シャープが国内亀山に留まってくれたおかげでサムスンはトップになれた
先週は、アップルの世界開発者会議、VLSI Symposium、JPCAショーなどのイベントが盛りだくさんで、これらをベースにした記事も多かった。ただ、最も興味を引いた記事は、日本経済新聞に連載されている「テレビはなぜ負けた」シリーズの15日付けの記事「(4)これでシャープに勝てる」であった。
この記事によると、シャープが2002年に亀山工場建設を始めた時に、サムスン電子は「これでシャープに勝てるかもしれない」と言ったという。当時、シャープは1000億円を投じて、パネルからテレビまでの一貫生産工場でブラックボックス化することで、韓国、台湾勢の追随を許さないという構えを見せていた。これに対してサムスンが恐れていたのは、シャープが液晶テレビの海外生産に乗り出し、世界市場を席巻することだった。シャープが中国で安く作り、それを店頭に並べられたら、サムスンは絶対勝てないと思った、という。
シャープが日本国内に留まってくれたから、サムスンは勝てるかもしれないと感じたのである。技術の流出を防ぐことでトップの座を確保できるとシャープも、おそらく経済産業省も考えたのだろう。この当時、私は7割がた賛成しながらも一抹の不安を感じていた。それは、一つの企業だけで技術を囲い込んでいても、いずれ他社は追いつけるということだ。というのは、競合他社が新しいアイデアを学会や研究会などでいろいろな側面から議論すれば、問題解決できることをこれまでの技術の歴史が教えていたからだ。例えばMOSトランジスタの界面制御技術がそうだった。国内では垂井康夫・菅野卓雄両教授を頂点として日本の大手半導体企業や研究機関が学会活動を中心に、MOS界面技術を徹底的に解明し今日のMOSLSI技術の礎を作った。半導体レーザー技術もそうだった。
たとえブラックボックスにして技術を囲い込んだとしても、リバースエンジニアリングのレベルが上がっているため、競争者がその気にさえなれば技術の中身を知ることはできる。インテルのプロセサチップでさえ、マイクロコードをコピーすれば互換チップは作れる。インテルのマイクロコードのコピー事件が起きると、マイクロコードにも知的財産権(IPR)が認められた。すると今度は、インテルのIPRを侵さないように、コードモーフィング(Code Morphing)技術が登場した。x86系命令そのものではなく、独自命令を用意して、x86命令とのコンバータを作るというもので、インテルのマイクロコードは使わない。これはTransmeta社が開発した技術で、あくまでも独自命令のマイクロコードで作るのである。
いつまでも技術流出を防ぐことしか考えなければこの情報化時代には取り残されてしまう。もちろん、トップレベルの海外企業(インテルやクアルコム、マイクロソフトなど)が技術の中身をブラックボックス化しながらも特許やIPRで独自性を訴えるのは、いずれ技術が流れてしまうことを知っているからだ。それを防ぐ最大の対策は、新技術を次々に開発することである。
この記事からの教訓は、グローバル化を念頭に数で勝負することを追求しなければテレビというコモディティ製品では勝てないということだ。テレビやビデオレコーダー、携帯電話、スマートフォン、パソコンといったコモディティ製品で勝っている企業は、圧倒的な数量で生産している所である。月産1000万個単位の生産力を確保する手立てがなければコモディティ市場では勝てない。
もちろん、コモディティではない製品で勝負するという手はあるが、少ない生産数量で割に合うビジネスをするためにはニッチ市場を世界に広げるという考えがなければコスト的に引き合わない。日本のSoCビジネスが全滅したのは、コスト的に合わないことをやってきたからだ。惨敗しないためにはたとえニッチ市場といえども、低コスト技術、例えば世界標準技術、を手に入れることだ。標準化技術は入出力をハード的にもソフト的にも統一することで、自分は内部の独自技術を極めることに集中できる。入出力部分はできれば市場から流用し、自社が手掛けない技術(例えばソフト開発)はパートナーとコラボすることが手っ取り早い。標準化技術が市場になければ、みんな(世界中の企業)で決めるように働きかける。標準化技術に日本も世界もない。市場で手に入りさえすればよい。
ニッチ市場でも参入バリアが低ければ競争相手はすぐにやってくる。勝つためには独自技術と、低コスト技術の両方を磨き続けることがキーポイントとなる。