欧中勢恐るべし!ベルギーimecの先端半導体技術の提供先は?
ベルギーの半導体ナノテク・デジタル技術の研究機関imecの年次研究紹介イベントIMEC TECHNOLOGY FORUM (ITF) 2019が、5月中旬に同国アントワープで開催された(図1)。世界中から約2000名の技術者や経営者が参加した。実は、ITFは今年から大きく模様替えし、Future Summits と名称を変え、AI/IoTによって急速に変わろうとしている未来社会を先取りする欧米主要IT企業経営者の講演を中心に据えて、ITFはイベントの一部の位置づけだった。
図1 Future Summits 2019 講演会場 著者撮影、2019 年5月
その代り、会場のロビーには約50件のブースがならび、imecの研究開発成果の発表と研究パートナー(出資企業)の募集が行われていた。展示の一例を紹介する;
・自動車内や日常生活で ジェスチャ認識したり、バイタルサインに関連する微小な皮膚の動きを検出して非接触で運転手や患者の状態をモニタリングしたりできる小型かつ高感度の140GHzレーダーシステム(参考資料1)
・GaN-on-SOI基板を用いてモノリシックGaN ICを開発し、200mmファブで受託生産サービスを開始(参考資料2)
興味深いテーマが揃っているが、そんな中に様々な種類の太陽光発電装置の展示コーナーもあった。imecは去る4月に中国の大手N型シリコン両面太陽電池およびモジュールメーカーであるJolywoodに技術協力してn-PERT(Passivated Emitter and Rear Totally diffused: N型不動態化エミッタおよび裏面全拡散型)両面太陽電池で記録的な23.2%の前面変換効率を達成している。
中国勢は最先端半導体技術をベルギーから入手
ところで、現在、米国のトランプ政権の締め付けで、華為技術(Huawei)はじめ中国勢は米国からの先端製造装置・部材や技術情報の入手がますます困難になってきており、半導体技術や太陽光発電といった先端科学技術分野について、imecをはじめとする欧州の企業、研究機関や大学との協業という形で入手を図るケースが増えてきている。先端半導体プロセス技術開発で世界の最先端を走るimecにとって、研究資金の金づるであった先端プロセス技術を必要としていた半導体メーカー数は減少の一途をたどっているため、新たな研究資金源としての中国勢の存在が魅力的に映っているようだ。ベルギー・中国の両企業は、共にwin-winの良好な関係が築けると判断しているようである。
そうした中、中国の李克強首相は昨秋、アジア欧州会合(ASEM)の合間にimecを訪問し、EUVリソグラフィ装置を含む300mm試作ラインや先端研究施設を見学した。同氏は、今年4月、ベルギーの首都ブリュッセルで、EU首脳と会談し、中国およびEUが「世界の2大安定勢力」であり「世界の2大主要経済体」であることをお互い確認した上で、今後、中国とEUが様々な分野での協力をさらに強化していくことで合意している。李氏の訪欧は習近平国家主席の訪欧から半月足らずで実現しており、このような中国首脳の相次ぐ渡欧の背景には、米中貿易摩擦や米中ハイテク覇権争いの下で欧州勢を味方につなぎ留める狙いがあると見られる。EU各国は、米国およびそれに追従する日本のように、Huawei製品を根拠なく一方的に締め出す政策をとってはいない。
imecの先端CMOS研究受託プロジェクトには、Intel、Samsung, TSMCに並んでHuaweiも加わっている。すでにimecにとって中国企業からの研究受託売上総額は日本企業からの売上額を超えており、さらに勢いづいている。ベルギーimecキャンパスには、中国人研究者(博士課程研究員を含む)が150名以上滞在しており、中国の大学との交流も活発だ。
欧州にとって中国は魅力ある巨大な市場であり、製品や技術の最大の売り込み先である。トランプ政権の諸政策が、結果的に中国とEUの結びつきを強めていると言えるかもしれない。日本では、自分たちの技術力を客観的に評価することもなく、「中国に技術を盗まれるな」という声が永田町や霞が関から聞こえてくるが、欧州各国政府および企業のスタンスは日本とは必ずしも同じではないことに留意する必要があるだろう。
筆者がベルギー滞在中に、Huawei製品からバックドアがオランダで見つかったという怪情報(フェークニュース)が米国発として東京から伝わってきたが、当地では話題にもなっていなかった。オランダおよびベルギーでのサイバーセキュリティ当局は、両国政府機関が使用しているHuawei製通信機器からスパイの疑いのある部品やソフトは見つからなかったと発表している。
米商務省は5月16日、Huaweiおよび関連企業68社への米国製品の輸出を事実上禁じる規制が同日付で正式に発効したと発表した。そのブラックリストに、Huawei Belgium(ゲント市)も含まれていた。同社は、2006年にimecからスピンオフしたワイヤレスブロードバンド関連企業で、2010年にHuaweiに買収された。米国政府はベルギーの子会社を通して米国先端製品が中国本社へ流出するのを防止する狙いがあるようだ。
日本にいるとまるで世界中がトランプ大統領のペースで動いているように見えてしまうが、トランプ政権の規制強化の中で今後の欧州各国と中国の技術交流の動向が注目される(参考資料3)。
参考資料
1. 服部毅:「imec、ジェスチャ認識でバイタルセンシングが可能な140GHzレーダーを開発」 マイナビニュース (2019/05/22)
2. 服部毅:「imec、GaN-on-SOI ICを実用化 - 試作サービスも開始」 イナビニュース (2019/05/21)
3. 服部毅:「英DialogのCEOが米中貿易戦争に対するスタンスを表明 - 英紙報道」 マイナビニュース (2019/06/04)