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特集:英国株式会社(最終回) 健全な経済効果を求める産学共同サイクル

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これまで見てきたように、エレクトロニクス・イノベーションのエコシステムができている、ケンブリッジとブリストル地域では、産学協同が盛んである。ともに大学があり、ベンチャーが集う街でもある。両地域とも、大学が社会に役立つ応用研究に力を入れ、社会に還元するという役割をはっきりと意識した産学共同プログラムを進めている。

企業が求めるテーマを大学が研究し、その成果を企業に提出する。企業はその成果を基に製品化して売り上げを得る。そのお金を大学へまた投資する。こういった大学の研究と経済効果の健全なサイクルを作り、右肩上がりの成長を作り出していく。英国を代表するケンブリッジ大学CAPE(Centre of Advanced Photonics & Electronics)と、ベンチャー企業が集うブリストル大学RED(Research & Enterprise Development)は、新しい産学共同の仕組みを作り出そうとしている。

大学という仕事には、研究と教育がある。教育関係の費用は日本の文部科学省に相当するDIUS(Department for Innovation, Universities and Skills:イノベーション・大学・職業技能省)が責任を持つが、研究費用は経済産業省に相当するBERRが責任を持つ、とDIUSのEuropean and International Innovation Policyの責任者であるChris North氏はいう。これは、社会のニーズをよく知っている役所が担当するというごく自然な仕組みを利用しているだけにすぎない。

CAPEはエレクトロニクスを最重要視
1209年に設立された英国ケンブリッジ大学は80人以上のノーベル賞受賞者を誇る、名門の国立大学の一つである。来年、創立800年を迎える。ここにCAPE(Centre of Advanced Photonics & Electronics)と呼ばれるエレクトロニクスの研究組織がある。電気工学科に所属する部門であり、単なる象牙の塔にとどまらず産業界と組んで社会の役に立つ研究、発明を推進する目的で3年半前に設立された。

この電気工学科は工学部に属し、工学部には6つの学科がある。6つ共、最先端の研究を推進する部門だけに限られている。電気工学科に加え、以下のような学科がある;航空・流体力学科、機械工学・材料学科、地質・構造工学、製造工学、情報工学。

中でも、電気工学科の規模は工学部全体の半分以上を占める、とCAPEステアリング委員会議長のBill Crossland教授は語る。すなわち、工学部の中でエレクトロニクスを最も重要視していることの裏付けでもある。

電気工学科では主に3つの大きな分野を担当する。半導体エレクトロニクス・ナノスケール科学、パワーエレクトロニクス・電力変換、フォトニクス・システムズ・オプトエレクトロニクス、である。CAPEはこれら3つの大分野を包含する形で存在し、産業界からのパートナー支援と、ケンブリッジ大学内の学術的な支援が得られるような構造になっている。


CAPEが担うべき研究分野に他の学部や産業界が支援する

図9 CAPEが担うべき研究分野に他の学部や産業界が支援する


CAPEは、世界の先端的な設備と、ケンブリッジの優秀な専門家をベースにした組織である。CAPEは理想的には3~5社の世界的な企業の出資を得て、エレクトロニクス・フォトニクス産業のサプライチェーンを横切るようなパートナーシップを組む。CAPEは新しい形の大学-産業界共同プロジェクトとして、最先端をゆき、研究から商品化までの垂直統合的に追求する共同研究にしていく。

CAPEのミッションは、
1)多くの専門家の目による研究を通して、新しい材料、プロセス、部品、システムを発明あるいは開発すること。
2)市場へ投入できるように将来の戦略を決めること
3)フォトニクスとエレクトロニクス技術のプラットフォームを融合させて、産業界のテーマを決めること
である。

これまで大学における研究開発は、10年先に商品になるかならないかわからないテーマが多かったが、研究開発予算の有用性に対するプレッシャーが強くなってきているため、研究開発の成果をもっと早く出すように望まれている。産業界としても何年先に実用化できるものなのかある程度、捉えておかなければ投資の回収を望めなくなってしまう。その妥協案ともいうべきビジネスにつながるかどうかのぎりぎりの期間を5~10年とみて、大学研究とのギャップを埋めようというのがCAPEの役割だ。

