セミコンポータル
半導体・FPD・液晶・製造装置・材料・設計のポータルサイト

東工大名誉教授の松澤昭氏がIEEE Pederson賞を受賞

|

かつて松下電器産業でビデオ用のA-Dコンバータを開発、2003年に東京工業大学教授となった松澤昭氏がIEEEソリッドステート部門ドナルド・O・ペダーソン賞を受賞した(参考資料1)。半導体LSIで有名な回路シミュレータSPICEを発明したカリフォルニア大学バークレー校のペダーソン(Pederson)教授にちなんだLSI回路の賞である。受賞式は来年2月のISSCC(国際固体回路会議)で行う。

図1 東京工業大学 松澤昭名誉教授 出典:東京工業大学

図1 東京工業大学 松澤昭名誉教授 出典:東京工業大学


松澤氏は、テレビ/ビデオのデジタル化を可能にした低消費電力A-Dコンバータの開発に貢献した。1チップのバイポーラA-Dコンバータを手始めにCMOSのA-Dコンバータ、さらにA-Dコンバータ内蔵のビデオ用SoCを次々と開発した。松下電器(2008年からパナソニック)を離れ、東工大に着任してからは次世代5Gの中核技術となるCMOSのミリ波トランシーバの開発を手がけてきた。文字通り、低消費電力指向のエンジニアである。

最初のビデオ用のA-Dコンバータを開発していた当時、米国では計測器向けなどに性能を最優先しており消費電力が大きかった。しかも1チップではなく、回路ボードで実現していた。このため消費電力は20Wに達し、価格も100万円と高価だった。松澤氏のグループはこれを1チップのバイポーラ回路で実現し、消費電力も価格も1/10になった。

A-Dコンバータの開発を進めたモチベーションは、映像のデジタル化であった。NHKはハイビジョンを推進しており、デジタル化の方向に「迷わずにやれた」と松澤氏は語る。このことは今でも通用し、例えば世界の先頭を行く企業は迷わずに開発を進めている。TSMCもIntelもSamsungもそれぞれ迷わず我が道を推進している。しかし、日本の企業は迷っているのではないか、と松澤氏は言う。だから大きく成長できないのかもしれない。

当時デジタル化はもちろん放送局用のテレビカメラであり、NHKはハイビジョンを目指していた。そして90年代はカムコーダの時代となるため、A-Dコンバータの更なる低消費電力化が必要だった。これがCMOS化である。1993年、他社よりも消費電力が1/8しかない10ビットのCMOS A-Dコンバータを開発した。この功績によりVLSI Symposiumで招待講演を行った。

当時、米国はパソコン市場が活発であり、消費電力の削減よりも性能を優先していた。低消費電力化はむしろ日本が得意としていた。今でこそ、低消費電力化は米国をはじめ世界共通の認識になっているが、当時は日本だけが民生機器の未来を信じて開発していた。

2003年、東工大に教授として着任した。2007年からミリ波通信の実用化を目指した総務省のプロジェクトを開発した。当時の高周波デバイスはGaAsがあったが集積度を高めることができず、複雑な変調技術を実現できなかった。このため、CMOS回路でミリ波のトランシーバ実現を目指した。これは5G通信に使われる見込のある重要な技術である。

2018年に東工大を定年退職した後も半導体設計に関わりたいとの思いから、半導体設計会社「テックイデア」を設立、100m2程度の2階建ての家を借り、そこをオフィスとした。ここで、IP開発と半導体設計の請負などの業務を行っている。最近依頼が多いのはイメージセンサだという。工場で使うマシンビジョンやIRセンサ向けの集積回路設計だ。

今のところ、NEDOの支援を受けた開発を行っているが、コストがかかるという。NEDOの助成金は開発品の6割しか持ってくれないからだ。1回の試作でシャトルを使っても1000万円程度かかるため、5回試作すると2000万円の持ち出しになり、資金が目減りしていくと嘆く。それでもNEDOプロジェクトに応募を続け、アナログベースのAIプロセッサを開発すると意欲を見せる。GPUの1/30のエネルギーで動作するという。

会社は3人程度のベテランエンジニアで構成されているが、まだベンチャーキャピタル(VC)からの援助は得ていない。ただし、今後はアナログ回路設計を自動化し、アナログレイアウトまで出力できる自動設計ツールを作りたいとしている。この段階でVCから資金を仰ぐ予定だとしている。

参考資料
1. “Akira Matsuzawa Receives the 2022 IEEE Donald O. Pederson Award in Solid-State Circuits”, IEEE Solid-State Circuits Society

(2021/08/11)

月別アーカイブ