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特集:英国株式会社(9)イノベーティブな企業を生む政府の仕掛け

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イノベーティブな技術を持つベンチャー企業を紹介してきた。どの半導体チップも世界中の競合製品と比べると、性能、機能、価格などの点できらりと光るものがある。こういったイノベーティブな企業は英国でしか生まれないのだろうか。いや、決してそのようなことはない。英国は、イノベーティブな技術を持つベンチャー企業を生み、育成する仕組みを導入したからこそ、できるようになった。官民を挙げて、民間企業が自由に参入し、世界のメーカーと競争できる仕組み、すなわちサッチャー改革を継続してきたことがそのカギとなっている。

労働党ながらサッチャー改革を引き継いできたトニー・ブレア元首相、その後を継ぎサッチャー改革をさらにアグレッシブに進化させてきているゴードン・ブラウン首相は、英国の活力を最大限に引き出すため、就任直後の2007年7月に日本の経済産業省に相当するDTI(貿易産業省:Department for Trade and Industry)を解体した。DTIの解体には、実は日本の文部科学省に相当するDES(Department for Education and Skills)の解体も伴った。なぜか。英国は大学のレベルが世界のトップをゆくほど高いが、それをさらに強めるためだ。もちろん、国内外の民間企業が市場に自由に参入するための規制緩和はいうまでもない。

その結果、旧DTIをDBERR(Department for Business, Enterprise and Regulatory Reform:ビジネス・企業・規制改革省)と科学技術部、UKTI(UK Trade and Investment:英国貿易投資総省)に分けた。教育のDESはDIUS(Department for Innovation, Universities and Skills:イノベーション・大学・職業技能省)と改称しDTIの科学技術部を組み入れた。「省庁の名前にInnovationという言葉がついたのは今回が初めてである」、とDIUSの欧州・国際イノベーション政策長のDavid Evans氏は語る。


DIUS European and International Innovation Policy部門長David Evans氏

写真16 DIUS European and International Innovation Policy部門長David Evans氏


サッチャー改革以来の「民間企業の自由意思で自由に市場へ参入できる社会」を追求する英国政府は、政府の役割が国内外の民間企業が市場へ参入するというサポートに力を入れる。このため、外国企業を積極的に英国へ誘致することはもちろんであるが、英国企業が外国市場へ参入する場合の外国とのビジネスの出会いも後押しする。日本市場に参入したい英国企業があれば一緒にツアーを組む。トレードアソシエーションとも一緒に協力する。その逆に、英国市場へ進出したい日本企業があれば、そのお手伝いもする。だからUKTIのIがIndustryではなく、Investmentなのである。

「英国政府の目標の一つがGDPに対する研究開発費を現在の1.9%から2014年までに2.5%に引き上げ、研究開発立国を目指そうとしている。このためにいろいろなテーマをいろいろな所で、いろいろな方法で成し遂げようとしている」と、UKTIのICT Strategy & Technology AdviserであるJohn Davies氏は述べる。特に注力する分野はエレクトロニクスとフォトニクスである。3年間で10億ポンドをこれらの分野に費やす。フォトニクスにはディスプレイやセンサー、も含んでいる。


UKTI ICT Strategy & Technology AdviserのJohn Davies氏

写真17 UKTI ICT Strategy & Technology AdviserのJohn Davies氏


大学機能の強化と半導体関係の委員会
政府が研究開発に力を入れ、半導体・エレクトロニクス産業を強くするための主な施策は二つある。一つは大学での研究開発の強化、もう一つは情報交換のためのさまざまな場を提供することである。そのための組織も強化した。

英国で研究開発といえば大学が強い。しかも世界の優秀な大学トップテンのうち3校は常に入っている。「ケンブリッジ大学、オクスフォード大学、ロンドン大学インペリアルカレッジである」とDIUSのEuropean and International Innovation Policyの責任者であるDavid Evans氏は大学の強みを生かそうと述べる。日本とは違い、大学以外の研究機関はない。このため企業の研究開発と大学に資金を投入する。UKTIが研究開発プログラムを組む場合、国庫から資金を直接投入する。英国へきてほしい外国の多国籍企業を探す場合、研究開発のスペシャリストが英国の大学と企業との関係を外国企業にも与えることになる、とDavies氏はいう。

英国政府は、大学をも市場経済の枠組みに入れようとした。英国以外のトップテンには米国のハーバード大学やプリンストン大学、MITなどが入っており、いずれも産業との結びつきが強い。米国の大学が市場経済とリンクして産学共同をうまく機能させていることを参考にした。

大学の実態は次号に譲るとして、英国政府は市場経済活性化の手段の一つとして今後の成長産業である、エレクトロニクス産業を最重視するようになった。なぜか。特集(1)で紹介したように、エレクトロニクスこそが5兆ドルにもなるサービス産業の根底をなす成長産業だからである。

中小企業だけで世界とどう戦うか
しかし、英国のエレクトロニクス産業には大手企業はいない。ファブレス半導体メーカーやIPベンダーなど、米国や欧州大陸、日本、韓国、台湾と比べてずっと小さな企業が圧倒的に多い。このような中小企業でどうやって世界の大手企業と戦うか。エレクトロニクス産業をよく見ると決して一様な分野ではない。コンピュータあり、通信なり、無線技術あり、半導体あり、電源あり、民生電子機器あり、医用機器あり、実にさまざまである。だからこそ、ニッチも多い。ここに中小企業でも戦える場がある。加えて、中小企業とはいえ、もともと米国や欧州大陸、アジア、日本などの大手企業から英国に戻ってきた優秀な経営者が多い。業界のことは知り尽くしている。

