生成AIが実証実験から現場へ提供、医療現場での適用始まる
生成AIの現場利用が始まっている。すでにPoC(実証実験)の段階は終わった。日本IBMは、ビジネス利用の生成AIやAIの利用をさまざまな分野の顧客に提案してきたが、すでに現場利用を明らかにできるレベルに達した。医療現場の事例を紹介する。日立製作所も生成AIを活用して顧客へのサービスを提供するビジネスを始めた。

図1 乳がん患者は増え続けている 出典:日本IBM
日本IBMがこのほど公開した生成AIは、患者の希望に合わせた治療法を選択するために必要な「対話型乳がん疾患説明生成AI」と「患者説明・同意取得支援AI」を大阪府立病院機構大阪国際がんセンターに導入、運用を開始した。前者の生成AIは、患者からの疑問や質問に答えることで患者の不安を取り除くと共に、医師側からは問診の手間を省くことができる。後者の生成AIでは患者の同意を得ることができるようにする。
乳がんは、患者数が毎年増加傾向にあると共に、治療法の選択が多岐に渡る(図1)。手術すべきか温存するか、手術しても術前化学療法か術後か、など初診患者の説明などに多くの時間が割かれるという問題がある。その割に乳腺専門医の減少傾向があり、このままでは十分な治療ができなくなる恐れが出てくる。
乳がんの患者にはこれまで医師などが1時間程度かけていた説明を生成AIが代わって説明、質問に答えるという形で行う(図2)。タブレットやスマートフォンで使えることで患者や家族の疾患に対する理解が向上し、不安が和らぐ。実際にこのAIを利用した患者からは、「インターネットに不確実な医療情報が溢れている中で確かな情報が得られることが有益である」、「生成AIが、分からないことに『分からない』と回答することに信頼感を持つことができる」、「待ち時間中に疾患の説明や同意取得を済ますことができ、家族も一緒に疑問を解消できることが有益である」、「診察中に医師へ質問することに申し訳なさを感じていたが、事前にAIに何回も質問することで不安を和らげることができた」との感想があったという。
図2 対話型乳がん疾患説明生成AIのスマホ画面 出典:日本IBM
このAIは、IBM watsonxで構築されており、これをベースに大阪国際がんセンターにこれまでに蓄積されたデータや、公表されている乳がん関係のデータ、分析データなど必要なデータを絞り込んで学習させ、最近の大規模言語モデル(LLM)を用いて医療向けに開発された。そのうえで数百通りのQ&Aを生成、さらに医療従事者や看護師のこれまでの知識や経験に基づく質問シミュレーションも加えた。IBMは乳腺・内分泌外科、主任教授をはじめ生成AIが導き出す回答を全てレビューしてもらい完成させた。
今回の発表では、医療データベースの構築を目指す、国立の「医薬基盤・健康・栄養研究所」も加わっている。
IBMは今後、乳がんだけではなく、食道や胃、大腸などの消化器官のがんに対しても対話型疾患説明生成AIを開発すると共に、問診生成AIや看護音声入力生成AI、書類作成・サマリー構築などの生成AIも開発していく(図3)。
図3 今後のロードマップ 出典:日本IBM
日立製作所もこれまで社内で培ってきた生成AIの理解や知識をベースにして、顧客ごとに「業務特化型LLM構築・運用サービス」と、「生成AI業務適用サービス」を10月1日から提供する(図4)。これは顧客ごとに、まず生成AIを作成し、運用していくというサービスだ。
図4 コンサルティングから学習、そして運用の推論までの生成AIを提供する 出典:日立製作所
高い機密性を要求する顧客にはオンプレミスでサービスを提供する。これまで、同社はデータセンターを持ち、NvidiaのGPUサーバーであるDGX H100を備え、さらにそれらのサーバー同士をInfiniBandスイッチで接続している。このためNvidiaやクラウド業者(AWSやGoogle Cloud、Microsoft Azure)ともパートナーを組んできた。これを元に1000件を超えるユースケースで得たコンサルティングのノウハウを生かし、コンサルティングから、学習環境を作るための「業務特化型LLM構築・運用サービス」、そして実行環境である「生成AI業務適用サービス」によって運用していく。
ここでは、東京工業大学と産業技術総合研究所が共同で開発した日本語ベースの大規模言語モデルであるSwallow LLM 70B (700億パラメータ)を用いて、顧客ごとの生成AIを開発する。今後はオンプレミスとクラウドのハイブリッド環境で生成AIを自在に活用できるAIソリューションを目指すとしている。