EV急発進、東芝300mmライン新設+増強でパワー半導体の生産能力向上へ
東芝デバイス&ストレージ社は、加賀東芝エレクトロニクス社の構内にパワー半導体向け300mmの生産ラインを新設すると発表した。自動車の電動化や産業機器の自動化が狙いとしているが、焦点はやはりEVだ。世界中の自動車メーカーがEVに舵を取り始めた中でトヨタは昨年12月になってようやくEV戦略を発表した。日経は慎重すぎたと表現した。
図1 加賀東芝エレクトロニクスの新棟(右下の建物)の完成イメージ 出典:東芝
東芝は、新棟建設(図1)を2期分に分け、今回の第1期分がフル稼働することでパワー半導体の生産能力を2021年度比で2.5倍に増強する。第1期分は24年春に竣工し、同年度内に稼働を開始する予定。また、既存棟でも200mmウェーハラインの生産能力を上げると共に、既存棟の300mmラインの稼働を従来の23年度前期から22年度下期に前倒しする。2月4日の日本経済新聞によると新棟に約1000億円、従来棟の生産能力アップに300億円規模を投資するとしている。
2月7日の日経は、「EV急加速」と題する報道シリーズを始めた。第1回は慎重すぎたトヨタである。昨年5月の発表会では、水素を燃料として走る燃料電池車(FCV)や水素エンジンにフォーカスし、EVも2030年に年間200万台と述べたものの、世間が評価しなかった。欧州ではすでに水素自動車に見切りをつけEVまっしぐらに展開しはじめとところに水素車の話を持ってきたのだ。
欧州がEVにシフトしたのは、FCVは水素インフラの膨大なインフラが必要である上、水素エンジン車は有害なNOxを出すことが明確になったからだ。Ptのような高価な触媒を使えばNOx排出をある程度抑えられるが、コスト上昇は避けられない。しかもFCVも水素エンジン車も、効率を上げるため回生ブレーキを採用する。どの道EVシステムを搭載しなければならない。だったら、いっそのことEVだけにシフトしてもよいだろう、ということになる。
EV向けの電池の進歩は半導体に比べると極めて遅いが、それでも少しずつ容量密度は上がってきている。加えて、半導体ICを使って航続距離を伸ばす技術も採用されている。さらに、大量の電池を積んでも安定走行できるプラットフォーム(車台)化も定着してきた。大量の電池を搭載すると、充電に時間がかかるが、それを解決するためには高電圧の急速充電がカギとなる。急速充電に必要な、800V〜900Vなどの高電圧化にはSiC MOSFETが重要なデバイス技術となる。
EVシステムには、パワー半導体が大量に使われる。インバータだけではなく、回生ブレーキを実現するオンボードチャージャー、DC-DCコンバータ、さらにはバッテリモニタリングシステムなどにはパワー半導体が欠かせない。使われる回路によって、IGBTやSiC、GaN、MOSFETなどさまざまなパワートランジスタが使われる。このためシリコン系ではIGBTもパワーMOSFETも生産しなければならないため、300mmラインが必要となる。Infineon Technologiesが2本目の300mmラインをオーストリアのフィラハに完成させたのはパワーMOSFETを大量生産するという狙いがある。最も成熟した技術であるパワーMOSFETの量産では300mmラインはコスト競争力がある。
加賀東芝が新設する300mmラインも同様で、性能と効率、コストの点が優れるパワーMOSFETの生産に威力を発揮する。新棟ではパワーMOSFETとIGBTを生産する。
ただし、問題はパワーMOSFETの技術営業であろう。東芝社外へどれだけ大量に売り込めるかが課題となる。付加価値を付けるのであれば。ドライバ回路との一体集積や、高速性能ゆえにノイズやリンギング、オーバーシュート、アンダーシュートなどを出さない回路の提供といった、使う側の難しさを解消するテクノロジーにいかに価値を持たせられるか、が問われる。
GaN半導体は今やIC化によって主役がPM(パワーマネジメント)ICメーカーにシフトしている。電源用ICの専門メーカーPower Integrationsとスマホ用の急速充電で急成長したNavitasがGaN半導体で1位、2位を争う企業となっている。かつてのGaNパワー半導体メーカーは完全に抜かれた。パワートランジスタだけでは、もはや勝負できない時代に入ってきているのかもしれない。