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今でしょ!−東京エレクトロン・Applied Materialsの合併劇を分析する

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先週は、東京エレクトロンとApplied Materialsが経営統合するという発表があり、度胆を抜かれた。稀に見るビッグな合併となる。この余波が全く冷めやらない状態の中、この経営統合について取材をベースに考察してみたい。一言で言えば、「今でしょ!」である。

今回の経営統合を、両社のプレスリリースを見る限り対等合併を強調している。日本のメディアもそのように伝えた。しかし、Reuters(ロイター通信)やWall Street Journal(ウォールストリートジャーナル)などの海外メディアは、Appliedが東京エレクトロンを吸収合併すると伝えている。


図1 東京エレクトロン(左)とApplied Materials(右)の業績推移

図1 東京エレクトロン(左)とApplied Materials(右)の業績推移


両社のここ数年の業績を並べて見てみよう。図1は、両社のインベスターリレーションズのウェブサイトから集めた数字をグラフ化したものである。東京エレクトロンは、リーマンショック前までは日本の半導体企業による活発な設備投資の恩恵を受けており、TSMCや韓国サムスンにも装置を販売しており、伸び続けてきた。Appliedも同様にリーマンショック前までは伸び続け、リーマンショックの年は両社とも赤字に転落した。しかし、翌年は黒字に戻した。

両社の違いはリーマンショック後に如実に表れている。東京エレクトロンはリーマンショックから回復をしたもののすぐ後に再び下降線をたどり、リーマンショック前の水準にははるかに及ばなくなった。一方のAppliedは、リーマン後の回復の翌年も伸び続け、リーマン前のレベルを2011年に超えた。

これまで東京エレクトロンに限らず、日本の製造装置メーカーは半導体メーカーのプロセスエンジニアに育てられたという思いが強かった。プロセス開発を半導体メーカーが主となり、装置メーカーはその改善アイデアを具現化していた。だから、この装置メーカーはプロセス開発を国内半導体メーカーと一緒になって行ってきた。ところが、国内の総合電機の凋落はリーマン後も続き、リーマン前の水準にはもはや届かなくなっていた(図2)。


図2 国内民生機器メーカーの売上額 縦軸の単位は千円 出典:各年1〜7月までのJEITAの累計を筆者がグラフ化

図2 国内民生機器メーカーの売上額 縦軸の単位は千円 出典:各年1〜7月までのJEITAの累計を筆者がグラフ化


国内の半導体メーカーは製造分野を縮小し、ファブライト戦略を選んだ。多くのプロセスエンジニアは辞めていった。このため、東京エレクトロンは、自力でプロセス開発をせざるを得なくなっていた。開発コストが急増し、もはや1社だけでは手に負えなくなりつつある、と東哲郎社長兼会長が記者会見で述べたとされる発言はまさに、自社で開発しなければならなくなった苦渋の様子を語っている。

実は、東京エレクトロンの業績と国内総合電機の業績推移は、総合電機ほど下向きではないが、よく似ているのである。総合電機は半導体のユーザーであり、半導体を買うべき所が買えなくなったと見てよい。もちろん、東京エレクトロンは、優良企業として見られていた。実際の業績数字は総合電機よりはまだましだったからだ。しかし、傾向は似ている。

黒字の内にこれを打開するため、東京エレクトロンは、TSMCやサムスンと一緒に共同開発に踏み切るか、という選択肢はあっただろう。別の選択肢もある。東京エレクトロンは、台湾・韓国以外の米国のIntelやGlobalFoundriesには残念ながらあまり食い込んでいない。ある装置でIntelと開発段階から一緒に組んだ時は、そこまでプロセスを教えてくれていいのだろうか、とプロセスエンジニアは驚いたという。Intelは開発から一緒に取り組むとかなりの部分まで見せ合うようだ。AppliedはIntelやGFと一緒に開発している。となれば東京エレクトロンにとっての選択肢は、海外の半導体メーカーIntelやTSMC、GFと一緒に組むか、装置メーカーのAppliedと一緒に組んで開発していくか、のいずれかに絞られるであろう。東京エレクトロンは後者を選んだ。

そして、なぜ東京エレクトロンは吸収合併といわれるのだろうか。今回の人事をよく見ればそれがわかる。新会社の会長は、東京エレクトロンの東哲郎氏だが、CEOはApplied のCEOであるGary Dickerson氏だ。会長の仕事は取締役会の議長であり、経営に直接タッチする訳ではない。そして海外企業ではCEOの次のポストがCOO(最高執行責任者)ではなく、CFO(最高財務責任者)なのだ。単なる経理・財務部長ではない。CEOとCFOは常にセットで動きながら、必要な時に投資、買収を仕掛ける。このためにCFOは手元の資金だけではなく、社全体の資産管理を含めて財務状況をCEOと二人三脚で把握し、仕掛けていく。COOは日常の数字管理とオペレーションが主な仕事である。次の攻めを仕掛ける人物こそ、CEOとCFOである。この重要な二つのポストをAppliedが占めているのである。

今回は、東京エレクトロン側からすると、売れる時に買ってもらった、と言える。東京エレクトロンの財務状態はまだ大丈夫だ。だからこそ、売りに出せば高く買ってもらえる。企業価値は高い。パナソニックやシャープ、ルネサスのように資金が底をついてからでは、足元を見られ安く買いたたかれる。まさに「今でしょ!」であった。何よりも重要なことは、むやみやたらと社員を切らず、雇用を守りながら事業を継続していくことである。勝った、負けた、の世界ではない。

東京エレクトロンでこのような高度の経営判断ができる人物は今、東氏しかいない。そう考えると、今年の4月に東氏が会長から兼務として社長に返り咲いたのは、この経営統合を実現するためだと考えることはごく自然だろう。

(2013/09/30)

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