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EUV露光装置の日本国内設置に高圧ガス保安法のカベ?

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先端半導体開発および製造に必須のEUV露光技術は、ロジックデバイスについては、台TSMC、韓Samsungともに7nmプロセスから、DRAMに関しては、Samsung、韓SK hynixとも10-nm台の4世代目にあたる1α(あるいは1Aとも呼ばれる。最小線幅15nm前後といわれている)DRAMから採用を始めている。

一方、米Micron Technology は、日本法人のマイクロンメモリジャパン広島工場で世界に先駆けて生産が始まった1β DRAMではEUV露光技術の採用を見送り、技術が確立している成熟技術である液浸ArFリソグラフィを用いたマルチパターニングの微細化手法を採用している。なじみのフォトレジストやレチクルも使えるので、高歩留りで生産できるという。

2024年以降の立ち上げを予定している1γDRAMについては、MicronもEUVリソグラフィ技術を導入する予定である(図1参照)。ただし、1γ DRAMを日本で最初に製造するかどうか明らかにしていない。Micronは、EUV露光装置を日本ではなく台湾子会社に先に入れて1γ DRAMは台湾で最初に生産する可能性が高いと本稿著者は見ている。なぜなら、EUV露光装置の保守管理には莫大なヒト・モノ・カネを必要としており、台湾のASML現地法人には4500人もの従業員(注1)がいるので、サービス体制が万全だからである。おそらく日本では2020年代半ば以降の1Δ(デルタ) DRAMあたりからEUV露光装置を導入するのではないかと予想される。


Introducing EUV at the right time / Micron

図1 Micron TechnologyのEUVリソグラフィのDRAM量産導入計画 出典:Micron、2022年11月


11月11日に発表された国策先端ロジックファウンドリであるRapidusも2024年末にはEUV露光装置を入手すると明らかにして以来、日本では、今まで無縁だったEUV露光装置が急に脚光を浴びている。国策先端半導体研究機関のLSTCは、Rapidusともども、当面は米IBMやベルギーimec所有のEUV露光装置を利用させてもらうようである(参考資料1)。


EUV露光装置は高圧ガス保安法の規制対象

去る11月16日に、Micron 広島工場の1β DRAM出荷記念の式典が開催された際の記者会見で「日本では高圧ガス関連の法律によりEUVリソグラフィ装置の輸入に障壁があるとの噂があるが、どのようにとらえているか」との質問がメディアから出た。これに対して、Micron TechnologyのSVPでグローバルオペレーション担当のManish Bhatia氏は「広島工場での将来的なEUV導入の可能性も見据え、高圧ガスのコンポーネントの承認に向け、キーサプライヤーや日本政府に(規制緩和に向けた)働きかけをしている」と答えていた。

この辺の事情を読み解くことにしよう。
EUV露光装置の光源には2つのタイプがある。ASMLが独占供給するEUV露光装置は、PPL(Plasma-Produced Laser)方式の光源を採用している。ここでは、数百気圧(数十MPa)に加圧した高圧高温状態のSnタンク(スズ容器)からSn液滴を落下させそこにレーザー照射し発生したプラズマから13.5nm光を集光するのだが、この高圧状態のスズとその容器(タンク)が高圧ガス保安法の適用対象とされ、製造や輸入や使用に関して厳しく規制されることになる。

PPL方式はすでに実用化しているが、光源出力の向上に限界が見えており、将来の半導体研究・製造に備えて、巨大加速器を用いたFEL(Free Electron Laser)方式のEUV光源(目標出力1kW程度)が、日本では高エネルギー研を中心に識者が集まって研究が行われている。こちらは、液化ヘリウムを冷却媒体とする冷凍設備が高圧ガス保安法の規制対象になる。いずれの方式のEUV光源を使用しても将来にわたり高圧ガス保安法の規制を免れない状況にある。


毎年1回保安検査のため装置停止する必要

高圧装置は、完成時の検査のほか、高圧ガス保安法に基づく年1回の保安検査が義務付けられており、自主点検というわけにはいかず、知事、安全保安協会、指定保安検査機関、または認定保安検査実施者が行う保安検査を受ける必要がある。このため、24時間365日稼働し続ける半導体製造装置を何日か停止させねばならず、超高額装置の稼働率の低下をきたすことになる。