現在CAPEの戦略的なパートナーにはダウコーニングと日本のアルプス電気がいる。アソシエートメンバーとしてはカールツアイスがいる。

定める応用分野は、デバイスとディスプレイ、製品として使える材料、ナノテクノロジ、システム、エネルギー保存・変換(これは検討中)である。このうち、電子材料の研究テーマとしては、CNT(カーボンナノチューブ)を正確に堆積させる技術、CNTチューブ1本だけを形成する技術、CNTトランジスタ、ディスプレイのカソード電極向けのCNT、CNTチューブ1本のナノ電子銃、CNTプローブ、CNTセンサー、疎水性のCNT、CNTワイヤーアレイ、CNTとポリマーとのコンポジット、などがあり、すべて試作して実証している。

パワーエレクトロニクス・電力変換のテーマとしては、高効率のパワーデバイス、太陽電池と風力発電、燃料電池をつなぐ送電網の新技術、CNTを利用した燃料電池、超電導体、スイッチトキャパシタによるDC-DCコンバータ、MEMS、ダイヤモンドデバイス、などがある。

フォトニクス通信研究テーマとしては、1Tbps以上の次世代超高速通信、光データ通信、光スイッチングの三つがある。次世代超高速通信にはフォトニクス結晶ICや量子ドット、信号処理などの技術が必要としている。光データ通信では、データ通信システムや部品、セルラー・WLANへの配信なども含まれる。光スイッチングでは、オール光による誤り訂正技術や、コンピュータシステムをつなぐ光ネットワークなどを研究している。

フォトニクス/センサー/ディスプレイでは、厚さ1cm以下のフラットパネルプロジェクタや、マイクロフラックスゲート/巨大磁気インピーダンス・センサー、LCOS(シリコン上のLCD)、位相オンリーホログラムを用いたLCOS板のビデオプロジェクタ、ギガ画素LCOSによるホログラフィ3次元ディスプレイなどを試作している。

産学共同プロジェクトからスピンオフして起業した例もいくつかある。3次元ディスプレイのSetred(www.setred.com)社や、フラットプロジェクタのCamFPD(Cambridge Flat Projection Displays: www.camfpd.com)社、高効率のAC-DCコンバータのCamSemi社(www.camsemi.com特集(8)を参照)などがスピンアウトしている。

ケンブリッジ大学の電気工学科にはCIKC(Cambridge Integrated Knowledge Centre)という組織もある。ここは、CAPEが進める先端的なフォトニクスとエレクトロニクスを製造するための技術を追求する。分子レベル、マクロ分子レベルでの材料を通して、量産まで移管できる技術を構築する。単なる研究、試作レベルにはとどまらない。市場へ製品として出すためには、開発後のパイロット生産、さらには量産までも生産技術を構築しなければならない。


大学での研究もビジネス社会の一環として組み入れる

図10 大学での研究もビジネス社会の一環として組み入れる


Bristol大学REDは世界中の企業と研究
ブリストル大学は、産業界との共同研究に重きを置いている。これは英国政府およびEC(欧州委員会)が大学に対して、応用研究にもしっかりサポートしていることによる。英国政府の知識経済政策によって、大学は鼓舞され応用研究を積極的に進めている。応用研究は、大学での研究成果やIPR(特許などの知的財産権)を産業界へ移転し、その見返りとして産業界は大学の研究や教育活動をサポートする。

ブリストル大学RED(Research & Enterprise Development)の責任者であるNashan Canagarajah氏によると、同氏は電気工学の教授であると同時に時間の20%を産業界との関係構築に費やしており、産業界との窓口になっているという。

ブリストル大学の周辺の立地にはメリットが多い。もともと、エアバス社やロールスロイス社が拠点を構えた航空機産業が盛んな街である。加えて、マイクロエレクトロニクス産業が多いこと。東芝、ソニーエリクソン、STマイクロエレクトロニクス、イマジネーションテクノロジーズ、アイセラ、パナソニック、H-Pなどエレクトロニクスビジネスも多く、コンピュータやエレクトロニクスの先端研究が進んでいる。さらには、クリエーティブ産業が集積している街でもある。BBCやITV、Aardman Animations社など放送業界、アニメ産業、制作ハウスなどが盛んである。


ブリストル大学 Canagarajah教授

写真23 ブリストル大学 Canagarajah教授


Canagarajah教授は、ブリストル大学は他の大学と比べ、競争力が足りないことが分かったためREDを作ったとしている。研究委員会や省庁など政府の資金だけではなく、ECや産業界からも幅広く資金を調達した。REDは産業界のトップクライアントなどのこういった多くの関係を管理している。さらに、さまざまなサービスを大学へ提供している。たとえば、プロジェクトマネージメントや契約マネージメント、IPRのマネージメントや売り込み、この他にも資金提供のチャンスのマネージメントなどがある。

