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台湾恐るべし!「TSMC誘致で日の丸半導体産業復権」は幻想ではないか?

台湾TSMCは、去る2月9日の取締役会で、日本に3DIC材料研究所を同社の100%子会社(資本金は最大186億円)として設立することを承認したと発表した。経済産業省が昨年春から水面下で誘致の交渉をしてきた半導体ファブでもなければ、うわさされていた同省との合弁でもなかった。それ以上の情報は発表されなかったと台湾メディアは伝えている。

これに対して、日本のメディアは本件に関し尾ひれのついたさまざまな報道をしてきた。その多くは、経産省の願望に基づくリークを流しているとしか思えないようなものばかりである。例えば、一部の経済メディアでは「中国が今後台頭してくるのをにらみ、日米は台湾との連携を深めて先端技術の開発を急ぐ」と解説しているが、TSMCにとって中国は日本とは全く異なり、有力顧客が多い将来有望な巨大市場である。南京のファウンドリ工場TSMC Fab16(図1)は、現在フル稼働状態が続いており、隣接地に新たなファブの建設も検討されるなど、中国への取り組みを強化している。台湾には嫌中派ばかりでなく親中派も多い。


TSMC Fab16

図1 TSMC Fab16 (中国南京市):TSMCはすでに中国南京に超モダンな巨大ファブを稼働中。中国市場の急拡大でファブ増設を検討中と伝えられている。(出典:TSMCプレスギャラリー)


日本研究所は経産省との妥協の産物か?

経済産業省は、TSMCに前工程ファブ誘致を断られたから、それならせめて後工程だけでもということだったのだろうか。それもダメなら前工程研究所だけでも、それもダメなら後工程研究所だけでもということで落ち着いたのだろうか。根負けしたTSMCが単なる付き合いで研究所に出資したのだろうか。研究所建設は前工程ファブの1/100の予算で済むし、2021年のTSMCの設備投資予算280億米ドルの1%にも満たない。どれだけの真剣さと必然性をもって日本にやってくるのか、TSMCからの詳しい説明が全くない状態ではさっぱりわからない。

今回の外資半導体メーカーの国内誘致策は、何をやっても成功しない国内半導体復興策がついに尽きてしまった経産省の一部官僚の願望から出た話の可能性が高い。複数の経産省OBもそのような見解を公表している。

同省電子機器担当課長の思い付きではじまり、無駄に終わった90nmプロセス共同開発の「315億円ASPLA(先端 SoC 基盤技術開発)プロジェクト」(2002〜2005年)の悪夢を連想してしまう。当時、東芝はソニーとPS3「CELLプロセッサ」用に90nmプロセスをすでに共同開発済みだというのに、東芝は巨額研究費を負担しただけではなく社長までASPLAに送り込んで官製プロジェクトを支援した。そんな東芝も今やシステムLSI事業は見る影もなく、今年3月末までにシステムLSI技術者を中心にさらに824人も人員整理すると2月12日発表した。パナソニックは、すでに昨年半導体事業を北陸3工場も含めて台湾の小さな半導体企業に売却してしまい、キオクシアもいまやIntel出身の米国人会長を抱え、株式の49.9%を米国投資会社が握り、装置の所有権の半分も別の米国企業が握るほぼ外資系企業だ。

半導体研究で日本進出の狙いは何か?

大口顧客からの注文が増える一方の米国にTSMCがファブを建設する経済合理性はある。しかし、有力顧客がおらず需要が減る一方で、台湾と違って半導体産業への税制優遇がなく、電気代などのインフラコストの高い日本にファブを建設する経済合理性はないだろう。台湾海峡の緊張に伴う地政学上、日本に後工程ファブを置く意義があると主張する識者もいるが、台湾海峡に近く、毎日のように中国の武装した大型公船が領海侵犯を繰り返す尖閣領有権紛争を抱える日本よりはいっそのこと米国本土に新設した方がよほど安全保安上有利であり、有力顧客も多く、アリゾナの前工程工場ともシナジー効果が発揮できる。現に、TSMCは半導体サプライチェーンを形成する周辺企業に米国に一緒に進出するよう要請している。

