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特集:英国株式会社(6)医療用半導体信号処理の大学発ベンチャー

大学発ベンチャーとして苦労しながら、当初の志を全うしようとしているファブレス半導体メーカーがある。2000年創立の若いToumaz Technology社は、ロンドン大学インペリアルカレッジをスピンアウトして出来た会社だ。これからの医療向け半導体チップを開発する。ロンドンの西北オクスフォードに近いAbingdonに位置し、スタッフはわずか35名、そのうちエンジニアは25名という技術志向の企業である。

なぜ医療向け半導体か。まず創立メンバーの一人であり現会長であり、社名にもなっているChristopher Toumazou教授はインペリアルカレッジでバイオメディカル工学に属しており、もう一人の創立者でありTechnical DirectorであるAlison Burdett氏は電気工学出身であり、この両者の得意分野を合わせた。次に、医療用半導体チップが大きな市場になりそうなことも動機の一つだ。最近では肥満、成人病、高齢化などが進行する一方で、医師不足、病院ベッド不足なども進行している。将来は家庭で自分の体を自分でチェックし、異常事態のみを医師に伝える、というヘルスケアに変えていかなければならない。自分の身体を毎日チェックするためには小さな診断装置が欠かせない。ここに半導体チップの市場が見えてくる。

こう考えた、Toumaz社の創業者たちは、家庭で体をモニターしておき、そのモニターデータを医者のいる病院に無線で送り、データベースとして管理しておく。毎日病院へ行く必要はなく、ほぼ自宅で正確に健診できる。そのためには、超小型で使い捨て可能な診断装置が必要となる。それを実現できる手段が半導体チップ、というわけだ。

RF回路+センサー信号処理+コントローラ
Toumaz社はSensiumシリーズと呼ぶ医療用SoCチップを開発し、この2月に米国で開かれたInternational Solid-State Circuits Conference (ISSCC)で発表した。このチップは消費電力がわずかで、無線機能を搭載し、センサーからの信号処理やアルゴリズムを持ち、自動コンフィギュレーションおよび自動キャリブレーション機能を備え、しかも使い捨てできるほどの安価である。Sensiumは、センサーからの信号を処理し、デジタル的にデータを蓄え、無線でデータを送るという作業を行う半導体チップである。医療・物理センサーそのものは作らない。

回路は図7に示すように、センサーからの信号をインターフェースを経て校正し、そこでまず信号処理し、データを抽出する。そのアナログ信号を分解能10ビットのA-Dコンバータでデジタルに変換し、8051プロセッサ、ロジックで処理する。32KバイトのプログラムRAMと32KバイトのデータRAMを使い、デジタルデータとして処理し、無線回路からデータをベースステーションに送る。このベースステーションは、個人の携帯電話でよい。携帯電話に送られたデジタルデータをインターネットを通じて医者のもとへ届ける。ときには外部のEEPROMに記録させることもできる。

Toumaz社の医用信号処理SoC Sensium

図7 Toumaz社の医用信号処理SoC Sensium


この信号処理SoCのインターフェースには複数のセンサーを取り付け、体温や血圧、心電図、などを連続的に測定する。チップは1Vで動作し、消費電流は使用状態によるが、数週間から数か月間動作できる。4.1mm×4.2mmのチップにセンサーを複数付け、薄型電池を実装して、いわゆる「バンドエイド」のようなプラスターに取り付ける。センサーのような高インピーダンスの回路でもセンサーとインターフェース回路が物理的に近いため、ノイズの影響はほとんど受けないという。


デジタルプラスターで身体に張り付けモニターする

図8 デジタルプラスターで身体に張り付けモニターする


身体に張り付けたセンサーからのデータを無線で携帯電話に送り、その先はインターネットを通じて病院のサーバーにデータを蓄積する。異常があれば医者は患者に知らせ病院に来るように告げる。病院のデータベースはオラクルなどで統一しておけば、どの医者もデータベースにアクセスできる。

高集積ながら消費電力を下げている
Sensiumチップに集積している入力回路で外部から入力できるセンサーの数は3つ。それらの信号をマルチプレクサ/デコーダを通してからセンサーインターフェース回路に入る。このセンサーインターフェース回路は5つ用意してあり、グルコース/pH測定、3軸加速度センサーによる動き検出、心拍測定、体温、血圧の5種類である。アンプを搭載しているこれらの回路の出力はマルチプレクサを通してA-D変換、デジタルフィルタを通してロジック回路へとつながる。