ブリストル大学の収入のうち、40%は世界中の企業からの直接出資による。100万ポンド以上出資している企業には、東芝、ロールスロイス、GEエアロスペース、アガスタウェストヘリコプターズなどがある。また出資している日本企業としては、三菱商事や京セラや住友商事、旭化成などがいる。

ブリストル大学は英国の中ではトップ10位に位置し、世界の大学の中ではトップ50位に位置する。さまざまなプロジェクトや研究のコラボレーションを通じて、実力をつけていく方針だ。このため産業界との協力は欠かせない。例えば、博士号をもつ者が3年間研究しても、もし業界と関係のない研究しかやらないのなら、産業界との研究をしているものよりも給料を安くする。

最近は、研究、教育、IPRマネージメントまでも含めてもっと大きな戦略的な関係を企業と結ぶように変えてきている。これは、積極的に企業と研究開発し、技術的な問題にソリューションを提供していく。この結果、ロールスロイスやGEアビエーション、ブリティッシュエナジーなどの企業と戦略的な関係を築くことができた。ロールスロイスの総合大学技術センターは、2007年4月から始め、5年契約で250万ポンドの支援をもらい、5年間継続的に研究する。

ブリストル大学は、大学間の世界的なネットワークである、Worldwide Universities Networkの一員でもある。この組織には残念ながら日本の大学は一校も参加していない。ホームページwww.wun.ac.ukを見る限り、米国、中国、カナダ、オーストラリアなどからも参加しているが、日本の大学はいない。この組織ではスタッフの交換を数カ月間行い、さまざまなアイデアを実現するための関係を構築している。

ただし、日本の大学とはつながりのあるテーマもある。例えば地震工学関係のテーマでは、日米欧の大学がリアルタイムでつながっており、地震技術ネットワーク(Network for Earthquake Engineering)を通して情報を共有している。ジオサーマルとか海の潮流のエネルギーを利用する研究も持続的なエネルギー研究のテーマである。

ブリストル大学には、学部が6つあり、それぞれ工学部、芸術学部、医学・獣医学部、薬学・歯学部、理学部、社会科学・法学部である。このうち半導体エレクトロニクスが関係する工学部には、航空工学科、機械工学科、土木工学科、応用数学科、電気・電子工学科、コンピュータ科学科、の6つがある。逆にいえば6つしかない。学科同士がお互いに情報交換しながら仕事しあう。

研究のテーマとしては、先端複合材料・インテリジェント構造、通信、ダイナミクス、エクサバイト情報システム、ロボット工学・自律システム、予測可能科学、ナノテクノロジ・量子情報、環境変化がある。いずれも今から数年後には製品や技術、サービスに求められるようなテーマである。たとえば、エクサバイト情報システム(Exabyte informatics)では、現在最も大きな単位であるテラ(Tera:1015)の1000倍もの大容量なコンピュータシステムのあるべき姿を求める。エクサ(1018)は、従来のようなノイマン型コンピュータではもはや対応できないようなデータ量の単位であるため、ノイマン型コンピュータの考え方を根本的に見直し、まったく異なるシステムの概念を構築しようというもの。

さらに国家的なプロジェクトに対しても大学も一緒に参加する。たとえば、通信のテーマにはBERRおよび産業界からの出資により120万ポンドのVISUALISEプロジェクトがあるが、ここでは例えばバイオエレクトロニックインターフェースの開発や、カオス信号伝送のワークショップを開催する。このビジュアライズプロジェクトは、主なスポーツイベントをまるで見ているかのような体験を狙い、携帯機器を使っていろいろなメディアにどこからでもアクセスできるようにしようというもの。

ブリストル大学は、世界でも有数の高度なレベルの設備を持つ。産業化に強く支えられ、しかも優秀な学生を呼び込みながら、アカデミックな世界の中にトレンドを設定している。今後、英国内でトップ3位、世界でもトップ15位を目指す。

社会の要請で研究し社会へ還元する
大学での研究は、研究者の個人の興味ではなく、社会の要請によって研究され、それを社会に還元してはじめて社会の役に立つといえる。英国では今、大学での研究も経済社会の枠組みの中で回っていくように組み込むことで、その存在意義を求めようとしている。象牙の塔に閉じこもることはもはや許されない。

英国では、科学のアイデアをビジネスにまで持っていき、ビジネス構築を進め、資金が回収され、次の新しい技術課題が出てくると、その解決の要請を再び大学に求め、大学のアイデアに投資するという、一連の市場経済サイクルが社会には必要であり、大学もその一角を担うという仕組み作りを進めている。

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