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エイブリック、「やらされ仕事」から社員のキャリア形成へ転換、業績アップへ

「やらされ仕事」ではなく、自分でキャリアアップの道を確立させ、「やる仕事」に社員を変えた。ミネベアミツミの仲間入りを果たし、好調な業績を維持するエイブリック。「半導体チップの単価を上げても顧客が理解してくれた」という逸話を持つように社風に外資の知恵を入れ企業を変身させた(参考資料12)。6月29日付けでエイブリック会長になりミネベアミツミの専務執行役員も兼務する石合信正氏(図1)に最近のエイブリックについて聞いた。

石合信正氏

図1 6月29日付けエイブリック社会長兼ミネベアミツミの専務執行役員の石合信正氏


エイブリック(Ablic)のもともとのルーツはセイコー電子工業。大株主がセイコーグループから日本政策投資銀行、さらにミネベアミツミとわずか2年半で大きく変わった。もはやセイコーグループからは完全に切り離され、半導体企業として本格的に我が道を行く。ジョブ型で専門性の高い組織を目指してきた石合氏は、さらに踏み込んだ人作りを目指す。

2022年度のミネベアミツミの売上額は1兆3000億円弱とこれまでの最高を記録し、2029年には2.5兆円を目指している(参考資料3)。こういった規模の拡大は社員のやる気がなければ達成できない。「感じる半導体、アナログ半導体のエイブリック」というテレビコマーシャルを流しているようにエイブリックはアナログに強いが、信号処理はデジタルで扱う方が圧縮や誤り訂正、長距離伝送などに適している。そこで、デジタルも強化を図っていたところ、デジタルLSI設計に強い、元富士通半導体トップの藤井滋氏が創立したSSC(Samurai Semiconductor Corp)がたまたま事業継承の相手を探していたため、真っ先に手を上げて全株式を取得した。

「SSCには18名程度のエンジニアしかいないが、全員やる気がすごい」、と石合氏は言う。これまで医療やEVなど向けの半導体設計を手掛けているところが日本では少なく、SSCはこれらの応用に強い会社だった。

2021年10月には滋賀県野洲市にあったオムロンの野洲工場も手に入れ、アナログICとMEMS事業もミネベアミツミ傘下に入った。この結果、製造と設計のポートフォリオを拡充した(図2)。


ミネベアミツミの半導体部門の関連拠点

図2 製造と製品設計を充実させたエイブリック デジタルLSI設計に強いSSCを買収した 出典:ミネベアミツミ


日本の良さ+外資のスピード感

石合氏は最近、本を2冊幻冬舎から出版した。「日本の技術力を持つ半導体メーカーに外資系スピード感を取り入れたら働き甲斐のある会社に生まれ変わった」という長いタイトルの本と、「展職のすすめ」である。前者は転職経験6回の石合氏がエイブリックに入って改革してきた物語だ。外資系半導体と日本の半導体を取材してきた筆者にとって、日本企業と外資系企業とのさまざまな違いを議論しているこの本には、いちいち頷く個所が多い。日本企業を一般的に一言でいえば、官僚的で、多様性がない、ことであり、外資系は個人の高い専門性と変化への対応力とスピードであろう。

筆者が実際、ドイツの半導体メーカーInfineon Technologiesの本社を訪れた際、1万名以上が働く本社キャンパスには30数カ国からの5000名が含まれる、と同社のスポークスパーソンがさらりと言った。日本の大手企業で働いている人のほとんどが日本人であることと対照的だ。

石合氏は、逆に言えば日本企業の弱点全てが改善の伸びしろになり、成長する余地が大きいと見る。成長に向けて楽しく仕事することが結局、業績改善に結びつき、企業の成長につながる。企業のトップは社員が楽しく仕事できる環境を作り出すべきであり、そのための見返り(英語では給料のことをCompensationという)も含めアワードや適切な特許料を支給する。優秀なエンジニアには社長の給料よりも多い特許料をもらう人間もいるらしい。

もう一つの本「展職のすすめ」は社長自ら社員に転職を進めているように思えるようなタイトルだが、ここで言っている展職とはキャリアアップを指す。会社を半年で変わるような転職だと何にも身につかない。最低でも5年程度は在籍して自分のキャリアアップに努めるべきだと説く。

石合氏は、日本企業を手始めに、ドイツのBayer、米国のGeneral Electric、英Invensys、米Arysta、米Cabotを経て、エイブリックに入社した。GEのJack Welch会長からは「情熱をもって十分やっているか?」と問われ、Nani Beccalli氏からは「個性を重んじ自分自身になれ」とハッパをかけられたと述べている。

結局、次のような関係があるという;
(日本企業の良い面+外資企業の良い面)×人(モチベーション)=働きがいのある会社

残念ながら、働きがいのある会社というランキングでは、日本企業は現在ほとんどいない。日本における働きがいのある会社ランキングでさえも日本企業は少ない。逆に言えば、日本企業はまだまだ改良の余地が大きいとも言えそうだ。


参考資料
1. 「エイブリック、楽しく持続的に成長できる会社へ」、セミコンポータル (2018/08/28)
2. 「20年以降の飛躍に向け、働きやすい会社をまず固めるエイブリック」、セミコンポータル (2019/07/09)
3. 「ミネベアミツミ決算説明会資料、2023年3月期」、ミネベアミツミIR情報 (2023/05/11)

(2023/06/16)
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