このチップの最大の特長は、センサーインターフェース、キャリブレーション、A-Dコンバータ、ロジックコントローラ、各種のデータインターフェース、パワーメネジメント、RFトランシーバ回路など集積度を高めながら、消費電力を極力減らしていることだ。動作電圧は1.4V~0.9Vで、送信時の最大電力消費する状態でも3mA程度しかない。最も電流を消費するトランシーバ回路では、受信時2mA、送信時2.4~2.6mA(送信パワー-10dBm〜-7dBm)、送受信スリープ時は1μA、増幅が必要なセンサーインターフェース回路では最も電流の多い10ビットΔ型A-Dコンバータでさえ20μA、デジタル回路では1MHzクロックで動作しているときプロセッサが500μA、MAC(media access control)動作時で30μAである。合計しても3mA程度しかない。

このチップをワイヤレスボディセンサーネットワーク(WBSN)としてシステムを組む場合でも、無駄な消費電力を極力避けたい。このため、ZigBeeのアドホック方式ではなく、親機・子機方式を採用する。チップを実装したデジタルプラスターを身体にいくつか貼り付けてワイヤレスネットワークを組む場合でも、測定時刻が割り当てられるまではスリープ状態になっている。親機となるべきセンサーチップが通信を始めると、他のセンサーチップが子機として割り当てられ、決まった時刻に信号を送信することが決められる。このときにチャンネル割り当てのアルゴリズムに沿って、信号同士の衝突が生じないように通信する。ZigBeeのようなフレキシブルなMACネットワークよりも消費電力はずっと少ないとしている。

このSoCチップは、130nmのCMOSプロセスで設計し、ファウンドリが製造した。130nmは消費電力を減らすことを考え、むやみに微細化することを避けた。これ以下の微細なプロセスだと、リーク電流の増加が心配だとしている。

できるだけ薄っぺらな亜鉛系の電池をデジタルプラスターに張り付けるが、消費電流は、測定頻度によって変わる。体温測定なら10分おきに測定しデータを携帯電話に送れば2年間は続くという。一方、心拍数は10秒ごとに測定して数日間は持つ。

電池は今のところフレキシブルなものを使っているが、もっと薄いプリント技術で作ることにできる電池がほしいと、Alison Burdett氏は要望する。プリント可能なフレキシブル電池や紙のように薄い電池を強く求めている。


Toumaz社Technical DirectorのAlison Burdett氏

写真10 Toumaz社Technical DirectorのAlison Burdett氏


デジタルプラスターを体内に埋め込むという応用もあるが、体に傷はできるだけ付けたくない。今後、血糖値などの化学センサーは、細い針を使ってモニターする手もあるという。

紆余曲折の道
Toumaz社は、医療信号処理SoCを開発するのに決して順調にきたわけではない。2000年に創立した当時は、インペリアルカレッジの講師を務めていたAlison Burdett氏(写真10)によると、家族や友人、小規模のベンチャーキャピタル(VC)からの資金を元手に起業した。医療用信号処理半導体をはじめから開発したかったが、資金が足りなかった。このため設計の訓練も兼ねて、デザインハウスとして半導体メーカーや共同研究コンソシアムなどからの設計を請け負っていた。

次に、カナダのGennum社から補聴器の設計を請け負い、低消費電力の設計を始めた。補聴器は最近のBluetoothのヘッドセットのようにかっこいいデザインを心掛けた。補聴器は1.8V電源、最低でも1Vで動作できるように設計し、電流はピーク時で3mAしか流さないように工夫した。2005年までは、売り上げは順調に伸びていった。

しかし、2006年には売り上げはがくんと落ちた。Gennumプロジェクトが終わったからである。ここで挫けるわけにはいかない。医療用SoCの開発を進めるため、資金調達を工夫し、資金力のあるNanoscience社に買収してもらうことにした。エンジニアである彼女はこの手法をfinancial engineeringと呼んでいる。買収はAIMというロンドン取引所の中の新興市場向けの株式市場へ上場させ、Toumaz社は710万ポンド(16億円)の資金を調達した。ここからSensiumの開発が始まったわけである。

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