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英国特集2009・産業界の要望を採用、大学が研究開発、イノベーションを生み出す

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英国が半導体産業・エレクトロニクス産業を重視している姿を昨年、「特集・英国株式会社」において伝えた。英国は、UK(ユナイテッド・キングダム)と呼ばれるように、イギリス=イングランドではない。UKはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドを併せて英国と呼ぶ。スコットランドはもともと王国であったせいか、祖国に誇りを持つスコットランド人は多い。ロンドンにあるスコットランド投資庁は英国国旗のユニオンジャックではなくスコットランドの旗を飾っている。

スコットランドの旗
スコットランドの旗


産業革命の象徴である蒸気機関を発明したジェームズ・ワット、電話を発明したグラハム・ベル、電磁界を解き明かしたマクスウエル、さらにレーダーを発明したワトソン・ワット(ジェームズ・ワットの孫)と、世界的な発明・発見をしたスコットランド人は多い。スコットランドにおいて金融に次ぐ最重要産業はエレクトロニクス・通信技術分野である。これらは発明者の顔ぶれからもよくわかる。蒸気機関以外はすべて、通信分野で現在でも生きている最も重要な技術である。

電話は現在の携帯電話やスマートフォンに姿を変えたものの、音声を送受信するという基本機能は変わらない。マックスウェルの電磁界方程式は、ノイズ除去やノイズ問題を解くシミュレータや、マイクロ波・ミリ波回路の設計などには欠かせない。レーザーは戦争中、敵機を見つけるのに使われたが、今でも最新兵器である迎撃ミサイルや航空機の管制塔、さらには自動車の衝突防止用途にも使われている。

スコットランドにある14の大学の工学部にはすべてエレクトロニクス学科があると、スコットランド開発庁傘下のScottish Development Internationalの貿易投資ビジネスアドバイザーであるDerek Dougall氏は言う。人口は500万人程度しかない地域に、エジンバラ大学、グラスゴー大学をはじめとして、カレッジが43、大学は14校ある。さらに大学への進学率は52%と極めて高い。大学を出てエレクトロニクス産業についてほしいと願うスコットランド政府は、スコットランドが得意とし、成長が見込める分野としてエレクトロニクス・通信産業を位置付けている。


Scottish Development Internationalの貿易投資ビジネスアドバイザーであるDerek Dougall氏
Scottish Development Internationalの貿易投資ビジネスアドバイザーであるDerek Dougall氏


なぜこれらを重要技術と位置付けているのか。スコットランドの人口は実は減少傾向にあった。日本でいえば北海道や東北地方から東京・大阪などの都会へ出ていき、人口が減少している状況に近い。若者が出ていき高齢者が残るという、日本の地方と似ている。ここに若者を連れてきたい。この願いを実現するため、スコットランド政府は理科系教育に力を入れた。

英国国籍を持ち、スコットランドに在住するものならすべて、小学校から大学、さらに大学院まで授業料を無料にした。だから進学率は52%と高い。大学を充実させると企業も進出しやすい。Dougall氏によると、スコットランド政府は地元の大学を卒業しても地元企業に就職してほしいと考えている。若い人が働いているだけで地域は活性化するからだ。一方で進学率の高さに相反して、落ちこぼれが出るはずだ。どの程度いるのか。Dougall氏によると、「授業料がタダだからといって無制限に入学させているわけではない。テストをいつも行っており、落ちこぼれは10%にも満たない」としている。

エジンバラ大学やグラスゴー大学には英国以外から来ている学生も多い。例えばエジンバラ大学にいる学生の47%は英国以外から来ており、教える教師側も教師の30%が英国外から来ている、と同大学インフォマティクス学部コマーシャライゼーション(商用化)部門ディレクタのJohn Colin Adams教授は言う。


