ハイブリッドカー専用の小型・高品質のパワーモジュールをインフィニオンが開発中
ドイツのインフィニオンテクノロジーズ社は、ハイブリッドカーのパワートレインシステムというクルマの心臓部に専用のモータードライブ/発電機用パワーモジュールを開発中である。これまでの市販部品の組み合わせで作っていたモーター制御インバータとは違い、小型、高効率、かつ高信頼性になる。カーエレクトロニクス市場で世界第2位、欧州で1位、パワーエレクトロニクスで世界第1位のメーカーとしてはハイブリッドカー市場を何としても支配したい。性能や機能だけではなく、信頼性や品質保証、デバイスのトレーサビリティまでパワースキルを生かしていく方針だ。
インフィニオンは、欧州だけではなく日本市場でも2006年の第6位から2007年の第5位へとじわじわ伸してきている。トヨタ自動車からも自動車品質を満たすメーカーとして認定されている。自動車は13年~15年の寿命が求められる。自動車用半導体も工業用半導体デバイスの仲間ではあるが、「ポンプやエレベーター、工作機械などの工業用と自動車とは要求性能や品質レベルが全然違う」と同社エレクトロニックドライブトレイン部門ディレクタのMark Munser氏は語る。例えば、使用温度範囲や振動に対する信頼性要求が全く違う。「インフィニオンの強みは高耐圧、大電流などパワーエレクトロニクスだからこそ、自動車メーカーの要求にあった製品を設計製造できる」(同氏)。
写真1 インフィニオン社エレクトロニックドライブトレイン部門ディレクタのMark Munser氏
モーターを駆動するのに最適な3相の交流モーターを設計するのに、トランジスタとダイオードを並列接続したものを1組として6組使われるが、このパワーダイオードとしてSiC(シリコンカーバイド)のダイオードを工業用も含めてこれまで300万個出荷した実績があるという。
電気自動車にもつながるフルハイブリッド仕様
「ハイブリッドカー仕様は大きく分けて、フルハイブリッド仕様とマイルドハイブリッド仕様がある」(同氏)。フルハイブリッドとは、電気自動車並みに40kW〜100kWという大きなパワーを持ち、マイルドハイブリッドは15~20kWのパワーで済む。フルハイブリッドのパワーが大きな範囲を持つのは、クルマの仕様によるところが大きく、クルマのサイズによってそれぞれ異なるためである。マイルドハイブリッド仕様はパワー範囲が狭いためクルマのサイズによらないが、電気自動車には使えない。15~20kWだとモジュールの冷却は空冷でも水冷でも構わないとしている。
写真2 マイルドハイブリッド用モジュール 出力は20kW
Munser氏が示した二つのパワーモジュールのうち、マイルドハイブリッド専用の20kWモジュールは現在量産立ち上げに向けて準備中で、2009年第1四半期には量産する計画である。フルハイブリッド専用のパワーモジュールは2009年末までに量産する予定だ。
これまで同社は3相モータードライブのパワーモジュールをすでにハイブリッドカー向けに出荷してきたが、市販部品の組み合わせで作ってきたため、ハイブリッドカー専用のパワーモジュールとしてはこれらが初めてとなる。ハイブリッド専用だとパワーデバイスのドライブ回路も含めたモジュール全体のはんだ付け部分が少ないため、信頼性や品質が向上する。このため、動作温度の保証範囲が高くなるとしている。一般に自動車用半導体やモジュールは動作温度範囲が最大125℃(最大許容接合温度Tjmax)だが、インフィニオンのパワーデバイスは150℃まで保証しているという。
写真3 フルハイブリッド用モジュール
大きさは10cm×21.6cmと従来よりも25%小さい。裏面側に放熱フィンを設けているが空冷、水冷とも可能。出力は600V/800A
これまでのモジュールには、SiのIGBTとSiあるいはSiCのダイオードが使われている。さらに高温に使えるようにするためには、スイッチングトランジスタもSiCにする必要がある。SiCはSiと比べて動作温度をさらに高くすることができるからだ。半導体のエネルギーバンドギャップがSiよりも広い。反面、高温にしても常圧では溶けずに昇華する。このため、Siではごく一般的なチョクラルスキー引き上げ法が使えない。プラズマCVDなどの方法を使って長時間にわたって結晶成長させるため、結晶のコストはSiよりもかなり高くなる。ウェーハサイズもSiと違って2~3インチのものしか手に入らない。デバイスにした状態でも例えばSiCダイオードだと3倍以上するという。