著者は、過去にPlayStationの将来モデル向けに最先端微細化パターンの倒壊を防止するために高圧高温超臨界状態の二酸化炭素ガスを用いた「シリコンウェーハの超臨界流体洗浄」の研究を行っていたが、その際にこのことをいやというほど経験した。日本の高圧ガス保安法に準拠しない米国製の超臨界流体装置は日本に持ち込めなかったし、日本製であっても定期保安検査を受けるために研究提携先の超臨界流体装置を、毎年1週間にわたり停止しなければならなかった。のちに、超臨界流体の半導体への応用に関する専門書(共著)を出版した際に、この技術が半導体の量産にむけて実用化する場合の課題の一つとして「高圧装置に関する規制緩和(年中無休の半導体製造になじまない規制の数々)」と記述した(図2参照)(参考資料2)。半導体製造装置は、ほとんどすべて常圧か減圧(真空)だから、装置自身は高圧保安法の規制を受けないので、このような規制は顕在化してこなかった。

図2「半導体・MEMSのための超臨界流体」のp.108に記載された半導体製造用「高圧装置に関する規制緩和」の必要性

図2「半導体・MEMSのための超臨界流体」のp.108に記載された半導体製造用「高圧装置に関する規制緩和」の必要性


広島県はすでに規制緩和を国に要請

広島県は、2022年6月に関係各省庁に対する県の要望事項をまとめて「令和5年度施策に関する提案」書を発行し、その中の「産業競争力の強化―半導体産業に対する支援」の項で国(経済産業省)への提案事項として、「EUV露光装置を含む研究開発・生産設備への投資を行う民間企業に対し,手厚い支援を行うこと」と並んで「高圧ガス保安法等の規制について,国際基準・規格を活用し,簡素化・緩和を図ること」をすでに国に求めている(図3)(参考資料3)。

高圧ガス保安法を所管する経済産業省は、半導体を戦略物資ととらえて半導体産業を振興させる役目も担っているので、広島県が要望しているように年中無休で稼働する半導体製造になじまない高圧ガス保安法の規制緩和を将来的には図る可能性はあるだろう。


広島県「令和5年度施策に関する提案」書の35ページに掲載されている「半導体産業に対する支援」要請 / 広島県庁

図3 広島県「令和5年度施策に関する提案」書の35ページに掲載されている「半導体産業に対する支援」要請 出典:広島県庁ウェブサイト


同36ページには、「EUV露光装置国内導入に向けた環境整備に約100億円/台が必要である」との記述とともにEUV露光装置導入に向けたロードマップさえ載っており、水面下でEUV導入にむけた検討が県を挙げて進んでいることをうかがわせる。メモリでは、Micronの広島工場にまず導入は当然として、ロジックでは、TSMCに導入となっているが、熊本2棟目を想定しているのだろうか、それともこの提案書発表後に存在が明らかになった国策ロジックファウンドリのRapidusと読み替えるべきなのだろうか。ルネサスは、ひたすらファブライト化を図っており、JASM(事実上TSMC熊本工場)にもRapidusにも出資の意思を表明しておらず、柴田社長は出資しない理由についてもノーコメントとしているので、よほどの補助金などのインセンティブない限りルネサスへEUV装置導入の可能性はないだろう。

大学とはMicronと同じ東広島市にある広島大学を指すのだろうか。国策で購入するEUV装置は、つくばよりは東広島に置いた方が、Micronと一緒に保守管理しやすいとの声も広島県の産官学関係者から聞こえてくる。


広島県が作成したEUV露光装置導入に向けたロードマップ / 広島県庁

図4 広島県が作成したEUV露光装置導入に向けたロードマップ 出典:広島県庁ウェブサイト



1. 2021年11月にASML最高執行責任者(COO)F. Schneider-Maunoury氏が蔡 英文台湾総督と面談して台湾北部ASMLの新工場建設を伝えた際にASML台湾の従業員数が4500人を超えており、工場従事者をさらに2000人増員すると説明した。ASML Taiwanのウェブサイトには従業員数3600+ と表記されている。いずれにせよ、多数の技術者がEUV露光装置の年中無休稼働のための保守サービスに従事していることをうかがわせる(参考資料4)。

参考資料
1. 服部毅、「経産省がEUV技術や先端プロセス技術獲得に向けimecと提携交渉」、マイナビニュースTech+ (2022/11/09)
2. 「半導体・MEMSのための超臨界流体」、コロナ社、2012年刊
3. 「半導体産業に対する支援に関して国への提案事項」、広島県ホームページ
4. 服部毅、「台湾版CHIPS法案が閣議決定、 ASMLやMicronが事業拡大へ」、マイナビニュースTech+ (2022/11/24)

Hattori Consulting International 代表 服部毅

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