C.に赴いて、複数の米国政府高官と会合を開き、米国政府が新たな対中半導体規制の強化として検討している品目追加について懸念を表明した模様である。

会合には政府からブリンケン国務長官のほか、レモンド商務長官、ブレイナード国家経済会議(National Economic Council: NEC)委員長、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)なども出席した模様だが、会合の内容に関しては、参加者リストを含めて一切公表されていない。会合に参加されたとされる企業側からもコメントは出されていない。漏れ伝わるところによると、会合では、米国政府が対中半導体輸出規制の強化として、今のところ規制されていない演算速度の遅いAIチップまで含めることを検討しており、それに対して各社のCEOが懸念を表明し、米国の半導体企業が世界最大の消費地である中国市場から締め出されないよう配慮することを求めたとみられる。


米国半導体工業会が米国政府の対中輸出規制に懸念の声明発表

この会合に呼応する形で米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association:SIA)が7月17日付けで「米国政府による対中半導体輸出規制の追加措置の可能性」に関する懸念を表明する、以下のような声明文を公表した(参考資料3)。そこには、米国政府が過度な規制を適用する前に対話での解決を模索することが示されている。

「半導体業界がコモディティ半導体の世界最大の商業地である中国市場に継続的にアクセスできるようにすることは重要である。しかし、過度に広範かつ曖昧で、時には一方的な制限を課す措置を繰り返すことは、米国の半導体産業の競争力を低下させ、サプライチェーンを混乱させ、市場に重大な不確実性を引き起こし、中国による継続的な報復をエスカレートさせる危険がある。私たちは両国政府に対し、緊張を緩和し、これ以上緊張を高めるのではなく、対話を通じて解決策を模索するよう求める。そして我々は政府に対し、産業界や専門家と連携して現在および潜在的な制限の影響を評価し、制限が限定的で明確に定義され、一貫して適用され、同盟国と完全に調整されているかどうかを判断するまで、さらなる制限を控えるよう要請する」。

なお、SIAによるこの声明に対して、米国家安全保障会議(NSC)は「我々の制裁措置は国家安全保障に影響を及ぼす技術に焦点を合わせるよう慎重に調整されており、米国と同盟国の技術が我々の国家安全保障を弱めるのに使われないよう設計されたものである」との談話を発表した。さらには、バイデン米大統領が早ければ8月中旬にも半導体はじめ重点技術の対中国投資をさらに制限する大統領令に署名する可能性があるとの情報がワシントンから流れている。米国半導体工業会は、加盟半導体企業とともに、かねがね自由貿易による公平な国際競争を主張しており、米国の半導体産業を衰退させかねない米国政府の政策との溝は深まるばかりだ。


中国の半導体工業会も同様な声明

中国の半導体工業会にあたる中国半導体行業協会(CSIA)は、7月17日の米国半導体工業会(SIA)による上述の声明に呼応する形で7月19日に「半導体産業の世界的な発展の維持に関するCSIA声明」を中国語と英語の両方で発表した。

CSIA Statement on maintaining the global development of the semiconductor industry / CSIA

CSIAの声明文は次のような内容である(参考資料4)。

「最近のメディア報道によると、米国の大手半導体企業のリーダーたちが、中国に対する貿易制限の拡大を回避し、国際協力を促進するよう米国政府を説得しようとしていることが判明した。米国半導体工業会(SIA)もまた、米国政府による対中半導体輸出規制にさらに制限を追加する可能性に関して懸念する声明を発表し、米国政府の通商政策決定の方向性に対する米国半導体業界のリーダーらの懸念を反映した。

何十年にもわたって、半導体産業は主要な国と地域間の協力のおかげで常に革新と繁栄を続けることができ、グローバル化の見本となっている。中国本土は、世界ベースで80%以上を占める巨大な市場を世界中の貿易相手国に提供している。このような市場の存在は、長年にわたって電子製品や情報製品の世界的な供給の発展を支え、開発途上国を含む世界中の人々の幸福に重要な貢献をしている。

現在の世界的なサプライチェーンは、過去数十年にわたってグローバル化とともに発展してきたが、このサプライチェーンに何らかの障害が発生すれば、世界経済に不可避かつ取り返しのつかない損害をもたらす可能性がある。このような損害は、半導体の世界的なサプライチェーンの分断につながるだけでなく、世界市場の健全性と世界経済の繁栄を危険にさらす可能性がある。ここ数年、米国政府は貿易を制限し、半導体の世界的なサプライチェーンの安定を混乱させる一連の措置を講じてきた。その結果、世界の消費者の利益が損なわれ、米国の半導体産業の競争力が脅かされ、半導体産業のグローバル化が脅かされる可能性がある。これらは、米国の半導体業界を含む世界中で共通の懸念を引き起こした。中国の半導体産業はグローバル化に根ざし、グローバル化によって発展してきた。私たちはオープンな協力を歓迎し、半導体産業のグローバル化を守り、業界における国際協力を促進するために政府や当局を支援するために、私たちの業界と協力する意欲のあるすべての国や地域と協力していく」。


CSIAは、米国政府の対中半導体輸出規制のエスカレートは、半導体の世界的なサプライチェーンの分断につながるだけでなく、世界市場の健全性と世界経済の繁栄を危険にさらす可能性があることを指摘し、半導体産業のグローバル化を守り、業界における国際協力を促進するために協力することを呼びかけている。中国としては、珍しく利権ごり押しの主張ではなく、世界に共感を呼ぶ正論であり、この点で米SIAも中CSIAも珍しく意見がほぼ一致している。WTO協定の例外条項である国家安全保障上の懸念や人権問題を口実にして輸出規制をさらにエスカレートさせるのは避けるべきだろう。コストミニマムにより半導体産業が健全に発展するためにも、世界中の半導体産業関係者が一致団結してグローバルなサプライチェーンと自由貿易を守る活動を展開することを祈念したい。

参考資料
1. 服部毅、「対中半導体装置輸出規制に対する中国政府の報復に日本は対処できるのか?」、セミコンポータル (2023/07/25)
2. 服部毅、「IntelのGelsinger CEOが訪中、H3CのCEOらと提携拡大を模索」、マイナビニュースTECH+ (2023/07/18)
3. "SIA Statement on Potential Additional Government Restrictions on Semiconductors", SIAプレスリリース (2023/07/17)
4. "CSIA Statement on maintaining the global development of the semiconductor industry", CSIAプレスリリース(2023/07/19)

国際技術ジャーナリスト 服部毅

編集注
「Chip War(邦訳:半導体戦争)」を執筆して米国の視点からみた世界の半導体の歴史を描いた、米タフツ大学のChris Miller教授は、最近の講演の中で、ここ数年、半導体は防衛用途と民間用途のデュアルユースになってきたことが半導体の政治問題の要因の一つだとして、「先端技術は輸出を制限し成熟技術は輸出を推進すべき」と述べている。そして、輸出規制は、サプライチェーンが変わることを理解することが重要、と語っている。さらに「Appleが製品の組み立て作業を、たとえ中国からインドに移すとしても、様々な部品メーカーが関わっているため完全なデカップリングは起きにくい。リショアリング(製造業の国内回帰)の議論も出てきているが、電子産業はこれからも国際的なカップリング、すなわち国際的なサプライチェーンは続くだろう、と見ている。

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