英国エレクトロニクス産業の将来展望を描くための委員会、ELC (Electronics Leadership Council)が2005年10月に当時のDTIの後押しで設立された。現在、BERRがサポートしている。この組織は、政府がエレクトロニクスのことはわかりえないため、ELCが政策メーカーとなり、産業界の声を代弁して政府へ伝えるために生まれた、とBERR Deputy DirectorのTim Goodship氏は言う。エンジニアの多いELCではどうやって産業界を活性化して新しい製品に結びつけるかを考え、最近のトレンドとして、デザインやiPod、地球温暖化、省エネなど良いイメージを作り出し、政府へ伝える。


BERR Deputy DirectorのTim Goodship氏

写真18  BERR Deputy DirectorのTim Goodship氏


Electronics Leadership Council(エレクトロニクス統括協議会)では、米SolectronやオランダPhilipsなど大企業を経験した人たちが多い。Council会長のHarry Tee氏は半導体照明を手掛けるダイヤライト社の社長である。

Technology Strategy Board(技術戦略会議:TSB)という委員会は2007年7月にできた。このミッションは、研究をプロモート、サポートし科学技術の開発やビジネス上でのアイデアを生かすことで、経済成長を持続させ、生活の質を向上させることである。英国の競争力を高めるためにイノベーションを推進するために政府に進言しバリヤを除き、新技術の探究を加速させる。新しい技術を生み出す技術志向の企業を集め、英国をイノベーションのリーダーとなるように、ビジネスにフォーカスしパートナーとのコラボレーションを進めていく。

TSBは出資してKnowledge Transfer Network(知識移転ネットワーク:KTN)という組織を作った。ここは起業したてのベンチャーや小さな企業に対して、全国規模で知識の共有と交換を進め、イノベーションを生み出すための組織である。中小企業が大学院生や学生を雇う場合に知識を交換するセミナーを23件開いた。毎年百万ポンドの予算を組み、セミナーを開くが、有料にしたり、スポンサーシップを募ったりもする。ここで成長した企業に対してはUKTIがサポートする。英国にいる外国企業や英国企業がコラボレーションの相手を探すとか、商品化への関係を構築するなどのお手伝いをする。 

外国企業とのコラボレーションを進めるUKTIには、地方組織もある。ケンブリッジやブリストル、スコットランド、ウェールズなどの地方にもチームを置いている。地方のUKTIの情報を中央のUKTIに上げ、中央がトレードショーやセミナーを開催し、情報共有を図る。毎年イベントを開く。小さなセミナーだが、1対1のミーティングを行い質の高い出会いの場を提供する。

グローバルなコラボはもはや必須
さらに、市場の機会があって外国の工業会などが来ると会わせる。昔は国ごとにアレンジしていたが、分野ごとに出会いを決めるため、質は高くなった、とUKTIのJohn Davies氏は言う。国ごとに企業との出会いをアレンジしても分野が違えば英国とその国との思惑はずれる。そこで分野ごとに英国企業との出会いをアレンジするようになった。

英国の技術と日本の大手エレクトロニクスメーカーとのコラボはお互い、Win-Winの関係になると、BERRのGoodship氏はいう。その理由は次の3点にあるとしている。
1)日本はエレクトロニクスの重要な市場である
2)日本メーカーは研究開発力のある英国で設計すると強くなる
3)英国のメーカーはほどよいサイズである上、ハイエンドの付加価値の高い製品の製造には強い。

例えば、プラスチックエレクトロニクスでは良いメーカーが英国に集まっている。Polymer Visionに買収されたサザンプトン地方のInnos社は、携帯電話にフレキシブルプラスチック液晶ディスプレイを載せた(写真)。フィリップスからスピンオフしたPolymer VisionはNXPの隣にある。


プラスチックトランジスタのフレキシブル液晶を使った携帯電話機

写真19 プラスチックトランジスタのフレキシブル液晶を使った携帯電話機

上の例でみられるように、応用研究に注力しているTechnology Strategy Boardの主力分野はエレクトロニクスエンジニアが研究している物理科学である。これを利用して製品開発に力点を置く。

大学での研究を産業界の商品化へと結びつける動きも活発である。スコットランドなどの地方行政府でも投資するが、シリコンサウスウエストなどへも投資する。知識を産業界と大学間で共有するためのネットワークを用意する。たとえば、医用研究カウンシル、バイオリサーチカウンシル、パーティクル物理などと、エレクトロニクス関係者とは知識を共有する。ケンブリッジやシリコンサウスウエストへ行くとワイヤレスネットワーク、Wireless2.0がある。このネットワークは英国内だけではなく海外とも交流する。

英国で盛んなベンチャー企業ができたケースは大きく分けて2種類ある。一つはケンブリッジ大学などから起業したケース。CSR社はケンブリッジコンサルタントからスピンアウトした。もう一つはブリストル地区のケース。かつて、トランスピュータで一世を風靡したInmos社出身者が設立した企業にはXMOS社がある。Icera社のように米Broadcomから来た人たちもいる。各社から起業しやすい街に集まってきたというわけだ。

UKはEUからの恩恵もある。今二つのプロジェクトが動いている。組み込みコンピュータシステムの設計で欧州がリードするためのネットワークとしてのARTEMISや、ENIAC(European Nanoelectronics Initiative Advisory Council)にも参加している。ENIACは、微細化からMore than Mooreともいうべき、SiPやSoCなどの新しい技術の導入を進める。昔とは違い、英国の技術は有効に活用できるような時代になってきた。

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