そこでSiCデバイスの高コストに見合うようなシステムを構築できるかどうかがカギとなる。そのためにはモジュールシステム全体のコストを下げられればよい。例えば、コンピュータサーバーや無停電電源の電源効率は1%でも上がればメリットは大きく、電力コストをすぐに回収できる。SiCだと高速動作も可能なため、スイッチング周波数を上げれば使用するインダクタを小型にできる。数百Aという大電流を流すパワーシステムではインダクタの体積は極めて大きいため、小型化のメリットは大きい。
Siでは大電流を流せるIGBTを使っているものの、SiCとなるとオフセット電圧(順方向電圧)のロスが効くためFETを検討している。SiCはバンドギャップが大きいため、順方向の電圧が2.8V程度もあり、ロスが大きすぎるとMunser氏は述べる。インフィニオンは耐圧1000V、チップ面積1cm2で比較すると、50Aでのロスは開発中のFETがSiのIGBTよりも最もロスが小さい。SiのMOSFETを比べると、インフィニオンが開発したCoolMOSトランジスタは従来のMOSFETより5倍電流を流せるが、SiCのFETだとさらに同じサイズで5倍の電流を流せると見積もっている。
FETにはMOSFETとJFET(接合型FET)がある。MOSFETはゼロ電圧ではオフにできるノーマリオフトランジスタであるが、JFETはノーマリオンタイプであり、負電源を必要とするためこれまでのLSIやパワーデバイスにはMOSほど多くは使われてこなかった。しかし、「MOSFETは薄いゲート酸化膜が弱点」(Munser氏)。JFETのバイアス回路を工夫すればJFETはノーマリオンという弱点を克服できる。ただし、SiCデバイスはJFETなのかMOSFETなのかMunser氏は明言を避けた。
ハイブリッドカー用のモジュールはデバイスを開発すればよいというわけではない。接続部分の信頼性を上げなくてはまだ使えない。自動車は常に厳しい環境で使われる。シベリアの極寒の地で使われるかと思うと、アフリカの砂漠でも使われる。自動車メーカーによっては地球上どこでも使える仕様を求める企業や、コスト効率を考えて寒冷地仕様として別コストで売っているところもある。例えば使用温度範囲が-40~150℃の場合、この温度範囲は保証しなければならない。ボンディングワイヤーと半導体チップ上のメタルの界面は温度サイクル試験を無限に繰り返すと必ずいつかもろくなりはがれてしまう。
このため、使用温度やサイクル条件を緩和して少しでも寿命を延ばす技術が必要となる。自動車はコストアップを嫌う分野であるため、使用条件を考慮した回路設計を対処するという手もある。例えば、寒冷地では自動車を始動させたあと最初の信号に差し掛かるとモーターを止めてしまうため、-40℃とエンジン付近の温度(例えば80℃として)との差は激しい。そこでこの差を解消するため、次の信号が来てもモジュールのトランジスタを動かし続け、しばらくの間温度差を生じないように工夫しておく。何度か停止した後0度以上になると従来のようにトランジスタをオフする。このようにするとモジュールは-40℃と例えば80℃との間を繰り返すことがなくなり、0度と80℃との繰り返す使用になるため、使用条件は緩くなる。これを回路的に工夫しておく。
部品のトレーサビリティを管理
この「インテリジェント&チーパーデザイン」だけではなく、さらにメタル材料やその製造プロセスについても改良を加えており、ボンディングワイヤーのはがれやチップのはがれ、クラックなどの発生を少しでも遅らせる工夫をしたというが、その詳細については語らない。
自動車向け半導体に注意することはこれだけではない。部品、材料のトレーサビリティの管理も重要になる。モジュールには2次元バーコードで製造管理しており、その中に使っている半導体チップや材料をいつどこで誰から購入したものかを常にデータベースに管理しておく。半導体チップは、個々のチップにIDコードを付与するわけではないが、ウェーハのバーコードと、チップをピックアンドプレースした記録をデータベースに管理している。
インフィニオンのカーエレクトロニクスのビジネスモデルは、モジュールを販売するだけではなく、自動車専用のチップも特定の顧客には販売する。ただし、KGD(Known Good Die)ではなく、パッケージに収め信頼性と品質を保証した上で供給する。