鴻海、シャープ買収後のIGZOはどうする?
約1カ月間、さまざまな憶測記事が氾濫する中で、ようやく台湾のEMS(Electronics Manufacturing Service:製造専門の請負サービス業者)メーカーの鴻海精密工業がシャープを買収することで両社が正式に調印した、と4月3日の日本経済新聞が報じた。堺市で両社が共同の記者会見を開いたもの。
鴻海は3888億円を出資してシャープの経営権を握る。鴻海の出資額は全体の66%に相当する。液晶技術に関しては、鴻海はすでにシャープとの共同出資による堺ディスプレイプロダクトに加え、2010年に奇美電子、統宝光電を買収したあと2012年に社名変更した群創光電(イノラックス)を傘下に持つ。今や液晶技術を持つEMSになっている。シャープの技術流出を云々する向きがあるが、鴻海はしっかりした液晶技術を持っていることを忘れてはならない。
2014年における大型液晶ディスプレイの市場シェアでは、群創はLG、Samsungに続き第3位を確保しており、中小サイズでは、1位LG、2位ジャパンディスプレイ、3位シャープの次が鴻海の中国工場Foxconnとなっている。鴻海は、大型液晶は強いが中小は弱いため、シャープを買収する意味は、中小市場も強くするためであることがわかる。
液晶をはじめとするフラットパネルディスプレイの今後の技術は、有機ELとIGZO-TFT技術に絞られており、鴻海は新技術の開発に目を向けている(4/3日経)。有機ELディスプレイは、かつてソニーをはじめとした日本勢が開発してきたが、リーマンショックの頃に日本勢は全て撤退した。液晶と同様、大型化を推進、テレビ用途を目指していた。その後、参入したSamsungやLGなど韓国勢の中で、LGも最初はテレビ用を目指していたが、Samsungはテレビ用を諦め、スマホ向けの中小市場に切り替えた。現在もテレビ用の有機ELを手掛けているのはLGだけになった。ただし、LGとSamsungは犬猿の仲と言われるほどライバル意識が強いため、Samsungがテレビ用に再参入する可能性は否定できない。
有機ELは依然として信頼性寿命に問題があり、特に青色材料の長寿命化が解決していない。このためテレビのような最低でも5年以上の動作を望まれる商品への適用は難しい。スマートフォンのように2~3年で買い替えるような商品では多少の信頼性寿命が短くても使える。このため、スマホ用の中小パネルの有機EL化に関して、日本勢も再参入を決めた。ジャパンディスプレイとソニー、パナソニック、産業革新機構が出資したJOLEDは有機ELのための新合弁会社である。シャープも有機ELの開発に再参入した。
さらにAppleが将来のiPhoneに有機ELを採用する旨を明らかにしたため、有機EL熱は最近、一気に高まった。AppleはおそらくiPhone 8以降になると見られており、有機ELをいかに安定生産できるかにメーカー側は関心を移している。
シャープの持つもう一つの技術、IGZO(InGaZnの酸化物半導体)を利用したTFTトランジスタを液晶や有機ELに使うことで、高速スイッチング動作ができるようになる。今のIGZO技術は、電子移動度がアモーファスシリコンよりも20倍程度高いため、トランジスタのW/L(チャンネル幅/チャンネル長)を大きくしなくても、すなわちトランジスタ面積を小さいままでも高速性能を確保できるため、開口率が上がり、明るい液晶画面を得ることができる。つまり、消費電力を上げる必要がないため、低消費電力で同じ明るさの画面を得ることができる。
ただし、IGZOは結晶性を改良した方が性能はもっと上がるため、IZGOの結晶化技術の基本特許を半導体エネルギー研究所が持っている。ちなみにIGZOアモーファスの基本特許は東京工業大学の細野秀雄教授、すなわち文部科学省だと言われている。シャープがIGZOの液晶パネルやそれを使ったスマホを発表する時のニュースリリースには必ず次の一文が添えられている:「IGZO液晶ディスプレイは、株式会社半導体エネルギー研究所との共同開発により量産化したものです」。鴻海がシャープを買収した後の、半導体エネルギー研究所との対応次第によって、IGZO技術は鴻海(シャープ)にとって吉と出るか凶と出るか、駆け引きの世界が始まる。