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「ムーアの法則」秘話:Gordon Moore死すともムーアの法則は死せず

米Intelは、3月24日(米国時間)、同社の共同創設者で、「ムーアの法則」の提唱者として知られるGordon Moore氏が94 才で亡くなったと発表した。その日のうちに世界中の半導体関係者から哀悼の辞が多数寄せられた(参考資料1)。

Gordon Moore氏 / Intel Corp.

図1 Gordon Moore氏 出典:Intel Corp.


ベルギーimecは、2016年に同国アントワープで開催した年次技術イベントでMoore氏に「Lifetime of Innovation Award」を授与した。その時にMoore氏自身が1965年に提唱したいわゆる「Mooreの法則」について回想している(参考資料2)。そこで取り上げられた「ムーアの法則」秘話を紹介する前に、過去60年にわたり集積回路産業発展の原動力となったこの法則をおさらいしておこう(なお、「ムーアの法則」に関する詳しい解説については、参考資料3参照)。


集積回路にもっとトランジスタを詰め込んで電気製品を安くしたい

Moore氏は、1965年に「Electronics(当時、米国McGrow-Hill社が発行していた商業雑誌)」の依頼で同誌の「創刊35周年記念(電子産業の未来予測特集)号」のために「Cramming more components onto integrated circuits (集積回路にもっと部品を詰め込む、図2)」(参考資料3)という記事を執筆したが、そこに掲載された図面(図3)がずっと後になって人々から「ムーアの法則」と呼ばれる経験則提唱の原点となった。


図2 Moore氏が1965年にElectronics誌に執筆した記事のタイトルと導入文


図3 集積回路に搭載される部品点数の変遷(1962〜1965年)を外装した予測直線 (図2の記事に掲載されている図面) 


1965年の時点で、当時IC誕生後わずか3年で得られた、わずか4種類のICの部品点数をプロットしたに過ぎないが、これを外装して、1975年には65000個の部品が搭載されることを予測している。なぜ1975年について言及したかというと、雑誌社からの依頼が「10年後の電子産業予測」だったからである。

図3で1959年の0(log目盛)とは、部品点数1に相当するデバイス、つまり単体トランジスタを指す。当時は、単体トランジスタさえあれば高価なICは不要とする意見が主流をしめていたので、FairchildのIC開発責任者だったムーア氏はICが将来有望なことを宣伝して、後に「ムーアの法則」と呼ばれる経験則をIC拡販のために提唱したようだ。

実は、Moore氏自身としては、ムーアの法則について、「産業界にそれほど影響を及ぼすとはと思っていなかった」。「半導体産業に集積回路が登場してから3年後の1965年の時点で、過去5年間の傾向として『集積回路の搭載部品数が毎年倍増しているというパターン』を観察したに過ぎません」と謙虚な言い回しに加え、「この法則がなかったとしても集積回路の進歩のペースが遅くなったとは思いません。1965年当時、半導体産業は成長を始めていましたから、ムーアの法則があろうが無かろうが、成長をしていったことでしょう」と、自身が何もしなくても集積回路の進歩は止まらなかったと述べていた。

IntelはMoore氏の追悼文のなかで、彼自身の言葉として「私がやろうとしていたのは、チップにもっと多くの部品を搭載することで、これによりすべての電子機器を安くするというメッセージを世間に伝えたいだけだった」と後年語っていたというエピソードを紹介している。実は、その記事には、「ハンディホームコンピュータ」(当時としては未来の空想の製品)の宣伝販売の会場で販売員の口上を様々な職種の人々が聞き入っている漫画が添えられていたが、将来、ICが普及したらこうなるとズバリ言い当てていて興味深い。


「ムーアの法則」はいつまで続くかわからない

半導体業界を長年にわたって牽引してきたムーアの法則はいつまでその効力を発揮するのか。この手の質問は、長年にわたって同氏に幾度となく投げかけられてきた質問であり、その答えはこれまでと同じように、「こんなに長く続くとは思ってもいませんでした。とうの昔に破たん(Collapse)すると思っていましたから。だから、今後いつまで続くか私にはわかりません。新しい技術ノードになればなるほど困難さが増しているようですから」と答えている。さらに「ムーアの法則がいつ終焉を迎えても驚きませんが、乗り越えることが困難に見える壁に立ち向かい続けている技術者たちの奮闘には感銘を受けています」と、現在も半導体業界を牽引する半導体技術者たちに向けた想いを語っていた。


未来予測は難しいが未来に期待する

また、これまでの半導体技術の進歩そのものを振り返り、「これほどまでに早い速度、かつ長期間にわたって進歩を続けてきたほかの分野は見たことがありません。高性能かつ高信頼性のものを造ることと小さく安く造ることがトレードオフではないと言うことは素晴らしいと思います」としたほか、「過去、自分がどのような未来に向けた予測をしていたかを振り返ってみると、まったく正しい予測はできていませんでした。PCの出現もインターネットの出現も、そのほか多くのモノの出現も予測できていませんでした。それだけ未来を予測することは難しいのです。ただ、言えることは、ますますインテリジェントな環境が実現することを期待するということです」と未来の半導体業界に向けた希望も語った。

同氏は、晩年、「Mooreの法則」に従って猛スピードで進歩を続ける半導体分野から離れて、温暖な気候のハワイで静かに余生を送っていた。昨年、東京で開催されたimecの年次技術イベント「imec Technology Forum 2023 Japan」で同社社長のLuc Van den hove氏は「Moore's law will not stop (ムーアの法則はこれからも終焉しない)」と繰り返し述べて、そのために「imecは今後とも全力を尽くす」と力強く語っていた(参考資料4)。同社は、すでに2036年にいたる半導体ロードマップを発表している。

参考資料
1. 服部毅、「Intel共同創業者ゴードン・ムーア氏の死去に半導体業界からの追悼が相次ぐ」、マイナビニュースTECH+ (2023/03/27)
2. 服部毅、「ゴードン・ムーア自らが語った『ムーアの法則』が終わるとき」、マイナビニュースTECH+ (2016/05/31)
3. Gordon Moore, “Cramming more components onto integrated circuits”, Electronics, Vol.38, No.8, April 19 1965, pp.14-16(のちにProceeding of the IEEE 1998年1月号に転載された)
4. 服部毅、「『ムーアの法則は今後も終焉しない』、imec社長が主張」、マイナビニュースTECH+ (2022/11/10)

国際技術ジャーナリスト 服部毅

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