エジンバラ大学のJohn Colin Adams教授
エジンバラ大学のJohn Colin Adams教授


前回、ケンブリッジ大学とブリストル大学の例で紹介したように、スコットランドの大学も、産業界の役に立つ研究を行うことを心がけている。例えば、グラスゴー大学が研究しているテラヘルツ(10の12乗ヘルツ)と高い周波数領域の研究も応用をしっかり見据えたうえで行っている。テラヘルツの電波はX線のように透過してしまう。しかしテラヘルツの電波はX線ほど短波長ではないため人体には危険は伴わない。このため、拳銃を隠し持っている危険人物の侵入を水際で食い止めたり、紙幣や高級ブランド製品の真贋をチェックしたり、モールドされた半導体チップを非破壊検査したり、といった応用を強く意識した上で研究に従事している。グラスゴー大学の電子電気工学マイクロシステム技術部門のDavid R.S.Cumming教授は、「英国の大学工学部は市場の重要性をしっかりと認識している。産業界の要求を知ることが重要だ」と大学でも市場経済に基づいて研究しているとする。


グラスゴー大学のDavid R.S.Cumming教授
グラスゴー大学のDavid R.S.Cumming教授


大学がこのように産業界の要望に応え、世の中の役に立つ研究を追求するようになった背景には、英国自身のサッチャー改革に加え、スコットランドの重厚長大産業からの脱皮改革がある。グラスゴーで代表されるようにスコットランドは50年前まで石炭と鉄鋼、造船の地方だった。20年前のサッチャー改革と同時にハイテク、エレクトロニクス産業へとシフトを図ってきた。しかし製造業はエレクトロニクス産業も含めて国際競争力がなく衰退していった。

そこで、強いイノベーションに基づく製品開発に力を入れて国際競争力を強化しようとした。そのために企業だけではなく大学にも研究開発のサポートを求めた。大学もこれに応え、大学で開発した技術を産業界に生かそうとスピンオフする企業が現れた。その代表例がWolfson Microelectronicsだ。エジンバラ大学からスピンオフした当初は、設計からプロセスまで手掛けるIDMとしての半導体メーカーを目指した。しかし、ファウンドリビジネスが台頭し、製造には膨大な投資が必要なこともはっきりわかってきたため、身の丈に合ったビジネスモデルとしてファブレスに切り替えた。これが成功した。

英国の半導体メーカーは身の丈に合ったビジネスをよく知っているからこそ、ファブレスやIPにこだわる。昨年、ARM社のプロセッサコアを使った半導体チップが全世界で100億個出荷されたが、ARM社の年間売上は2008年度550億円程度にすぎない。ではARMはファブレスあるいはIDMに行くか。答えはノーである。ARMは、自分の得意な分野、すなわち少ない消費電力で性能を上げるプロセッサコアにこれからも特化、強化していく。売上を伸ばすことよりも、借金がなく着実にビジネスを継続していくことに集中する。2008年12月に終わった2008年度の売上に対する税引き前利益の利益率は32.6%と高く健全な財務状況だ。だからこそ、売上高に対して10%を優に超す十分な研究開発費を使い、次の製品を開発する。

身の丈に合ったビジネスとは、いたずらに売上を追求せず、着実に利益を上げ従業員や顧客、株主に利益を還元することを目指すビジネスである。このスタンスで、半導体ビジネスを展開すれば大きな痛手を被ることはそれほどない。自分の得意な分野に集中し、それを絶えず改良していく。ビジネスのコアから次第に周辺へと広げていく。大ボラを吹くことはしない。どちらかといえば商売ベタである。べらぼうに儲けることにはならない。しかし、着実に事業を継続し雇用も守れる。

こういった考え方が英国の半導体ビジネスの基本スタンスであることは昨年すでに伝えた。今年は、さらにスコットランドにも足を伸ばし、それを確認する。スコットランドのWolfson Microelectronics社は、携帯音楽プレーヤー向けのオーディオプロセッサによりシングルチップで高機能なデジタルオーディオICを設計している。民生市場に向けているWolfsonはこの不況で、さすがに売上は前年比14.4%減の1億9820万ドルと落ちており、税引き前利益は1700万ドルと下がり利益率も8.6%に低下しているものの、なんとか黒字を持ちこたえている。前年の利益率は17.6%あった。

今回は、英国がファブレスやIPベンダーとしての半導体企業の新しい生き方を紹介した前回を踏まえたうえで、スコットランドの大学を中心に、テラヘルツ技術や携帯電話の新しいサービスの登場、いくつかの半導体企業の例を紹介していく。


(2009/03/17 セミコンポータル編集室)

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