民主党の政権交代は半導体産業にどのような影響を及ぼすのか
8月最後の週における電子産業のニュースは、比較的豊富ではあったが、やはり議論しなければならないことは政権交代が半導体にどう影響を及ぼすかだろう。富士通がファブライトを一層進めることと、NECエレとルネサスの合併劇がまた一月延期されたこと、NEC・日立・カシオの携帯電話部門の統合などの話は霞んでしまった。
8月30日の衆議院議員選挙において、民主党が全480議席中、308議席を取り、与党になることが決まった。選挙前は自民党が300議席、公明党が31議席と過半数を取っており、民主党は115議席にすぎなかった。それが3倍近い308議席を取ったわけだから、今日は俗に言われる歴史的な転換点といえないこともない。
ただ、民主党が政権をとることで、半導体産業はどう変わるのか、ここが最も関心の高いテーマだろう。これまでの自民党政権は残念ながら、日本のあるべき姿、すなわちビジョンを描いてこなかった。日本がこれから先10年、20年先のあるべき姿をどのように描くか、という視点がなかったため、その場しのぎの対策で終わってしまった政策が多い。しかし、民主党からも20年先のビジョンはまだ聞いたことがない。
英国が今の日本と同様に経済が成長せず、英国病とまで揶揄された80年代に、政権を労働党から戻した保守党のサッチャー首相は、「民間企業が自己責任で自由に市場に参入できる社会が国を豊かにする」というビジョンを掲げた。彼女のビジョンは、その後の規制緩和、小さな政府、外資の積極誘致、グローバル経済へと1対1でつながっている。例えば、民間企業が自由に市場へ参入できるようにするための規制を取り払うと、それを管理していたお役人は要らなくなるため、役人の数を減らす小さな政府へとつながった。首を切られるお役人のために新しい職場を提供するため外資をどんどん呼び込み就職先を確保した。サッチャー改革は保守党から労働党へと政権が変わっても受け継がれてきた。現在のブラウン政権は省庁に手をつけ、民間企業が新しいベンチャーを立ち上げられやすい環境を作ったり、経済活動に大学までも参加して責任をとるように省庁を改変したりしている(詳しくは英国特集を参照)。
民主党の鳩山代表は、官から民へ、と唱えているが、どういうビジョンのもとでそれを訴えているのか見えてこない。政策決定のプロセスは官主導でやられていることに異論を唱えているだけにすぎない。サッチャー首相が大きなピクチャーを描き、それに沿ってさまざまな改革を推し進めてきたことと比べると、官主導から民主導に変わることで電子産業はどうなるのかまだ見えない。サッチャー政権は、設計が得意な英国に、製造が得意な外国企業を積極的に誘致することで、設計から製造までのエコシステムが出来上がると考え、実行してきた。NECや日産自動車が英国へ進出したのはまさにこの時期だった。
英国の改革を賛美すると、昨今の金融危機の原因はこの自由主義経済にあるとばかりに、たたく輩が必ず出てきて、改革を止めようとする。もちろん、金融危機の影響によって英国経済が日本よりも傷ついていることは事実ではある。しかし、このことをサッチャー改革のせいだという声は英国内には少ない。
民主党政権が日本の10年後、20年後をどのような国にするつもりであり、そのために具体的にどのような政策を作っていくのだろうか。国民視線で、といわれることも実は国民とは誰か、誰を想定して国民と定義しているのかによって政策はまるで変わってくる。子供、年寄り、青年、主婦、働き手、さまざまな国民に共通する政策が本当にあるのか、それは国民を20年後も幸せにするのか。20年後の日本を見据えたビジョンとなると教育問題は切り離せない。どういう人物を目指し育成していくのか、そのためにどのような教育の仕組みを導入するのか、教育論は避けて通れない。
まずは10年後、20年後を目標とするビジョンを掲げてほしい。次にそのビジョンを実行するために必要な政策を掲げてほしい。もし日本の未来に向けてものづくり製造業をコアコンピタンスにするというのであれば、世界的な競争力を付けるために何をどうすればよいのかを示してほしい。政治がモノづくり産業界を強くするために行うことは、産業界の声を吸い取る仕組みをまず作ることから始め、その声を実現するための政策へとつなげるべきであろう。ものづくり産業のキモとなるのが半導体チップであることは変わらない。
半導体はトランジスタ誕生から60年たってもいまだに成長産業であることの認識を政府は持っていただきたい。半導体チップの応用はかつての電子機器産業から精密機器産業、機械産業、輸送機器産業、航空宇宙産業、医療機器産業、通信産業、ITやサービス産業などへと広がっており、この広がりはまだ止まらない。この先はエネルギー産業や環境産業へも広がっていき、それらの産業を支えるキモとなるのが半導体であることも認識してほしい。日本の半導体産業は残念ながら、この大きな流れに乗れないでいるために赤字が続いたり黒字へと転換できないでいたりするが、半導体そのものはこれからも成長できる産業である。10月下旬に予定しているセミコンポータル主催のセミナーSPIフォーラムでお話するが、半導体はたとえ微細化が止まっても成長できる産業である。