すでに韓国や中国の大手半導体メーカーが、東京やその周辺に半導体技術の「研究所」を既に設置している。日本で研究を行う建前になってはいるが、名目はともかく実際の目的は、日本国内の企業や大学研究室からの技術情報収集、新規装置・材料の調達交渉、日本企業に勤務する技術者のリクルートなどであろう。だから日本の半導体産業全体としてのメリットを論じるようなものではないだろう。むしろ日本の半導体企業から見れば、技術や人材を盗まれかねないうっとうしい存在ではなかろうか。

台湾では、すでに中国本土企業による台湾人技術者の引き抜きが深刻化している(参考資料1)。台湾当局は、3月9日、先端IC設計大手の台湾子会社2社を、中国本土資本が許可を得ずに台湾に会社を設立し活動していたとして摘発した。両社は、トップに台湾人を据えて台湾資本を装い、台湾IC設計最大手のMediaTek、IC製造の最大手のTSMC、OSAT(IC実装・検査受託企業)の最大手ASE Technologiesなどから、高報酬で200人以上の技術者を引き抜いていたという。さらに密法違反(これらの台湾企業から社外秘の技術情報を窃盗)の疑いもあるという。

一方、中国の大手半導体企業の中には、台湾に合法の研究所やサポートセンターを設置している所もあるが、その主目的は台湾技術者のヘッドハンティングだと、台湾業界関係者は見ている。梶山弘志経済産業相は、TSMC研究所の日本進出を国内半導体産業の活性化に期待できるとして「歓迎する」と述べているが、せっかく育てた人材が引き抜かれるのではないかと懸念する業界関係者も少なくない。

また、海外政府の誘致や大手半導体企業の要請で、日本国内半導体素材・部品メ―カーの現地での開発・製造・サービスのための海外とりわけ韓国・台湾への進出が加速されている。大手顧客とのコンタクトを密接にして開発から製造まで現地で行い即納するためだ。台湾TSMCの周辺には納入業者の工場や開発拠点やサービスセンタが林立している。ごく最近、台湾にすでに進出していたダイキン工業が韓国に高純度ドライエッチングガスの量産工場建設を決めている。堀場製作所グループの堀場エステックもマスフローコントローラーの最先端モデルを韓国で開発・製造することを発表している。

蘭ASMLの台湾子会社は、2800名(年末までに3400名に増員)もの社員を抱え、TSMC最先端ファブの近くにEUV露光装置のトレーニングセンターさえ設置している。このような状況下で、TSMCがわざわざ日本に研究所を設置するのはなぜだろうか。日本の半導体研究レベルの高さを示すものだと自慢している人もいるが、果たしてそうだろうか。英語も話せず、台湾へ出張する費用もだせないような町工場にはビジネスチャンス到来だとメリットを強調する識者もいるが、そんなことぐらいで日本半導体復興はありえないだろう。
 
TSMCの3D IC素材研究拠点が日本にできたら、同社のウェーハレベルパッケージング(WLP)やSoICなどの先端実装技術情報が手に入るなどと喜んでいる能天気な者もいるが、気づいたら身ぐるみはがされていたということのないよう気をつけた方がよいだろう。かつてApple iPhone向け部材取引をビジネスニュース番組で自慢していた町工場が、技術を吸収されたら取引中止となり、あっという間に倒産した複数の事例を反面教師とすべきだろう。

半導体業界の支配力を増すTSMCが技術者9千人募集

それにしても、世界ファウンドリ業界の過半のシェアを握るTSMCは、各国政府が頭を下げて車載半導体への割り当てを懇願するほど、世界の半導体産業の支配力を増しているのには驚くばかりだ。同社は、昨年の8千人採用に続いて、今年、過去最高の9千人もの技術者を募集しているという。半導体事業を切り捨てた日本の電機メーカーからリストラされた技術者や、日本で絶滅してしまった先端ロジックSoCの微細化技術開発に参画したい日本人技術者も多数応募するだろう。

日本は、海外ファウンドリの誘致の前に、自助努力すべきことがあるだろう。具体的に述べるには紙面がつきてしまったので、いずれ稿を改めて論ずることにしよう。

参考資料
1. 服部毅 「中国半導体業界による台湾人技術者の高報酬引き抜きが深刻化」、TECH+、(2021/03/12)

Hattori Consulting International代表 服部毅

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